違和感の正体
神谷 恒一は、朝になっても昨日の数字を何度も見返していた。
+1億円。
何度見ても消えない。
夢でもない。記録も残っている。
「……これ、普通じゃないよな」
ようやく言葉にすると、現実が少しだけ重くなった。
⸻
その日も市場は動いていた。
神谷はいつものように、淡々と資金を投じる。
だが、以前と違っていたのは“迷い”だった。
「次も当たるのか?」
その問いが、初めて頭に浮かんだ。
しかし――
エントリーすると、また結果は“正解側”に寄っていく。
下がると思えば上がる。
上がると思えばさらに伸びる。
まるで誰かが裏で教えているように。
⸻
午後。
神谷はカフェにいた。
ガラス越しに見える街は、いつも通り騒がしい。
その中で、自分だけが浮いている気がした。
スマホの画面には資産グラフ。
右肩上がり。
「……怖くなってきたな」
初めての感情だった。
⸻
その時、メッセージが来る。
奈緒。
『今日ちょっと時間ある?』
神谷は少し考えてから返す。
『ある』
すぐに返信。
『じゃあ夜会おうよ』
⸻
夜。
場所は都心の落ち着いたレストランだった。
照明は柔らかく、静かすぎるくらいだった。
奈緒はすでに席に座っていた。
「遅い」
「そんなに遅れてないだろ」
軽い会話。
だが、神谷は違和感に気づいていた。
奈緒の服装。
以前より少し“質”が上がっている。
(気のせいか?)
⸻
「最近さ」
奈緒がワインを回しながら言う。
「ちょっと雰囲気変わったよね」
「そうか?」
「うん。なんか余裕ある感じ」
神谷は少しだけ笑った。
「仕事辞めたからじゃない?」
「へえ、そうなんだ」
奈緒はそれ以上聞かなかった。
聞かないことが、逆に不自然だった。
⸻
沈黙が流れる。
その間、神谷はふと気づく。
(こいつ、俺のことどこまで知ってる?)
いや違う。
“知らないふり”をしているだけかもしれない。
⸻
「奈緒ってさ」
神谷が言う。
「なんか隠してることある?」
奈緒は一瞬だけ止まった。
そして笑う。
「なにそれ」
「いや、なんとなく」
「ないよ」
即答。
だが、その“速さ”が引っかかった。
⸻
店を出たあと。
夜風が少し冷たかった。
「今日は楽しかったね」
奈緒は普通に言う。
「まあな」
神谷は短く返す。
そのまま別れるはずだった。
⸻
「ねえ」
奈緒が振り返る。
「もしさ、ほんとに“何か変なこと”起きてるなら」
一拍置いて続ける。
「ちゃんと気をつけたほうがいいよ」
神谷は眉をひそめた。
「どういう意味だよ」
奈緒は少しだけ笑って、
「さあね」
と言って歩き出した。
⸻
神谷はその背中を見送った。
(今の、何だ?)
ただの勘か。
それとも――
⸻
帰り道。
スマホが震える。
知らない通知。
《異常な取引検知》
《一部資産に制限がかかりました》
「……は?」
初めて“システム側”が動いた。
⸻
その瞬間、神谷は気づく。
これは単なるラッキーじゃない。
“どこかに見られている”
⸻
夜の街は静かだった。
だが神谷の中だけが、初めてざわついていた。
「やっと面白くなってきたじゃねえか」
そう呟いて、足を止めた。
⸻
そして、どこかで奈緒はスマホを見ていた。
画面にはたった一行。
『予定通り、接触開始』




