8-1
二人は警察に引き渡され、地下の牢屋へと連行された。
その牢屋にはベッドの他に、ぎっしりと本の詰まった本棚が置かれ、地面にも柔らかい材質のカーペットが敷かれている。ベッドとトイレだけが置かれた無機質な空間を想像していた貴臣は、室内の異様な豪華さに少し戸惑った。
「捕まっちまったな」
広い室内を見回し、昴はしみじみと呟く。
「捕まってしまいましたねぇ……」
「なんつーか、スゲー懐かしい気分だ」
「僕は初めてです」
「そりゃそうだろうな。そのツラで経験豊富だったら逆にこえーよ」
昴はベッドに横になり、驚愕に目を見開く。
「おい、弌ノ瀬。俺は今、とんでもねぇことに気がついちまったぞ」
「どうしたんですか?」
「このベッド……回転すんだよ」
「はい?」
昴はベッドから降りると、興奮した様子でベッドを手で回し始める。中華料理屋で初めて円卓を目にした子供のようだ。
「ほら、見ろよこれ! 昔のラブホみてぇだ!」
「……良かったですね」
「お前も回すか?」
「遠慮しておきます」
しばらくして手回しに満足した昴が、再びベッドに寝転がり、天井を見上げる。
「なあ、俺達これからどうなるんだ? まさか、このままずっとここにいるってわけじゃねぇよな? 回転ベッド、もう飽きちまったんだけど」
「大丈夫だと思いますよ」
「何でそう言い切れるんだよ」
「僕達にはレガリウムコインがあります」
レガリウムコインに施されている特殊な細工により、魔法を使えない人でも本人確認ができるようになっているようだ。門番がコインを見てすぐに慌てていたことからも、照合にはさほど時間がかからないだろう。
貴臣達の身分はすでに保証されている。だからこそ牢屋にしてはやけに豪華なこの部屋に案内されたのだ。
「とりあえずはラルメリアさんが迎えに来るのを待ちましょう」
「ラルメリアって、俺達をショーカンだかしたヤツだよな? あいつが迎えに来てくれんの? つーか、ちゃんと来てくれんのかよ」
「念押ししておいたので、大丈夫だと思いますよ」
昴は牢屋に閉じ込められる前の、貴臣と警察のやり取りを思い出す。貴臣は警察の一人にこのように言い添えていた。
『迎えには王宮の召喚士であるラルメリアさんにお願いしてください。もし来なければ、「あのこと」を世間にバラすとも、彼女にお伝えください』
それは「念押し」というよりは、脅迫しているかのようだった。
(作戦考えんのをこいつに任せちまった時点で文句は言えねぇが……イマイチ何しでかすか分かんねぇんだよな、コイツ)
昴は自他共に認める馬鹿だ。だが、理解できないなりに貴臣の考えていることを把握しなければならないと昴は思った。
「ところでよ、『あのこと』ってのは何なんだ? ほら、さっき警察に言ってたやつのことなんだけどよ」
「ラルメリアさんが、本来呼ぶべき人間ではなく、僕達二人を誤って召喚した件ですよ。僕に勇者として振る舞ってほしいと言ったのは、世間、特にこの国の王にこのことがバレるのを恐れているからでしょう。ですから、その件を上手く利用すれば僕達に都合が良い方に物事を誘導できると思ったんです」
召喚されてしばらくの間は昴だって混乱した。混乱しすぎて何を言われたかさえほとんど覚えていないくらいだ。しかしこちらに来て1週間程度の貴臣は、状況を正確に把握し、人々の言動をきっちりと覚えている。
この男の前で下手なことは言えないと昴はつくづく思った。
「お前、さてはかなり頭に来てんな?」
どこからどう見てもオタク寄りの真面目な青年にしか見えない貴臣が、やけに不気味な笑みを浮かべる。
「僕達はもう戻れないところまで来ていますからね。利用できるものは何でも利用しなければなりません」
それに、と貴臣は付け加える。
「ルクレツィアさんにも怪我を負わせてしまいました」
昴がルクレツィア達の元に駆けつけた時、どちらかと言えば貴臣の方が重傷に見えた。しかしルクレツィアもまた頬を赤く腫れさせていた。事の一部始終を見たわけではないが、父親が殴ったのは確かだろう。
父親のニヤけ面を思い出し、雨でもないのに古傷が疼く。
実の子供に、それも娘に手を出すような父親がまともだとは昴には思えなかった。
「彼女なら何があろうとやり返せると思ったんですがね。でも彼女は父親に反抗しなかった。計算外でしたよ」
「実の親にやり返せるヤツなんてそういねぇよ。どんなにロクデナシだろうと、情が湧いちまうのが親子ってやつだ」
「……普通はそうなんでしょうね」
貴臣は懺悔をするように俯き、深くため息を吐く。ルクレツィアに対して一切の情を抱いていないように見える貴臣だが、少女を傷つけてしまったことには思うところがあるようだ。
「お前だけのせいじゃねぇよ。んな落ち込むな」
「別に落ち込んでるわけじゃ……」
貴臣は即座に否定しようとして、
「……いえ、そうですね。今はとにかく次の手を考えましょう」
と小さく首を振った。
会話が止み、牢屋内は静寂に包まれる。迎えが来る様子はない。
ベッドに寝転がり天井を見上げていた昴は、不意にあることを思いつき、ベッドから上半身を起こした。
「じゃあよ、いっそのことラルメリアへの脅しを使って、ルクレツィアの婚約を解消するように掛け合ってみたら良いんじゃねぇの?」
自分にしてはかなりの妙案だと昴は思った。しかし貴臣は、
「それは難しいかもしれませんね」
と昴の提案をすぐさま却下した。
「ああ? 何でだよ」
「レガリウムコインはルクレツィアさんのお父さんも持っているんですよ」
「そういやピエールがそんなこと言ってたな。それがどうかしたのか?」
「コインを持っているという点では僕等は同じ土俵に立てています。ですが、王家と長い付き合いがあるローゼンシュヴァルツ家と、こちらに来てまだ日の浅い僕達では、どちらの言い分が信用されるでしょうか」
「お、おう……?」
昴は脱力して再び寝そべる。良く分からないが、王宮に仕えるラルメリアでさえも、ローゼンシュヴァルツ家に深入りするほどの権力は持っていないと貴臣は読んでいるのだろう。
「じゃあルクレツィアのことはどうすんだよ。まさか、このまま尻尾巻いて逃げるつもりじゃねぇだろうな」
昴も、貴臣がここで本気で諦めるとは思っていない。彼はまだピエールとの決闘を果たしていないのだ。
だが、この状況を打破する方法は、昴には思いつかない。
「それはまた、ラルメリアさんが来た時に考えましょう」
貴臣は牢屋を見回し、
「ところで、この牢屋、少し不思議ですね」
と呟いた。
「おん? 何がだ?」
「看守が一人もいないじゃないですか。それに、僕達を別々に隔離せずにひとまとめに部屋に入れるなんて、まるで『脱出してください』とでも言ってるようじゃないですか?」
(こんな時に警察の心配をするなんて、こいつも呑気なヤツだな)
「ああ。そりゃあ、この牢屋には特別な魔法がかかってっからな。脱獄できるヤツはいねぇって、おまわりも大層自信があるんだろうよ」
「魔法?」
貴臣は首を傾げる。
「おう。俺は問題起こしたヤツの迎えに何度かここに来たことがあんだがよ、そん時に聞いたんだ。どんな魔法でも腕力でも、この檻をへし折ることは不可能なんだとよ」
貴臣は、何の変哲もない檻を手で撫でる。
「どんな、魔法でも……」
そう呟やき、貴臣は目を閉じる。
「おい、弌ノ瀬?」
突然静かになった貴臣に、昴は不思議そうに声を掛けるが、反応はない。
仕方なく、昴は暇つぶしに本棚に入っている本を手に取った。
(うげっ、何だよこれ。何書いてっか全然分かんねぇ……)
昴は苦渋の表情を浮かべ、本棚に本をしまった。
「黒咲さん、ちょっとお尋ねしても良いですか?」
何か暇を潰す方法を考えていた昴に、貴臣が声をかける。
「黒咲さんがいつも使っている『カミノゴカゴ』の能力について、もっと詳しく聞きたいんです」
*
数十分後。
「_____まあ、そういうわけだな」
昴は少し照れくさそうな顔をして説明を終える。貴臣は脳内で昴の言葉を咀嚼しているのか、無表情で俯いた。
「なるほど。そういう原理があったのか……」
「で、俺の能力がどうかしたのか?」
「実は、僕もラルメリアさんから能力を受け取っていまして。そのことなんですが_____」
貴臣が言いかけた時、パタパタと軽い足音が駆け寄ってくる。
「お、おふたりとも、何をしていらっしゃるんですかぁ!」
慌てた表情をしたラルメリアが、檻の前に立っていた。
貴臣は丁寧にお辞儀をする。
「お久しぶりですね、ラルメリアさん」
ラルメリアは貴臣につられて頭を下げ、
「お久しぶりです……って、そうではなくって!」
慌ただしく檻を掴む。
「私達、お別れしてからそんなに経っていませんよね! どうして警察のお世話になんてなっているんですかぁ! し、しかも、あのローゼンシュヴァルツ家相手に揉めるだなんて……一体何をしたんですか?」
昴は得意気に鼻を鳴らす。
「ルクレツィアの父親と護衛をぶっ飛ばした!」
貴臣は平然と答える。
「ルクレツィアさんを誘拐しようとしました」
ラルメリアは頭を抱える。
「お、思いっきり悪者じゃないですかぁ」
「でも、ここまでしなければ、あなたは動かないでしょう?」
貴臣の言葉に、ラルメリアはハッとしたように固まる。
「僕は理不尽なことは嫌いなんですよ。勝手にこっちの世界に連れてこられて、一方的に説明だけされて追い出されて。そんな扱いをされて尚、あなたの言う通りにしろと言うのは虫が良すぎる話でしょう」
貴臣はうっすらと笑みを浮かべる。
「またお会いできて良かったですよ、ラルメリアさん」
淡々とした口調だが、昴は貴臣から確かな怒りを感じ取った。
話についていけるはずもないため、二人の様子を見守ることにする。
「ラルメリアさん。ここは交渉をしませんか?」
「交渉……?」
「ラルメリアさんは、僕達を間違って召喚したことが周りに知られては困ると思っている。そして僕達は、何としてもルクレツィアさんの結婚を阻止したいと考えている」
ですので、と貴臣は目の奥を光らせる。
「あなたが以前おっしゃっていたように、僕達は『勇者』『聖女』として振る舞いましょう。その代わりに、あなたにはルクレツィアさんの結婚を阻止する方法を一緒に考えてほしいんです」
(勇者? 聖女? 何の話だ?)
首を傾げる昴とは裏腹に、ラルメリアは一歩後ずさった。
「わ、私にあなた達の悪事に加担しろと……?」
「僕達は別に、あなたの過ちを周りに言いふらしても良いんですよ。僕達がそれで困ることはありませんからね」
「う、うぅ……そんなことしたら、王に首を刎ねられちゃいますよぉ……」
昴は貴臣を軽く睨んだが、貴臣は意に介さなかった。
「……オメエ、漫画に出てくるザ・悪役みてぇなこと言ってんな」
しかし、昴がそう言うと、貴臣は目を輝かせて昴の方へと振り返る。
「見えますか? 僕、今とてもワルに見えますか?」
「……あんま女を虐めてやんなよ」
「虐めじゃありませんよ。これは立派な交渉です。むしろ立場が弱いのは僕達の方なんですから、このくらいの言動は許されて然るべきです」
ラルメリアは顔を青くさせてカタカタと震えている。
「本来、これが普通の反応ですよねぇ。でも、ルクレツィアさんには通じなかったんです」
「あの女はタダモンじゃねぇからな」
「やっぱりアニキもそう思います?」
「まあな。あとその呼び方はやめろ」
ラルメリアは困ったように帽子の上から頭をかき、そして項垂れる。
「わ、分かりました。でも、本当に黙っていてくださるんですよね?」
「ええ。あなたが約束を守る限りは、僕達もこのことは他言しないと誓いますよ。ねぇ、黒咲さん?」
「お、おう」
「ということです。ラルメリアさん、ローゼンシュヴァルツ家に関する情報を僕達に教えてくれませんか?」
昴は、「コイツは敵に回したくねぇな」と思った。
次回の更新は4月2日(木)の22時10分です。




