王都の光と影(一) 完璧な微笑みの裏で、聖灯級の指先は震えていた
その日の王都は、朝から抜けるように晴れていた。
大聖堂前の広場は、旗と花で埋めつくされ、集まった民が幾重にも人垣をつくっている。今日は王太子ユリウスと聖灯級の聖女プリメラの、婚約を披露する日だった。
白馬が広場の奥から進み出ると、群衆がどっとどよめいた。
「見ろ、王太子殿下だ」
「隣が、噂の聖灯級さまか。……ああなんておきれいな」
純白の衣に身を包んだプリメラが、広場の中央で静かに片手を天へかざす。その手のひらから、光の珠がひとつまっすぐに立ちのぼり、空の高みでみるみる大輪の花となって咲きひらいた。まばゆい光の花びらが、王都じゅうの屋根に、金の粉のように降りそそぐ。
「おお……!」
「聖灯級さまだ。ああ、まさに国の宝だ」
「あの光があるかぎり、この国は安泰だとも。光神さまの、御加護よ」
女は涙ぐみ子どもは母の肩の上ではしゃぎ、老人は胸の前で手を組んで祈った。白馬の王太子と、光をまとう聖女。二人が並ぶそのさまは、誰の目にも一分の隙もない完璧な一枚の絵だった。
白馬の上のユリウスは、その地鳴りのような歓声を深い満足とともに聞いていた。これでよい。大司教の言ったとおりだ。聖灯級の聖女を隣に置きさえすれば、民は勝手にひれ伏す。——ほら、見たことか。
もっとも、歓声がプリメラの名を呼ぶたび、胸のどこかがちりりとした。だがそれもすぐに収まる。あの光が輝いて見えるのは、私の隣にいるからだ。そう考えれば面白くないことなど何もない。
自分が何をした結果この歓声があるのか。ユリウスはそれを、ただの一度も考えたことがなかった。
その絵の裏側になにが隠れているかを、光をあおぐ人々のただの一人として、知る者はいなかった。
* * *
式典が終わり大聖堂の奥の控え室に、プリメラは一人で残った。
「プリメラさま、お飲み物をお持ちいたしましょうか」
「いいえ。……少しだけ、一人にしてちょうだい」
やわらかく、けれど有無を言わせぬ声だった。侍女が下がり扉が閉まると部屋はさっきまでの熱狂が嘘のように、しんと静まりかえった。
プリメラは詰めていた長い息を吐くと、白い手袋を右から左からそっと外した。
あらわになった指先が、細かく震えていた。自分の意思とは関わりなく、こまかく、こまかく。プリメラはその指をしばらく見つめ、それから机の上の一枚の紙へ目を移した。この三日ぶんの、日程表だ。祝福の演出が、二回。治癒の行脚が、四件。奉納の祈祷が、十二件。余白もないほど、びっしりと時刻が書き込まれている。
明日もその先も光は求められている。
プリメラは、震える指をそっと手のひらのなかに握り込んだ。にぎり込んでしまえば、震えは誰の目にも見えなくなる。
握り込んだ指のむこうに、ふと遠い日の光景がよみがえった。まだ、母が元気だったころのことだ。
プリメラの母——リリアーナもまた、聖女だった。いずれは聖灯級に至るであろうと、誰もがうわさした強い光の持ち主。幼いプリメラにとって、母の放つ光は世界でいちばん美しく、いちばん誇らしいものだった。
「母さま。今日の祝福の光もとってもきれいでした」
祭壇の前で幼いプリメラがそう言うと、リリアーナは娘の頭をそっとなでた。
「ありがとう、プリメラ。……でもね。聖女の光はきれいなだけではいけないのよ」
「どうして?」
「聖女の光はね、自分のためにあるのではないの。おびえている人を、安心させるため。悲しんでいる人を、あたためるため。——人を照らすために、あるのよ」
「人を、照らすため……」
「そう。だから、光を惜しんではいけません。求められたらいつでもこころよく応えなさい。それが聖女のいちばん大切な、お務めなの」
幼いプリメラはその一言一言を宝物でも受け取るように、こくり、こくりと真剣にうなずいた。
「それから、プリメラ。もう一つ大事なことを教えます」リリアーナは、やさしく微笑んだ。「聖女はどんなにつらいときも、笑っていなさい。あなたが不安な顔をすれば、あなたを頼ってきた人が、もっと不安になってしまうでしょう。だから笑顔は聖女の衣と同じ。どんなときも、身につけていなさいね」
「はい、母さま」
プリメラは母の真似をしていっしょうけんめい、微笑んでみせた。
「私、母さまみたいな聖女になります。誰よりも強い光でたくさんの人を照らす、りっぱな聖女に。約束します」
その言葉にリリアーナはほんの一瞬だけ、さびしそうな顔をした。けれど幼いプリメラにはその表情の意味が、わからなかった。
——その母がまさかそれからほどなく、床に伏せてしまうとは。
病を得た母の光は、日ごとにあのまばゆさを失っていった。そうして、別れの日が来た。母はやせ細った手でプリメラの手を弱々しく握り、消え入りそうな声で、こう言い残したのだ。
「プリメラ……あなたは、聖灯級の聖女におなりなさい。そしてたくさんの人を照らすの。……それが母さんのたった一つの願いよ」
それが、遺言になった。
以来プリメラはただの一日も、母の言葉を忘れたことがない。光を絶やすということは、母の願いを裏切るということ。だからたとえ指が震えようと、体の芯がすり減ろうと、彼女は微笑んで光をかかげ続ける。それがあの誇らしい母の娘である、自分に果たせるたった一つの務めなのだから。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
続きが気になりましたら、ブックマークと★での応援をいただけますと、更新の励みになります。
——お代は、銅貨五枚。……ではなく、ブックマークをひとつ、いただけたらうれしいです。




