7-2
ルクレツィアは長い廊下を、貴臣を連れて走った。
「ねぇ、チーノ様!」
ルクレツィアは頬を紅潮させ、息を弾ませながら貴臣に尋ねる。
「どうして私を助けてくださったの? 縁もゆかりもないはずの私を、あなたは二度も助けてくれたわ!」
貴臣は何と答えるべきか悩んだ。助けるつもりなど一切なかった。ただ、彼は闘いたいだけだった。
ルクレツィアを助けたのは結果であって目的ではない。
(ルクレツィアさんは、僕のことをヒーローか何かだと勘違いしているみたいだが、僕だって一介のワルであるということをここらでアピールしておかないとな)
貴臣が目指しているのは、「ヤンキー」なのだ。この世界でも「優等生」扱いされていては、たまったものではない。
「ワクワク」と口で言い出さんばかりに期待の眼差しを向けてくるルクレツィアに対して、貴臣は剣呑に睨み返すことで先制攻撃を仕掛ける。
「……勘違いしないでください。言っておきますけど、僕はあなたを助けようと思って助けたわけじゃありませんから」
ルクレツィアはきょとんと目を丸くさせる。貴臣は追撃を仕掛けた。
「ストレス発散だったんですよ。喧嘩相手を探していたところ、たまたまそこにあなたがいたというだけです。僕はあなたが男性であろうと動物であろうと虫であろうと、同じことをしていましたよ」
そして、最後に自身の傷ひとつない拳を見せつける。
「別に、殴る相手はあなたでも良かったんですよ」
完璧。どこからどう見ても最悪な「ワル」を演じられたはずだった。
その証拠に、ルクレツィアは顔を俯け、体を震わせている。
(流石に女の子にこのような言い方をするのは不味かっただろうか。いや。相手が誰であろうと、僕はやりたいことをやるだけだ)
そう思いながらルクレツィアの様子を窺っていると_____
「……ふふっ」
(!?)
「あはっ! あっははははは!」
ルクレツィアは堰を切ったように大声で笑い出した。
予想外の反応をされ、今度は貴臣が困惑する番だった。
腹を抱えて笑っていたルクレツィアは、目尻の涙を拭いながら、満面の笑みを貴臣へと向ける。
「つまり、これは運命ってことですのね!」
何故そうなる、と貴臣は心の中で思った。
「な、何でそうなるんですか」
うっかり、口にも出していた。
「私が男でも動物でも虫でも、あなたは私を助けてくれるんでしょう? でしたら、あの日、あの場所で出会ったこと自体が運命なのですわ!」
笑いがぶり返したのか、ルクレツィアは再び呼吸を震わせ始めた。笑いすぎて、咳き込んでさえいる。
一世一代の「悪ぶり」を茶化されたような気がして、貴臣は恥ずかしくなった。
(何を言っても自分に都合の良いように解釈するじゃないか……。この子、やはり侮れないな)
驚愕する貴臣を尻目に、ルクレツィアは至極楽しそうだ。
「ふふ、うふふ。こんなに笑ったのは本当に久しぶりですわ」
ルクレツィアはようやく笑うのをやめた。丸めていた背中を伸ばし、振り返る。
「チーノ様、あなたって本当に冷たい人ですわね。でも、最後にあなたのそういうところを見ることができて満足ですわ」
「……最後?」
どういうことだ、と貴臣が尋ねるより先に、ルクレツィアは中庭へと続く扉を開けた。
「あそこの茂みに、人が一人分通れるくらいの隙間があるんですの。誰にも教えたことがない、私だけの秘密の抜け穴ですわ」
ルクレツィアは、中庭の一角を指差す。
「行ってちょうだい。そして、二度と私に関わらないで」
外から温い風が吹き込んできて、ルクレツィアの長い髪を僅かに揺らした。
ルクレツィアは、愛嬌のある顔立ちに相応しくない大人びた表情を浮かべる。
「私はこれ以上チーノ様を傷つけたくないんですの。だから_____」
貴臣は何かを言いかけ、言葉を飲み込んだ。
不意に、ルクレツィアの顔が強張ったからだ。
「拘束魔法」
次回の更新は3月30日(月)の22時10分予定です。




