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「……ルクレツィアさんは、何も悪くありませんよ。僕達が勝手に、ここに乗り込んだだけです」
ルクレツィアは振り返り、父親は驚きに目を見開く。
「お前、何故ワシの魔法を受けて尚動ける……ッ!」
「はは……何故でしょうね。皆目検討がつきませんが」
貴臣はぎこちなく笑みを浮かべる。
「強いて言うなら、気に食わないから、でしょうか」
「……気に食わない?」
「ええ。ヤンキーは嫌いな人に歯向かうものだと、相場が決まっているんでね」
昴ならば、「別にそんなことはねぇよ」と突っ込んでいたかもしれないが、生憎と彼は不在だった。
「ヤンキー?」
父親は不思議そうに声を上げ、ルクレツィアの方を見る。ルクレツィアは首を横に振った。彼女にもそれが何を意味するのか分からなかった。
魔法が解除されたとは言え、貴臣の体調は万全ではなかった。水中で無理矢理体を動かしているかのように全身が重く、立っているのもやっとの状況だ。
しかし、父親にそれを悟らせたくなかった。掠れた声を貴臣は上げる。
「あなたは父親失格です。それどころか、人として最低の部類だ」
喋っているうちに、自分でも想定外の言葉が次々湧き上がってくる。
「脅しや魔法で、他人に何でも言うことを聞かせられると思ったら、大間違いだ。あなたのような、他人を自分の都合の良い駒としか考えてない奴が僕は大嫌いだ」
「……言いたいことはそれだけか、兄ちゃん」
「まだ聞きたいですか?」
「いや、もう十分だ」
父親は貴臣に鷹揚とした足取りで近づくと、貴臣の頬を思い切り殴った。貴臣はよろけ、床に膝をつく。
「チーノ様!」
ルクレツィアが駆け寄ろうとするのを、貴臣は手で制する。
「テメェ、自分から今どういう立場なのか分かってんのか? 誰に楯突いてっか分かってんのかって聞いてんだよ、オラ」
「すみませんが、分かりかねます。何せこの世界にやってきて、まだ1週間も経っていないものでしてね」
「……ああ? 何言っとんじゃワレ」
「残念ですが、僕に脅しは通用しませんよ。あんたのパンチなんて、痛くも痒くもありません」
貴臣は口の端に滲んだ血を手で拭い、ゆっくりと立ち上がる。
「かっこええのお、兄ちゃん。一丁前に騎士気取りか」
「そんなんじゃありませんよ。僕はワルですから」
「はっ。何を言っとるのか全然分からんわい」
父親はルクレツィアをチラッと見てから、貴臣に視線を戻した。
「兄ちゃん、もしかしてルクレツィアのことが好きなのか?」
「……違います」
「嘘はつかんで良い。好きでもなければ、わざわざここに来る必要もないじゃろう」
そう言って、父親は下卑た笑みを浮かべる。
「ナイト気取りの兄ちゃんにひとつ提案してやろう。ワシと勝負をしないか? 兄ちゃんが勝ったら、ルクレツィアはお前にくれてやる。ただし、ワシが勝ったら、このアルデラから出ていってもらう。どうだ、悪い提案じゃないじゃろう?」
とにかく喧嘩をしたい貴臣にとって、それは願ってもない提案だった。
しかし、この父親がまともに喧嘩をするとは思えない。
向こうには貴臣の動きを封じる魔法があり、そのうえ貴臣の体調はまだ万全ではなかった。
普段ならともかく、今の状況で勝てるとは思えない。
だが、貴臣は頷いた。父親の「ルクレツィアをくれてやる」という言葉が気に食わなかったのだ。それが貴臣に向けた挑発だと理解はしていたが、止めるまでには至らなかった。
「良いでしょう。その挑戦、受けて立ちます」
それまで黙っていたルクレツィアが、声を上げる。
「チーノ様、ダメよ! あなたはそんなことをしなくても良いの!」
「ルクレツィア、お前は黙っとれ。これは男と男の勝負なんじゃ」
父親は上着を脱ぎ、地面に置いた。
「ねえ、本当にやめてってば! 私、結婚するから! お願いだから、チーノ様に手を出さないで!」
ルクレツィアの願いは届かなかった。父親と貴臣は、互いに構えの姿勢を取った。
父親は挑発するように手を動かした。それが合図だった。
貴臣は拳を振り翳し、父親の腹目掛けてパンチを出した。ドシッと重たい衝撃がかかる。父親は顔を軽く顰めたものの、倒れることはなかった。
貴臣はすぐさま父親から距離を取る。
(クソ。やっぱり体に力が入らないな)
父親は不敵に笑う。
「何だ、兄ちゃん。威勢が良い割には大したことねぇじゃねぇか」
父親の振り回した拳が貴臣の頬にクリーンヒットする。ピエールのように洗練されてはいないが、その分腕力があった。倒れそうになる体をすんでのところで持ち堪え、貴臣は口元に滲んだ血を手の甲で拭った。
泥臭い闘いだった。
何発かの攻防の末、父親は脚を振り上げ、貴臣を蹴ろうとした。緩慢な動作だった。貴臣は彼の脚を掴み、力強く押した。バランスを崩した父親はその場に尻餅をついた。
「クソ、この野郎……っ」
父親はジタバタともがくが、腹の肉がつっかえて上手く起き上がれないようだった。
貴臣は拳を振り上げ、父親の頬を殴り返した。軽い力だった。
父親は悔しげに口元を歪め……しかし、すぐに笑った。
「拘束魔法」




