ずっと、結だけを見てきたから
結果から言うと、「キャンプで仲良くなろう大作戦」は成功した。
俺がシャワーから戻ると、焚き火の前で二人が喋っていた。
俺のことは完全に無視で。
「――だから、日焼け止め塗ってもどうにもならないんだって」
「環さんはフードなんですか。夏でも?」
「夏でも。もっとボクは褒められていいと思うんだよ。結は?」
俺はタオルを首にかけたまま、その場に突っ立つしかない。
一時間前まで、この二人は俺が引くほどの喧嘩をしていたはずだ。
だがいつの間にか二人とも、いつの間にか名前で呼び合っている。
よくわからないが、俺のいないところで何とかなったのだろう。
※
翌朝、撤収を終えてコンビニへ寄った。
「休憩な。飲み物とか買ってくるか」
「ボクはいい」
環がドアを開けて、大きく伸びをした。
「体、動かしてくる」
「どこに行くんだよ」
「んーその辺。ずっと座ってると腰にくるから、ちょっと散歩」
言い残して、環はコンビニ近くの歩道を歩き始める。
「じゃ、私は行きます」
結が後部座席から降りてきた。
二人で自動ドアをくぐる。冷房が効いていて、外との温度差で腕が冷えた。
「兄さん、私、お手洗い借りてきますね」
「ああ」
結が店員に声をかけてから、奥へ歩いていく。
俺はカゴを持って、飲み物の棚の前に立った。
――さて。
自分の分は、いつもの炭酸水でいい。
それと、いちごミルクとシュークリーム。
それを二つ籠に入れて、俺はレジに向かった。
会計を済ませて外に出ると、駐車場の向こうで環が屈伸をしていた。
しばらくして、結が店から出てくる。
「お待たせしました」
「おう。じゃ、行くか」
「え?」
結が足を止めた。
「兄さん、買い物終わったんですか?」
「ああ、買うもの少ないしな」
「あ、じゃあ私も買ってくるので、先に戻っていてください」
結が店の方へ戻ろうとする。
「ん?」
俺は袋を持ち上げた。
「結のも買っといたぞ?」
「え?」
結が振り返った。
俺は袋の口を開いて、中を見せる。
いちごミルクと、シュークリーム。
結の目が、大きくなった。
「わあ」
両手で袋を受け取って、中を覗き込んでいる。
「買おうと思ってたんです。よく分かりましたね」
「そりゃ」
俺は車のキーを取り出しながら答えた。
「ずっと、お前だけを見てきたからな」
兄として。
何気なく言ったつもりだった。そりゃ、妹のことはだいたいわかるだろう。
だが返事がない。
振り返ると、結が袋を抱えたまま立ち止まっていた。
顔が、赤い。
「あ、あ」
「どうした」
「あの、兄さん」
結が一歩、近づいてくる。
「多分、兄さんはびっくり、いえ、困ると思うんですけど、」
顔を赤くして、何か大事なことを伝えようとしている。
思わず緊張してしまう。
「私、実はずっと前から」
「ひーなたっ。買い物終わった?」
背中に、衝撃。
ぎゅ、と腕を回された。
環だった。屈伸を終えて戻ってきたらしい。息が少し上がっている。
「お、おい環。抱きつくなって」
「えー、これくらい普通でしょ?」
絶対に普通ではない。それに、背中に柔らかい感触。
「ボクのも買ってくれた?」
「いや、いらないんじゃないのかよ」
「言ったけど」
「じゃあ何を買えばいいんだ!」
「そこは察してよ」
「わかるわけないだろ!」
環から体を離す。自分がアイドルだという自覚をこいつはもう少しもつべきだと思う。
その俺たちの正面で、結が黙って見ていた。
やばい。これ喧嘩の流れじゃないか?
しかし結はニヤニヤした顔で環を見ている。
「……なにさ」
「いえ別に?ただ、察してもらえないんだなと思いまして」
「むー」
みんなで車に乗り込む。
ーーエンジンをかける。
助手席で、結が袋からシュークリームを出していた。
「兄さん、おいしいです」
結と目があった。ニコニコしている。
「よかったよ。結、昨日の夜、あんまり食えてなかっただろ?」
目が丸くなる。
「……見てて、くれたんですか?」
「当たり前だろ」
「あの、兄さん」
結が体をこちらに向ける。
「さっきの話なんですけど、私」
「夜元気なかったのも、腹痛かったんだろ? 今朝ちょっとは食べてたみたいだけどさ。もっと食えよ」
「……」
「どうした?」
結が「はあ」とため息をつく。
「本当に兄さんって、女の敵ですね」
「なんでだよ」
「さあ。どうしてでしょうね?」
車が動き出す。
隣を見ると、結がシュークリームを両手で持って、小さく齧っていた。
文句を言っていたわりに、ずいぶん機嫌が良さそうに。
結さんが正式にここみっしゅのメンバーになります。
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