信じる理由
神谷 恒一は、目の前の現実を疑っていた。
人が止まる世界。
勝手に選ばれた選択。
そして「第一フェーズ開始」という通知。
全部が現実離れしているのに、心だけは異様に冷静だった。
⸻
「ねえ」
声がして振り返ると、奈緒が立っていた。
いつもと同じ距離。
いつもと同じ表情。
だが、今はそれが逆に怖い。
⸻
「お前、俺に何させたいんだ」
神谷は単刀直入に言った。
奈緒は少しだけ黙る。
「何も」
「……は?」
⸻
「信じるかどうかは、神谷くん次第」
奈緒はそう言って歩き出す。
神谷は反射的に腕を掴んだ。
「ふざけんなよ」
⸻
奈緒は止まる。
一瞬だけ、空気が変わる。
⸻
「離して」
その声は、今までより少し冷たかった。
⸻
神谷は手を離さない。
「説明しろ」
「俺だけ巻き込まれてるみたいな言い方すんな」
⸻
奈緒は小さく息を吐いた。
「巻き込まれてるんじゃないよ」
「もう“選んでる側”だよ、神谷くんは」
⸻
その言葉が引っかかった。
⸻
「選んでる?」
神谷は笑う。
「勝手に選ばされただけだろ」
⸻
奈緒は神谷をまっすぐ見た。
その目は、初めて少しだけ揺れていた。
⸻
「じゃあ聞くけど」
「もし本当に全部やめられるなら、やめる?」
⸻
神谷は言葉に詰まる。
⸻
資産。
ランク。
異常な現実。
そして――奈緒。
⸻
「……やめられるわけないだろ」
それは本音だった。
⸻
奈緒は少しだけ目を伏せる。
「それが答えだよ」
⸻
沈黙。
⸻
「奈緒」
神谷は声を落とす。
「お前は俺のこと、どう思ってる?」
⸻
奈緒は一瞬だけ止まった。
そして、小さく笑う。
「怖い人」
「は?」
⸻
「普通の人はね、ここまで来たら逃げるの」
「でも君は、踏み込んできてる」
⸻
神谷は一歩近づく。
「それで?」
⸻
奈緒は視線を逸らした。
ほんの少しだけ。
⸻
「……嫌いじゃないよ」
⸻
その一言が、逆に一番危険だった。
⸻
その瞬間。
スマホが鳴る。
《第1フェーズ:対象間干渉開始》
《条件:感情リンクの発生》
⸻
神谷の背中が冷たくなる。
「感情リンク……?」
⸻
奈緒の表情が一瞬だけ変わる。
「最悪だね」
⸻
「なにが」
神谷が聞く。
奈緒は静かに答える。
「恋愛が、システムに利用される段階に入った」
⸻
夜風が強くなる。
さっきまで普通だった世界が、少しだけ“歪む”。
⸻
神谷は奈緒を見る。
そして気づく。
(この感情すら、仕組まれてるのか?)
⸻
それでも。
手を離す気にはならなかった。
⸻
奈緒は小さく呟く。
「それでも離さないんだね」
⸻
神谷は答えない。
ただ、握った手の力を少し強くした。
⸻
その瞬間。
《干渉レベル上昇》
《イベント:恋愛干渉モード開始》
⸻
世界は静かに、最も危険なステージへ進み始めていた。




