安産祈願(五) 甘酒一年分の商談成立。そして、藍色に鈴柄のゆかた一枚
スズナちゃんの誕生は、祭りの支度に、いっそうのはずみをつけました。
その日、灯籠の絵付けには、町じゅうの人が総出で集まりました。すると、だれかがこう言い出したのです。
「なあ、せっかくのめでたい祭りだ。ここはひとつ、スズナの誕生祝いも、兼ねようじゃないか」
「そりゃあ、いい!」「よし、いちばん大きな灯籠を、あの子のためにこしらえようや!」
みんなで力をあわせて、それはそれは大きな灯籠を、ひとつこしらえることになりました。あかあかと灯る、その大灯籠に、めいめいが思い思いの祝いの言葉を書きこんでいきます。
「うん、こいつはいいぞ。——町にあたらしい子が生まれたら、その子のために、みんなではじめての灯籠を作ってやる。これを、毎年のならわしにしようや!」
「賛成!」
だれかの、そのひとことで。「初灯籠」という、あたらしい祭りの習わしまでもが、その場で、ぽん、と生まれてしまいました。まったく、この門前町の人ときたら、なにかにつけて、こうしてあたらしいものを、次から次へと生みだしてしまうのですから、おそれいります。
そんなにぎやかな灯籠づくりのさなか、私は当主さまと、祭りの晩の段取りを打ち合わせていました。
「当主さま。お祭りの晩は、ぜひ。——社じゅうの灯りを、ぜんぶともしたいんです。鳥居も、石段も、授与所も、ひとつのこらず」
「——人手を、出す」
「まあ、当主さま、話が早い。では、そのお代は」
「……要らん」
「そういうわけには、まいりません。うちは、祈りにも灯りにも、ちゃんとお代をいただく社ですもの。——では、こういたしましょう。お代は、うちの甘酒、まるまる一年分で」
「……甘酒」
「はい。お祭り用に作った、あまくておいしい甘酒です。それを一年分、たっぷりと。それで、どうか手を打ってくださいな」
当主さまは、しばらく、むっつりと黙りこんで。それから、ふい、と目をそらして、ぼそりと「……ああ」と、うなずかれました。……こうしてまた、この山では、なんともへんてこな取引が、ひとつ成立したのでした。
* * *
そうして、いよいよ。宵宮の、前の晩がやってきました。
参道には、色とりどりの提灯が、ずらりと軒から軒へ連なって。まだ火の入らない屋台の骨組みが、ところせましと立ちならんでいます。町の人はみんな、明日の祭りが待ちきれないようで、あちこちで、そわそわと明日の段取りをたしかめあっては、うれしそうに笑っています。子どもたちなどは、興奮して、なかなか寝つけないようでした。——あの、何ひとつなかった呪いの山で、明日、生まれてはじめてのお祭りが開かれる。そう思うと、私の胸まで、なんだか、どきどきと高鳴ってくるのでした。
と。そんな私のところへ、マーサさんが、なにやら大きな平たい包みを、大事そうに抱えてやってきました。
「お社さま。ちょいと、これを見ておくれな」
そう言ってマーサさんが、ばさり、と広げてみせたのは。——それはそれは、目のさめるようにうつくしい、一枚のゆかたでした。深い藍色の地に、白く涼やかな鈴の柄が、いちめんに散らしてあります。夏の宵闇に、さぞかし映えることでしょう。そのわきには、おそろいの鈴柄のうちわと、あたらしいサンダルまで、ちゃんと添えられていました。
「まあ……きれい。これは、いったい?」
「祭り装束さ。——ほら、あんたが、こないだ言ってたろう。お祭りにゃ、みんなでゆかたを着て、うちわ片手に、そぞろ歩くもんだって。それを聞いてね、町の女たちで、あんたのぶんのゆかたを、ちくちく縫いあげたんだよ。うちわも、サンダルも、ちゃあんと揃えてある。——明日はね、お社さま。これを、あんたにお着せするからね」
「そんな、私に。もったいない」
「なあに、いいから、いいから。せいぜい、めかしこんでおやりよ」
マーサさんは、そう言って、なぜだか、たいそういたずらっぽい顔で、にんまりと笑いました。
「あの、いつもむっつりしていらっしゃる当主さまが。明日ばかりは、いったいどんなお顔をなさるか。——ふふ。まったく、いまから見ものだよ」
当主さまが、どんなお顔を? ——私は、きょとん、と首をかしげるばかり。けれど、マーサさんは、それにはちっとも答えてくれず。ただ、なにやらたのしげに、くっく、と、ふくみ笑いをするばかりなのでした。
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