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父親がそう言った。その途端、貴臣の体は痺れたように動かなくなった。
先程までひっくり返された虫のような動きをしていた父親が、ニヤついた笑みと共にゆっくりと立ち上がる。
「やっぱりな。完全にワシの魔法を解除したにしては、やけに殴る力が弱いと思ったんじゃ。……どうやら兄ちゃんのその魔法、まだ完全には扱い切れてないようじゃのぉ」
父親は貴臣の腹を蹴り飛ばした。バランスを崩して、貴臣はその場に膝から崩れ落ちる。
「さっきは散々言ってくれたのぉ。父親失格じゃとか何じゃとか。どうでも良いわ、そんなもん。感情だけで生きていけるほど、この世界は甘くない。これまでかけてきた手間を返してもらう。それの何が悪い」
吐き捨てるように言って、貴臣の頭を地面に叩きつけた。
ぶつけた拍子に頭が切れ、床に血が広がっていく。ルクレツィアは口元を手で押さえ、よろけて後ずさった。
「ルクレツィア。ワシに歯向かったらどんなことになるか、その目でちゃあんと見いや」
そう言って、貴臣の顔を何度も蹴り飛ばす。
「二度と人前を歩けない面にしたるわ」
「お、お父様、それ以上やったらチーノ様が……」
「なんだ。お前もワシに逆らうつもりか」
「そんなわけじゃ……」
「ルクレツィア。お前が本当は良い子だということはワシも知っとる。だから、ワシの言うことが聞けるね」
ルクレツィアが目に涙を浮かべ、俯いた。
貴臣は痺れる手を動かしながら、父親の脚を掴む。
「……ルクレツィアさん。こんな奴の言うことなんて、聞くことありませんよ」
父親は驚きに目を見開く。
「お前、まだ動けるか……ッ!」
貴臣は震える唇で笑みを浮かべる。
「僕の身内にも、あなたのような人がいたんです。非常に合理的で、利益のためなら平気で他人の心を踏み躙ることができるような人が。……でも、その人はしばらくして落ちぶれましたよ。不祥事が明るみになった途端、それまで慕っていた人はあの人を見捨てた。会社からも家族からも見放され、やがて彼の周りには誰もいなくなった」
「……離せ」
「感情を後回しにしてきたツケは、いつか必ず払わなければならない。あなたもいつか分かる日が来ますよ」
「離さんか! このクソガキが!」
父親は貴臣の腹を蹴飛ばす。貴臣はそれでも笑みを崩さなかった。
貴臣は、泣き出しそうな表情で立ち尽くしているルクレツィアを見る。
「たとえ勝てない相手でも、抗うことに意味がある。……それがヤンキーってやつですよ。ルクレツィアさん、あなたも言いたいことがあるなら言ってみると良いですよ」
ルクレツィアは拳を握り締める。
「わたし、は……」
何か言いたいことがあるはずだった。だけど、父親を前にすると、喉が凍りついて思うように喋れない。
「チ、チーノ様、私……」
それでも、力を振り絞って喋ろうとした、その時。
「うおおおおおッ!」
廊下の奥から、慌しい足音と共に、大勢の護衛に追いかけられている昴がやってくる。
「お兄様!」
ルクレツィアは束の間表情を明るくさせたが、昴の後ろにいる大勢の護衛に気がついて顔を顰めた。
「な、何状況をややこしくしてるんですの、あなたは!」
「道に迷ってたんだよ! でもそのおかげでお前等に追いついたみたいだ_____」
昴は地面に横たわっている傷だらけの貴臣に気がつき、目を瞠った。
「弌ノ瀬……」
貴臣はぎこちなく笑う。
「はは。僕って、結構弱かったみたいです」
「弱い? テメェがそんな弱いわけ_____」
昴は周囲を見回し、状況を即座に理解した。拘束しようとしてくる守衛を力づくで振り解く。
「おいテメェ……俺のダチに何してくれとんじゃあ!」
昴は父親をブン殴った。
「うぐぁ!」
父親は吹っ飛んで地面に倒れるが、体の脂肪がクッションとして作用し、気絶には至らなかった。
「パ、パラリージ!」
父親は魔法を唱えた。昴の体は痺れ、その場に崩れ落ちる。
貴臣と昴は直ちに護衛に取り押さえられる。
「手こずらせやがって、このクソ泥棒!」
「だから何度も説明してるだろ! 俺達は何とかコインを持ってるスゲーヤツなんだってよぉ!」
二人はなす術もなく手枷を嵌められた。
貴臣はルクレツィアの方を振り返った。父親は勝ち誇った顔をして、ルクレツィアの肩を抱いている。
「約束通り、とっととこの街から出ていくんじゃな」
父親の高笑いを聞きながら、二人は連行された。
だが、貴臣はここで諦めるつもりはなかった。
(勝つまで戦えば、負けることはない。……ですよね、アニキ)




