宵宮の灯(五) 灯籠が光の川になる夜。「来年も、これをやろう」「二人でだ」
お祭りも、いよいよ大詰めをむかえました。
参道のわきをさらさらと流れる小さな沢。そのほとりに、いつしか大勢の人が静かに集まってきました。手にはめいめい火を灯したちいさな紙の灯籠を、大事そうに抱えています。——これもまた、いつぞや私がぽろりとこぼした「灯籠を水に流す」という、あの話を町の人たちが覚えていて、ちゃんとかたちにしてくれたものでした。
「さあさ、みなさん。願いごとを書いた灯籠を、そっと流しておくれ」
だれかの声を合図に、人々は思い思いの願いをしたためた灯籠を、そうっと、沢の水面に浮かべていきます。ちいさな灯りはゆらり、ゆらりとたよりなげに揺れながら、ひとつまたひとつと暗い水の面を下流へ、下流へと流れていきました。
その流れゆく灯りの列の、なんとうつくしいこと。まるで光でできた一本の川が、夜の闇のなかをゆっくりと渡っていくかのようでした。
「当主さまは。——なにを、お書きになったんですか」
私がひょい、と当主さまの手もとの灯籠をのぞきこもうとすると、当主さまはさっとその灯籠を大きな手で隠してしまいました。
「……これは。見せるものでは、ない」
「まあ、けちんぼ。……ふふ、いいですけど。内緒の願いごとも、ありますものね」
私はくすくす笑って、それから自分の灯籠にそっと筆を走らせました。私の願いごと。——それは、こう。『千客万来。皆が来年も、笑ってここに居られますように』。
我ながら、なんとも欲ばりな願いです。いの一番に千客万来だなんて、いかにも銅貨の勘定ばかりしている私らしい。——けれど。そのあとにそっと書きそえた一文だけは、まぎれもない私のいちばん奥の本音でした。
この町のみんなが。いつも威勢のいいマーサさんも、鳥居にツッコむガンツさんも、ちゃっかり者のロッコさんも。ネラさんもカイさんも、生まれたばかりのスズナちゃんも。——そして。いますぐとなりに立っている、この無口な方も。どうか来年の今ごろもこうしてみんなそろって笑って、このあたたかな灯りの下に、いられますように。
私は心をこめてその灯籠を、そっと水の上に浮かべました。ちいさな私の灯りは、ゆらり、と一度大きく揺れてからゆっくりとほかのたくさんの灯りの列にまじりこんで、夜の川を流れていったのでした。
* * *
やがてあれほどの人の波も、ようやく引きはじめたころ。
私と当主さまは灯籠を見送ったその沢のほとりに、二人きりならんで立っていました。あれほどやかましかった祭りのにぎわいも、いまはもうはるか遠く。あたりには草むらの虫の音と、まだどこかで鳴っている樽の太鼓の名残りだけが、かすかに聞こえてくるばかりです。——と。当主さまが流れて消えていく灯りを、じっと見つめたまま、ぽつり、とひとりごとのようにおっしゃいました。
「……来年も。これを、やろう」
「ええぜひ、ぜひ!」
私はうれしくなって大きくうなずきました。こんなにも町のみんなが笑顔になれるお祭りなら、来年も再来年もずっと、ずっと続けたいに決まっています。
「来年は、もっと盛大にしましょうね。屋台の数も、ぐっと倍に増やして。灯籠も、うんとたくさん」
「……いや。そうでは、ない」
当主さまは少し間を置いてから、それから意を決したようにこう言いました。
「二人で、だ」
「? はい、もちろんです。祭りの支度は実行委員が多いほうが、心づよいですもの。当主さまもぜひ来年もお手つだいくださいな」
私が、にっこりそう答えると。当主さまはなぜだかはあ、とそれはそれは深い深いため息をつかれました。そうして、足もとにいつのまにやらちょこんとお座りしていたウンと、無言のまま顔を見あわせて。——二人そろってがっくりと肩を落とし、そろって夜空を仰いだのです。……はて。私またなにか、へんなことを言ってしまったでしょうか。
* * *
その夜山を下りて、屋敷の自室にもどってからも。
私の胸は、まだどきどきと鳴りやんではくれませんでした。リナさんに結いあげてもらった髪をほどきながら、ふと鏡をのぞいてみれば、私の頬はなんだかほんのりと赤く火照っています。——お祭りの灯籠を、あんまりずっと見つめていたせいでしょうか。胸の鼓動ときたら、まるであの宵宮の樽の太鼓みたいに、とんとんといつまでも高鳴ってやみません。
……はて。これはいったいなんでしょう。
(……夏バテ、でしょうか)
私はそっと胸に手をあてて、こてんと首をかしげました。そうして、たもとの奥からあの木彫りのアンを取り出して、枕もとにちょこんと置いてやったのでした。
——けれど。あんなにまばゆく、にぎやかだった祭りの雑踏のなかに。たったひとりだけ、灯籠も見ず団子も食べずただ鈴の社と参拝の行列の数ばかりを、じいっと数えている巡礼姿がまぎれていたことに。——私は、まだ少しも気づいていなかったのです。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
続きが気になりましたら、ブックマークと★での応援をいただけますと、更新の励みになります。
——お代は、銅貨五枚。……ではなく、ブックマークをひとつ、いただけたらうれしいです。




