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ヤンキーオタクの優等生、異世界で伝説のヤンキーとバディを組む。〜世界を救え? そんなことよりタイマンだ!〜  作者: 瀬綺ララ


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9-3


「本当にこんなことをして良いのかしら」


 ピエールは無言でルクレツィアの手を引く。


「きっと、お父様がお怒りになるわ」

「……」

「……ねえ、チーノ様はご無事なの?」


 結婚式当日。具体的なことは何も言われず、屋敷の裏に連れていかれ、合図を出すまでそこで待っているように言われた。


 待ち続けているうちに、正面玄関の方角がにわかに騒がしくなった。何が起きているのかも分からず、だけどピエールに言われたことを律儀に守り、ルクレツィアはひたすら待ち続けた。


 やがて、いつもとは違う軽装姿のピエールが現れた。


「羽織ってください」


 顔を隠すローブをつけ、ピエールに連れられて外に出る。屋敷を離れてしばらく経って、ようやく何が起きているのかをピエールが教えてくれた。


(身代わりだなんて。もしこのことがバレたら、チーノ様は……いえ、ピエールはどうなるの?)


 貴臣を連れて走った時、ひさしぶりに幼子のような気持ちになれた。世界の何もかもが幸福に満たされ、自分の思い通りにいくような気分に。


 だけど、貴臣達が護衛に連れて行かれ、そんなものは幻でしかないのだと思わされた。


 結局、自分は無力でしかないのだ。


「その額の傷ができた時のこと、覚えてる?」


 こちらを見向きもしないピエールに問いかける。


「私が外に出た時に、あなたが庇ってくれたのよね」

「……ルクレツィア様が4歳の頃でしたね」


 ピエールが口を開く。家を出てから時間的にはおそらく1時間も経っていないのに、長らくピエールの声を聞いていない気がする。


「私、あの時すごく後悔したのよ。私のせいであなたに怪我をさせてしまったって、もう二度と外に出たいと思ってはならないって、心に誓ったはずなのに。……私はまた、同じことを繰り返している」

「お嬢様のせいではありません。あなたをお守りするのは私の役目です。だから、泣かないでください」


 ピエールの無骨な指に目尻を拭われたことで、ルクレツィアは自分が泣いていることに初めて気がついた。


 ルクレツィアはピエールの手を振り払い、自身の手の甲で涙を拭う。


「泣いてなんかないわよ。私は怪我なんてしてないのに、何で泣く必要があるの?」


 そう言いながら、ルクレツィアは何度も瞼をこする。


「泣く必要なんてないのに。何で、止まらないのよ……」

「それがお前の本心ってこったよ」


 聞き覚えのある声に、ルクレツィアは顔を上げる。昴が壁に背中をもたせかけ、立っている。


「お前は今泣きたい気分なんだろ。だったら素直に泣けよ。理由なんて関係ねぇだろうが」

「お兄様、どうしてここに……」

「迎えにきてやったんだよ。そこの野郎に頼まれてな」

 

 昴はピエールを顎で示した。ピエールは相変わらずの無表情を貫いている。


「来いよ、しばらく俺んとこに置いてやる。まあ、俺んとこっつっても、知り合いの宿なんだけどな。そこの店主も女なんだけどよ、お前が来るっつったら、スゲー嬉しそうだったぜ」


 ルクレツィアは戸惑いがちにピエールを見上げた。


「……ローゼンシュヴァルツ家は、もうお終いです」

「え?」

「長年溜め込んできた負債を払う時が来たんです。あの家で暮らし続けるよりは、この男と一緒にいる方が、まあマシだと言えるでしょう」

「マシって。もっと良い言い方はなかったのかよ」


 昴は壁から体を浮かせ、ルクレツィアの前までやってくる。


「俺は女を誘拐する趣味はねぇんだわ。テメェがまだあの家にいたいっつうなら、俺も止めはしねぇ。ルクレツィア、お前はどうしたいんだ?」


 昴に真正面から見つめられ、喉の奥で声が詰まる。


「わ、私は……」


 不安になったルクレツィアはピエールを見た。ピエールはルクレツィアに頷き返した。彼はいつも、最終的にはルクレツィアの味方をしてくれた。


「……ピエールは、どうするの?」

「私、ですか?」

「私がいなくなったって気づいたら、お父様はあなたに何をするか分からないわ。あなただって、お父様の性格は良くご存知でしょう?」


 ピエールはルクレツィアに手を伸ばし、彼女の頭を優しく撫でる。


「たとえアルベルト様が私を許さないとしても、私はあの方についていきますよ」

「……どうして?」

「確かに、あの方は酷い方かもしれない。それでも私はあの方に一度命を救われたんです」


 ピエールはぎこちなく笑みを浮かべる。


「たとえあの人がそうするつもりはなかったとしても、私が生まれ変わる切っ掛けにはなった。一生仕える理由としてはそれで十分ですよ」


 ルクレツィアはピエールの過去を何も知らない。だが、それ以上聞くつもりはなかった。寡黙で何を考えているか分からない護衛が笑いかけてくれたのだ。


 たったそれだけで、喉の苦しさがスッと抜けていくようだった。

 ルクレツィアは意を決した。


「ピエール。私、家には帰りたくないわ。好きな人がいるの。その人の傍に私はいたいの」

「……そうですか」

 

 ピエールはルクレツィアの腕を引き、彼女を抱きしめた。


「どうかお元気で」

「あなたの方こそね」


 ルクレツィアはピエールの大きな背中に腕を回し、強く抱きしめ返す。きっと二度と会うことはない。そんな気がした。


 たっぷりと時間をかけ、二人は離れる。タイミングを見計らい、昴は二人に話しかけた。


「んじゃ、俺んとこに来るってことで良いんだな」

「仕方ないですわね。行って差し上げてよろしくてよ」

「何でお前はそう素直に礼を言えねぇんだよ」

「あら。お兄様の方こそ、こんなに可愛らしい女の子とひとつ屋根の下で暮らせるっていうのに、何が不満なのかしら」

「性格だよ」


 やいのやいのと、いつものように言い争いを始める二人を見守っていたピエールだが、いつまで経っても喧嘩が終わらないので、痺れを切らして間に割って入る。


「貴様、チーノと言ったな」


 昴とルクレツィアは、同時に唖然とした顔をした。昴はキョロキョロと周囲を見回し、近くに貴臣がいないことを確認すると、

 

「……いや、俺はチーノじゃないけど」


 と困惑気味に答える。

 

「貴様に言いたいことがある」

「人の話を聞けって! で、言いたいことってなんだよ」

「ルクレツィア様が傷つくようなことがあったら、私は貴様を許さないからな」


 昴とピエールは互いに睨み合った。やがて昴は歯を見せて笑うと、親指を立て、下に振り下ろす。


「舐めんじゃねぇよ」


 ピエールは満足そうに頷いて、その場を立ち去った。

 ルクレツィアと昴は互いに顔を見合わせる。


「なんであなたがチーノ様だって勘違いされてるのよ」

「俺が知るかよ」

「どうして訂正してくださらなかったの!」

「お前が言えば良かっただろ!」


 いつものように昴に言い返していたルクレツィアだったが、不意にその声が小さくなった。ルクレツィアは顔中を赤くさせ俯いた。


「……でも、助けてくださってありがとうございました」


 まさかルクレツィアに素直に礼を言われるとは思わず昴は面食らった。


「お、おう」


 反応に困った昴は、ぎこちなく返事をして黙り込んだ。


(こいつ、こうやって大人しくしてたら可愛いのによ……)


 遠ざかっていくピエールの後ろ姿を二人で眺める。しばらくして、ルクレツィアがハッとした表情で、


「そうですわ! チーノ様は大丈夫なの!?」


 と大声を上げた。


「まあ、アイツなら大丈夫だろ」


 一方の昴はケロッとした様子で大欠伸をする。


「何でそんなに呑気でいられるのよ! チーノ様のことが心配じゃないの?」

「アイツはやられっぱなしの男じゃねぇ。……つうか、むしろ可哀想なのは相手の方っつうか……」


 煮え切らない態度を取る昴を見て、ルクレツィアは不思議そうに首を傾げた。

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