10-1
_____数日後、スラム内の宿にて。
貴臣達が泊まっている宿は、店主のナディアと幼娘のミーナが二人で切り盛りしている。
2階は客が泊まる宿、1階は居酒屋となっており、夜になると居酒屋は満席になるほどの賑わいを見せる。
朝は営業時間外だ。ナディアはミーナとルクレツィアを連れて外に出かけていった。留守番を頼まれた貴臣と昴は、店内のカウンター席に並んで腰掛け、喋っている。
「魔法無効化なあ……」
昴は木製のジョッキに注がれた清潔な水を飲む。
「つうか、そんな便利な能力があるなら、最初から俺に教えてくれりゃあ良かったのによ」
「能力を制御できていない段階で他人に話すのは、何かと都合が悪いと思ったんです。いざという時に発動しなかったら恥ずかしいじゃないですか」
貴臣は「恥ずかしい」とは全く思っていないような表情で、昴と同様水を飲む。
「そういや、恥ずかしいと言やよ。我羅苦多ってのもどうかと思うぜ。もっとこう、ワクワクするような名前とかなかったのかよ?」
「でも、ヤンキーっぽくってかっこよくないですか? 特攻服の袖にそういうのが書いてあったら、楽しそうじゃないですか」
「……お前さ、前から思ってたけど、もしかしてそういうのに憧れちゃってる系なのか?」
「分かりますかッ!!!?」
「うわっ声デケっ」
貴臣は目を輝かせ、勢いよく立ち上がった。
「僕は中学生の頃に運命の出会いを果たしてからと言うものの、すっかりヤンキー漫画の魅力に取り憑かれてしまったんです!!!!」
「お、おう」
「圧倒的な強さとカリスマ性。そして、ダークヒーロー的な立ち位置でありながら、その胸に秘める熱い心!……ああ、羨ましい。僕もあんな風になりたい」
「まあ、取り敢えず落ち着けや」
昴は貴臣の肩を叩き、着席させる。
「一応言っとくけどよ。俺たちゃ別にそんな良いもんでもないからな。なりたくてこういう風になったわけじゃねぇしよ」
「それはもちろん重々承知してます。ですが、僕はあくまで『ヤンキー漫画オタク』であって、『現実のヤンキーのオタク』ではないんです。罪を犯した者は然るべき罰則を受けるべきだとも思っています」
「ほー、なるほど」
昴はテーブルに肘を突き、からかうように笑う。
「っつーことは、なんだ。お前は俺みたいなマジに突っ張ってるヤツは嫌ぇか?」
「そんなことはありませんよ。こういうので大事なのは、ヤンキーかどうかじゃなくて、その人が何をしてるかじゃないですか?」
貴臣は目を伏せ、掌でジョッキを弄ぶ。
「確かに勘違いでピエールさんを殴ったり、思い違いが激しくてヒヤヒヤさせられたこともありますし、最後までピエールさんとの決闘を有耶無耶にさせられたことは根に持っていますが」
「お前って、結構恨みがましいよな」
「でも、僕は黒咲さんが悪意で他人を傷つけようとしているところなんて一度も見たことがありません。それに黒咲さんが本当に悪い人だったら、翔子さんはあなたの帰りを20年も待たないと思うんです」
妹の名前を出され、昴は目を丸くさせた。
「黒咲さんは僕にとって、初めて現実で出会えた理想の男ですよ。嫌いになる理由なんてありませんね」
貴臣はそこで言葉を区切り、水を一口飲んだ。
「僕もリーゼントにしたら、黒咲さんみたいになれるかなぁ」
昴はリーゼント姿の貴臣を脳内で想像して、思わず吹き出す。
「やめろよ。ぜってぇ似合わねえから」
「分からないですよ。案外サマになるかもしれないじゃないですか」
「やめろって。んな格好で隣に立たれちゃ、笑い死にしちまうよ」
ひとしきり笑っていた昴だが、ふと思い出したように口を開く。
「そういや、似合わねえで思い出したけどよ」
「何ですか?」
「お前の『アニキ』って呼び方、似合わねえからやめろよ」
「えっ……」
貴臣はしばらくの間言葉を失った。
「お前にその呼び方されると、気持ち悪くて仕方ねぇんだよ。もっと何か、別の呼び方にしちゃくんねぇか?」
「で、でも、これは僕の舎弟心の現れであって」
「お前にゃ相応しくねぇだろ、そんな下っ端心」
昴はニヤニヤと笑う。
「なりてえんだろ、俺みてぇなのに。だったら、もっとイカすのにしろ」
ふむ、と貴臣は顎の下に手を置き、考え込む。
「オジキ」
「ヤクザになった覚えはねぇよ」
「マイ・ブラザー」
「ふざけてんのか」
「じゃあ……義兄さん?」
「何で全部そっち系なんだよ」
昴はツッコミを入れつつも、最終的には諦めた。
「ま、その呼び方が一番お前らしいのかもな」
そう言って、貴臣に手を差し出す。
「これからもよろしくな、兄弟」
昴の方から自分を「家族」だと認めてくれたことが、貴臣は嬉しかった。
「……はい、義兄さん」
二人はがっしりと握手を交わした。
男達が互いの友情を確かめ合っていたちょうどその頃、店の入り口の扉が開かれ、店主のナディアと娘のミーナがやってきた。
「スバルお兄ちゃま!」
ミーナは一目散に昴に駆け寄り、彼の膝をよじ登り始める。
「こらミーナ。お行儀が悪いでしょ。スバルさんから降りなさい」
「やだ!」
ミーナは昴の膝の上にすっぽりと収まり、ご満悦の様子である。
ナディアは申し訳なさそうに頭を下げる。
「ミーナがいつもごめんなさいね」
「いや、全然。全然大丈夫っすよこんくらい!」
昴はだらしなく目尻を下げ、ナディアに笑いかける。
貴臣はナディアの後方に視線を向けた。
「ルクレツィアさんはまだ帰ってきてないんですか?」
ナディアは少し得意気な表情になって、扉に向かって手招きした。
「いらっしゃい、ルクレツィアちゃん」
しばらく経って、ルクレツィアが恐る恐るといった様子で店の中に入ってくる。
その姿を見て、昴は思わず感嘆の声を上げた。
腰にかかるまで伸びていたルクレツィアの髪が、肩の辺りまでバッサリと切られていたのだ。
そして、いかにもお嬢様然としていた裾の長いドレスは、町娘が着るような軽装に変わっている。
「ふふ。私のお古だけど、ルクレツィアちゃんにとても似合ってるでしょ? 娘に私の服を着させるのが長年の夢だったのよ!」
「そんな、娘だなんて」
ルクレツィアは軽くなった髪を触り、もじもじしている。
「遠慮しなくても良いのよ。ここに暮らす人は、私にとってみんな子供みたいなものなんですから!」
「それって俺もっすか?」
「ええ。あなたも大切な息子よ。もちろんタカオミくんもね」
「そっすか。……息子っすか」
花がほころぶような柔らかい笑みを向けられ、昴は肩を落とした。
ナディアはルクレツィアの背中を優しく押し、貴臣達の前に来るように誘導した。
昴はルクレツィアの格好をジロジロと眺める。
「……何見てんのよ」
「オメェにはソッチのカッコーのが合ってるかもな」
「私はどんな服だって似合うのよ。何たってこの私が着てるんですから!」
「あいっかわらず可愛くねぇな、お前」
いつものように言い争っていた二人だが、突然、タイミングを見計らったかのように同時に貴臣の方を見た。
「な、なんですか」
ナディアとミーナもそれに加勢し、8つの目が貴臣に向けられる。
「「「「じぃー……」」」」
「……僕に何を期待しているんですか」
「お前なあ。女がカッコ変えたんだぜ。何か言うことあるだろ」
「言うこと……」
貴臣は焦った様子で左右を見たが、貴臣の味方をしてくれる者はここにはいなかった。
貴臣は観念して、小さな声で呟く。
「……んじゃないですか」
「聞こえねぇよ」
「……良いんじゃないですか。とても素敵だと、思います」
昴が口笛を吹いた。
「言えんじゃねぇかよ」
「義兄さんが言えって言ったんでしょう!?」
「んだぁ? じゃあ今のは本心じゃねぇっつーのかよ」
「そういうわけじゃ、ないですけど……」
不服そうな貴臣を尻目に、ルクレツィアは喜びを噛み締めていた。
あの貴臣が、何故か自分にはとことん冷たい貴臣が、(強制的に言わされたとはいえ)好意を口にしてくれたのだ。嬉しくないはずがない。
ルクレツィアは衝動的に貴臣に抱きつきそうになり、すんでのところで踏み止まる。
「ち、チーノ様!」
ルクレツィアは扉を指さした。
「チーノ様にお話しがあるんですの。ちょっと外に出てくださいます?」
貴臣は無言で椅子から立ち上がり、ルクレツィアを見下ろした。ルクレツィアも負けじと、貴臣を上目遣いに見つめる。
その視線がいけなかった。貴臣の目には、ルクレツィアのその表情はメンチを切っているかのように見え、貴臣のヤンキー漫画精神に火をつけた。
説明しよう!
いや、今更説明するまでもないかもしれないが、貴臣はこと喧嘩になると、IQが20くらい下がる。普段の冷静さは鳴りを潜め、とんでもない喧嘩馬鹿になるのである。
ややあって、貴臣はニヤリと笑う。
「良いでしょう。その決闘、受けて立ちます」
「えっ、いやあの、決闘ではないんですけれど」
「勝負である以上、僕はたとえ女性であろうと手加減はしませんよ。覚悟してくださいね」
貴臣は大股で歩き、店の外へと出ていった。
「ま、待ってくださいチーノ様!」
ルクレツィアは慌てて彼の後を追った。
彼等のやり取りを見ていた昴は、呆れ混じりのため息を吐く。
「……そうじゃねーだろ」




