10-2(最終話)
時は少し遡る。ナディアは客用の宿の他に、自分達が暮らす家も持っている。ルクレツィアは散髪屋で髪を切ってから、ナディアとミーナと共に彼女達の暮らす家に向かった。
「申し訳ないですわ。住まわせていただいているうえに、服までいただいてしまうなんて……」
「全然大丈夫よ。それに、こうして服を着てもらうのが私の夢だったの」
ナディアは寂しそうに笑う。
「これはね、パパに告白された時に着ていた服なの。だから、私にとってはとても思い入れのある服だったのよ。いつか子供ができたら、これを着てもらおうって。ナディアの成長が待ち切れなかったから、ちょうど良かったわ」
ナディアはルクレツィアに服を着せると、彼女の体を壊れ物を扱うように優しく抱きしめる。
「恋のおまじない。あなたの願いはきっと叶うわ」
ミーナはルクレツィアに四葉のクローバーを渡す。
「ミーナの宝物もあげるよ、お姉ちゃま!」
「ミーナちゃん、ナディアさん……っ」
ルクレツィアは感極まり、拳を天井に向かって高く突き上げる。
「私、絶対にチーノ様を振り向かせてみせますわ!」
時は現在に戻る。ナディア達の前で意気揚々と宣言したルクレツィアだったが、彼女は早速前途多難の状況に陥っていた。
ルクレツィアの目の前で、貴臣はネクタイを拳に巻きつけ、眼鏡を胸ポケットに仕舞っている。
「僕は常々思っていたんですよ。あなたのあの格好は、喧嘩には向いてなさすぎると」
(そりゃあ、喧嘩なんてするつもりなかったですもの)
「ですが、あの動きづらそうな服をもってしても、あなたの動きは非常に俊敏だった。僕はその時気がついたんです。あのスカートは、相手を油断させるための罠であったと。あなたは普段は敢えて、本当の力を隠しているんでしょう? 僕をつけていたのは、こうして僕と決闘をするためだったんですよね?」
貴臣は構えのポーズを取った。
「さあ、どこからでもかかってきてください。僕は逃げも隠れもしませんよ」
ルクレツィアもつられて見様見真似でポーズを取る。
(ちょっと待って。これは決闘を建前にチーノ様と触れ合えるチャンスなのでは!?……って、私のお馬鹿! 普通に触らせてって頼めば良いじゃない!)
ともかく、ナディア達には良い知らせを持って帰らねばならない。
ルクレツィアは深呼吸をして心を落ち着かせてから、改めて貴臣に向き直る。
先程は決闘ではないと言ったが、これはまさしく勝負なのだ。恋という名の、そして貴臣を振り向かせるための。
(ピエール、ナディアさん、ミーナちゃん。私にどうか力をちょうだい……!)
自分に寄り添ってくれた人々の顔を思い浮かべていたルクレツィアは、ふとあることを思い出す。
「……ねぇ、チーノ様」
「何でしょうか」
「私、お兄様から、チーノ様が私を傷つけたことを申し訳なく思ってたって聞きましたわ」
貴臣の体がぎくりと跳ねる。
父親に打たれた時の頬の傷はすっかり治っている。貴臣も彼女の傷について言及することが一切なかったから、ルクレツィアはすっかり忘れていた。
昴からそのことを聞いた時は本当に嬉しく、同時にいじらしくも思った。
自分を心配してくれた貴臣が勝負をしようと言ってくるのは、いささか不自然ではないだろうか。
たとえば、本当はルクレツィアの気持ちに気がついているけれど、何とかして話題を逸そうとしているならば。
「……何のことだか全く分かりませんね」
貴臣はひたすら視線を逸らし続ける。
「第一、僕は言いましたよね? 僕は喧嘩の相手を探してるんですよ。別にあなたが相手でも良かったし、あなたが殴られたところで僕には関係ない話です。何故なら僕はワルなんですから」
ルクレツィアはニコッと微笑む。
「では、今すぐ私を殴ってみてはいかが? 私と闘いたいんでしょ?」
貴臣が目を逸らすなら、ルクレツィアはひたすら見つめ続けるだけだ。
「ほら」
ルクレツィアが一歩足を踏み出すと、貴臣は後退する。ルクレツィアは持ち前の素早さで貴臣に近寄り、彼の肩に手を置いた。
身長差をなくすべく、貴臣の顔を引き寄せる。視界いっぱいに広がる貴臣の驚き顔を見て、ルクレツィアは満足そうに笑う。
本当はもっと先に進んでみたかったけれど、イタズラのためだけに一生に一度しかない「初めて」を消費するのはもったいなく思えた。
それに自分ばかりがアピールをするというのもどうにも納得がいかない。
ルクレツィアは決めた。絶対に貴臣の方から「好きだ」と言わせてみせると。
その時まで、
「勝負はお預けね。チーノ様」
おまけがあと1話だけあります。




