6-2
「どうして、あなた達が……」
呆然とするルクレツィアに対して、昴は片眉を軽く吊り上げて挑発的に笑う。
「コイツを使ったんだ」
昴は手の中にあった硬貨を親指で弾いた。硬貨は明後日の方向へ飛んでいき、貴臣はそれを両手でキャッチする。
「黒咲さん。あまり乱暴に扱わないでください。紛失したら大変なことになりますよ」
「悪ぃ悪ぃ」
貴臣はルクレツィア達にも見えるように掌を広げる。
「なぁに、これ。ただのコインじゃないですの?」
不思議そうに首を傾げるルクレツィアの隣で、ピエールは血相を変える。
「これは、……レガリウムコイン!?」
「ピエール、このコインのことを知ってるの?」
ピエールは訝しげに目を細めながら、硬貨を観察する。
「アルデラの中でも極一部の者しか使用を許されていない特別な硬貨です。この硬貨さえあれば、アルデラ内であればどこでも買い物ができるんですよ」
それは貴臣と昴が王都の屋台で食べ物を買おうとした時に発覚した。代金を支払おうと貴臣がポケットから小銭を取り出した時、ラルメリアから貰っていたコインも同時に取り出したのだ。
良く見てみると、通常のコインには数字が書いてあるのだが、そのコインには国章と思われる模様以外には何も描かれていなかった。
貴臣から受け取った小銭を数えていた店主の顔色がみるみるうちに変わっていき、そこで二人はレガリウムコインの存在を知った。
「そんなものがあるだなんて、知りませんでしたわ」
「ローゼンシュヴァルツ家の中でも、これを使用できるのは当主のみですからね。ルクレツィア様がご存じないのも無理はありません」
昴は通行証を得意げに見せつける。
「コイツは本人にしか使えないように魔法で細工が施されているみてぇだな。門番のヤツ、すぐに通してくれたぜ」
実のところ、昴もまたこの世界に飛ばされた際にラルメリアからレガリウムコインを貰っていたのだが、喧嘩の拍子に落としてしまい、いつの間にか失くしていた。
しかし、身分を証明するには貴臣の分のコインで充分だった。レガリウムコインの照合を済ませた門番は、それまでの威圧的な態度が嘘であったかのように、二人を中へ入れたのだった。
「……あなた達、一体何者なんですか」
昴は快活な笑みと共に、自慢げに腰に手を当てる。
「正義のヒーローだ!」
貴臣は昴の隣で、
「どこにでもいる普通のヤンキーです」
と真顔で答える。
ルクレツィアは惚けた表情をして、貴臣を熱心に見つめた。
「チーノ様、素敵ですわ……!」
「おい、俺は無視か。俺だって助けに来たんだぞ」
「あら。お兄様もいらっしゃったんですの?」
「今更取り繕ってんじゃねぇよ!」
言い争いをする昴達の横では、貴臣とピエールが冷戦を繰り広げている。
「ヤンキーというのが何なのかは知りませんが、約束もなしに屋敷を、ましてや女性の部屋を訪れるというのは、作法がなっていませんね」
「門番に手土産は渡しています。特定の区域でしか採ることのできない海産物だそうで。生物ですので、早めにみなさんで召し上がってください」
貴臣は構えの姿勢を取った。
「ピエールさん。僕ともう一度勝負をしましょう」
「まさか、そのためだけにここにやってきたと?」
ピエールはルクレツィアを見遣った。恋に浮かれている少女には、二人の様子は目に入っていないようだ。
「面白い。相手になりましょう」
ピエールもまた、貴臣に向き直り、構えの姿勢を取る。両者は睨み合った。一触即発の雰囲気。相手が動き出すのを、互いに待っているかのように思われた。
しかし。
「ただし、この状況を切り抜けられたら、ですがね」
ピエールは腕を動かした。攻撃を身構える貴臣の前で、ピエールは淡々とした口調で言った。
「警報魔法!」
その瞬間、鼓膜を突き破るような超音波が貴臣と昴の耳を襲った。二人は思わず耳を押さえる。
(……まさか、ピエールさんも魔法が使えるのか!?)
昴が「カミノゴカゴ」を使用している時点で、この世界に魔法のようなものが存在すること自体は知っていた。
しかし、それがどの程度普及していて、誰が使えるのかは把握できていない。
そもそも物理的な攻撃と違って塞ぎようがないため対策の仕様がなかったのだ。
貴臣の頭には、たったひとつだけ、この状況を打開する「可能性」が浮かんでいたが、成功するかも分からないそれに頼って行動するわけにはいかなかった。
程なくして、何十人もの護衛が部屋に押し寄せ、二人をぐるりと取り囲む。
けたたましく鳴り響く音を振り払うように、昴は叫んだ。
「テメェ、卑怯じゃねぇか! 喧嘩ならサシで勝負しろや!」
「喧嘩ではありませんよ。屋敷に不法侵入した不届者を排除するのは当然の行いです」
「クソ! 何言ってんのか全然聞こえねぇけど、ムカつくこと言われたのは分かる!」
ピエールが手を掲げると、護衛は一斉に二人に飛びかかってくる。貴臣は護衛の攻撃を容易く躱し、昴は彼等の顔面に拳を炸裂した。
「弌ノ瀬! お前はルクレツィア連れてこの部屋から出ろ!」
「え、でもピエールさんとの勝負は……」
「んなの後でもできるだろうが! ここは俺が食い止めるから、早く行け!」
ルクレツィアはピエールの傍で固まっていたが、
「ルクレツィア! この屋敷のことはお前が良く知ってんだろ!」
昴のその声に反応して、駆け出した。
「お嬢様!」
ピエールはルクレツィアを捕まえようとするが、すばしっこい彼女を捕えることはできなかった。ルクレツィアは乱闘する護衛達の間を素早く掻い潜り、貴臣の元までやってくる。
「私についてきてください!」
貴臣は名残り惜しげにしつつも、ルクレツィアの後を追って部屋の外へと飛び出した。
「待ってください、ルクレツィア様_____」
ルクレツィアの後を追おうとしたピエールの前に、昴が立ち塞がる。
気がつけば、護衛は一人残らず地に伏していた。
一方の昴は傷ひとつ負っていない。
「全員倒したぜ。これで満足か?」
次回の更新は3月28日(土)の22時10分を予定しています。




