接触者
神谷 恒一は、通知画面を何度も見返していた。
《異常な取引検知》
《一部資産に制限がかかりました》
制限。
その単語だけが、やけに現実的だった。
「……今さら止めるってことか?」
呟いた声は、少しだけ乾いていた。
⸻
翌朝。
口座を確認すると、確かに一部の取引がロックされていた。
だが、不思議なことに“増え続けている部分”もある。
止まるどころか、別ルートで増殖している。
「意味わかんねえなこれ」
神谷は笑っていた。
怖いのか、面白いのか、自分でもわからない。
⸻
その日の午後。
神谷は調査を始めた。
資金の流れ。
取引履歴。
関連アカウント。
普通の人間なら途中で諦めるような情報量だったが、神谷は止まらなかった。
そして気づく。
(これ、俺の操作じゃない部分がある)
自分が触っていないところで、勝手に動いている資金。
⸻
「……誰だよ」
初めて“敵”という概念が浮かぶ。
⸻
夜。
神谷は再び奈緒に連絡をした。
『今日会える?』
返信は早かった。
『いいよ』
⸻
場所は前回と同じレストランだった。
奈緒は先に来ていた。
前回と変わらない落ち着いた雰囲気。
だが、神谷にはもう違って見えた。
⸻
「最近さ」
神谷が切り出す。
「俺の口座、変な動きしてるんだけど」
奈緒はフォークを止める。
「ふーん」
「知ってるか?」
「知らないよ」
即答。
だが、今回は“速さ”ではなく“温度”が気になった。
⸻
「お前さ」
神谷は少し身を乗り出す。
「本当にただの知り合いか?」
奈緒は一瞬だけ目を逸らした。
それから、少し笑う。
「急に怖いこと言うね」
⸻
沈黙。
ナイフの音だけがテーブルに落ちる。
⸻
「神谷くん」
奈緒が静かに言う。
「もし“自分が普通じゃない動きしてる”って思うなら」
「それ、多分正しいよ」
⸻
神谷は固まった。
「……どういう意味だ」
奈緒はワインを一口飲む。
「全部が偶然だと思ってた?」
⸻
その瞬間。
神谷のスマホが震えた。
《新規アクセス検知》
《管理権限レベル:上位》
⸻
神谷は画面を見たまま動けなかった。
「……管理?」
⸻
奈緒が小さく言う。
「気づくの遅いくらいだよ」
⸻
空気が変わった。
さっきまでの“恋愛の続き”ではない。
完全に別の領域だった。
⸻
「お前、何者だよ」
神谷の声は低い。
奈緒は少しだけ間を置いてから答えた。
「私はね」
「“観測側”」
⸻
神谷の背中に冷たいものが走る。
⸻
その瞬間、スマホの画面が勝手に切り替わる。
そこには一行だけ。
《プレイヤー認証:完了》
⸻
「プレイヤー……?」
神谷が呟いた瞬間、奈緒は席を立った。
「そろそろ気づく頃だと思ってた」
⸻
出口へ向かいながら、奈緒は振り返る。
「神谷くん」
「この世界、“勝ってる人間”は他にもいるよ」
⸻
扉が閉まる。
残された神谷の前で、グラスの中の水だけが揺れていた。
⸻
そしてスマホに新しい通知。
《システム再起動》
《あなたは“観測対象”から“干渉対象”へ移行しました》
⸻
神谷 恒一は理解する。
自分はもう、ただ金を増やしているだけじゃない。
何か“巨大な仕組み”の中に入ってしまった。
⸻
外の世界は、何も変わっていない。
ただ一つだけ違う。
神谷の見えている現実だけが、少しずつ歪み始めていた。




