6-1
_____ローゼンシュヴァルツ家の屋敷にて。
「ルクレツィア様、この服はどうでしょう?」
「こちらも良いと思いませんか?」
「ルクレツィア様にはこちらの服が一番似合いますわ! あなた達が選んだ服は、どれも大人っぽすぎるのよ」
ルクレツィアは自分の部屋のベッドに腰掛け、使用人の女性が服を選ぶのを傍観していた。脚を組み、頬杖を突き、退屈そうに大きな欠伸をする。
(別にどれだって良いですわ……)
月に一度、許嫁は数人の従者を引き連れてローゼンシュヴァルツ家にやってくる。目的はもちろん、婚約者であるルクレツィアに会うためだ。
カイン・フォン・ローデンベルク。ローデンベルク家は、ローゼンシュヴァルツ家と同様に、王家より与えられた仕事を行なっている。カインはその家の三男だ。
年齢は20歳。家柄も顔面も申し分なく、何よりカインは性格も良い。
だが、ルクレツィアは彼の卒のなさを物足りなく思っていた。
自分に優しくしてくれる人など、カインでなくてもたくさんいるのだ。
(それに比べて、チーノ様の冷たさと言ったら……私にあそこまで無関心な方に出会ったのは初めてですわ)
ルクレツィアはうっとりと頬を赤く染め、すぐさま我に返って頭を激しく振る。
(私ったら、こんな時まで何を考えているのかしら! カイン様と結婚すると決めたのは私じゃないの!)
使用人が次から次へと服を持ってきてはルクレツィアにあてがう。ルクレツィアはされるがままの状態で、使用人達の着せ替え人形扱いを甘んじて受け入れている。いつものことだからだ。
ルクレツィアは自身の家柄の良さも、顔の良さも理解していた。多少体の凹凸が足りない部分もあるが、成長すれば自然と大人びた体型になるだろう。
自分に夢中にならない男など一人もいない。そう自負している。
(でも、チーノ様は違った。この私を知らんぷりして、あの下心満載なとんがり頭とばかり親しく会話をなさって……ああ、何て素敵な人なんでしょう。あの冷たい瞳に、私を映してくださる日が待ち遠しいですわ)
ルクレツィアは再びうっとりとしかけ、また、我に返った。
(もう、私の馬鹿! いい加減気持ちを切り替えなさいよ! チーノ様とお会いすることはもうないのよ。だって、私の方から別れを告げたんですもの)
路地裏で最後に見た貴臣の表情は、自分を助けてくれた時の冷たさとは打って変わっていた。大きく見開かれた目に宿る獰猛な感情。
ピエールと闘っている時の貴臣は、一方的に殴られていながらも、どこか楽しげでさえあった。
冷たい瞳も素敵だが、男らしい荒々しさを持つあの瞳も素敵だ。ルクレツィアはそんなふうに思った。
(チーノ様が少しでも私を見てくださったらもう何も思い残すことはないのですけど……ってバカバカバカ! 私のお馬鹿!)
ルクレツィアは突然、自身の両頬を勢い良く叩いた。彼女の奇行に慣れている使用人達は、特に気にした様子もなく、自分のセンスの良さを互いに争っている。
「だから、私の服が一番だっつってんだろ!」
「ありえねーよ。言っとくけど、あんたマジでファッションセンスないからな」
「んだと!? ぶっ殺してやろうかテメー!」
「上等だゴラァ!」
その時、部屋の扉が数回ノックされた。
「どなたですの?」
「ピエールです」
「入ってちょうだい」
ピエールは「失礼します」と前置いてから部屋に入ってきた。途端に、使用人達はピエールの周りを取り囲んだ。
「「「ピエール、私の服が一番可愛いよな!」」」
ピエールは眉ひとつ動かさず、ルクレツィアに目を向ける。ルクレツィアはうんざりと肩をすくめた。
「私はどのような服だって着こなせますわ。でも、カイン様とお出かけになる時の服をお決めになっているのでしょう? いずれの服も、外に出かけるには装飾が多過ぎて動きづらいですわ」
ルクレツィアの指摘に、年若い使用人達はしゅんと肩を落とした。
「だから、ピエール、あなたが決めてちょうだい」
「……私が、ですか」
「ええ。あなたは私のことを良く知っているでしょう」
ルクレツィアは軽く手を叩く。使用人はその音に即座に反応して、そそくさと部屋を退出した。
一人で過ごすには広すぎる部屋に、ルクレツィアとピエールだけが取り残される。
壁にかけられた色とりどりの服を眺めるピエールの背中に、ルクレツィアは声を掛ける。
「それで、私に何の用なのかしら?」
ピエールはルクレツィアに向き直った。相変わらずの無表情だが、どこか緊張しているような様子もある。
「ご主人様より伝達です。カイン様との式の日取りが決まったとのことです」
「……式?」
ルクレツィアは刹那、息をするのを忘れた。
「で、でも、カイン様とはまだ数回しか会っていないのよ。結婚はまだしばらく先になるとおっしゃっていたじゃない」
「詳しくは私も存じ上げておりません」
ピエールの「知らない」は「それ以上は聞くな」という意味である。
ルクレツィアはそれ以上の追及は諦めてベッドに寝転がった。
「お行儀が悪いですよ」
「構わないわ。ここには私とあなたしかいないのだから」
ルクレツィアは目を閉じ、深呼吸を繰り返した。ピエールは再び服を見繕い始めた。
「……もう、14年が経つのですね」
ピエールの声に、ルクレツィアは片目を開いて様子を探る。しかしピエールは背中を向けているため、彼の表情は見えない。
「ルクレツィア様が生まれた時のことは、昨日のことのように覚えております。生まれてすぐのうちはとても大人しかったものですから、ご主人様も奥様も、これで立派なメンチが切れるのかと酷く心配なさったのですよ」
「……そう」
ルクレツィアは胸がこそばゆくなって、寝返りを打つ。
「それがまさか、ここまで活発な子供に育つとは。お嬢様には散々苦労させられてきましたよ。池の魚を捌いて食べようとしたり、壁をよじ登って外に出ようとしたり、野良猫を追いかけて迷子になったり_____」
「もう! 昔の話はおやめになって! 恥ずかしいじゃないの」
「でも、もうじきこのお屋敷から発たれるのだと思うと、寂しくなりますね」
ピエールの声は淡々としていた。本当に「寂しい」と感じているのか疑わしいほどに。
しかし、ピエールと長年暮らしてきたルクレツィアは、ピエールが嘘を吐かないことは良く知っている。
武骨で融通が利かないところはあるが、とても頼りになる護衛なのだ。
ルクレツィアはピエールの額にある傷を思い浮かべ、再び目を閉じる。
「……私がいないこの家は、きっと退屈なほどに静かになるわ」
自分がただの少女でなくなる日が、もうすぐそこに迫っている。
家の役に立てる日が来るのだ。嬉しくないはずがない。
そう理解しているはずなのに、どうして胸が引き攣れたような痛みを感じるのだろう。
ルクレツィアは軽く唇を噛み、呼吸を整えた。
「私がいなくなって、暇で暇でしょうがなくなっても、もう遅いんですからね!」
ピエールは何も言わない。だが、彼がその動かない表情の下でさまざまなことを考えているということを、ルクレツィアは分かっている。
『ルクレツィア様だけではありません。これは王家に仕える者の使命なのです』
あの言葉をピエールがどんな気持ちで言ったのかを考えると、ルクレツィアはもう二度とピエールを裏切られないと感じた。
(だから、今度こそ本当に終わり。……チーノ様。こんな私を助けてくださって、本当に感謝いたします。結婚する前に一度でも恋する気持ちを知ることができて、その相手があなたで、本当に良かったですわ)
全ての出来事を思い出に仕舞い込むように、ルクレツィアは穏やかな笑みを浮かべた。
その時_____
ピエールの様子が変わった。ピエールはルクレツィアの傍に寄ってきて、警戒するように扉を睨みつけた。
「お嬢様。物陰にお隠れになってください」
扉の外がにわかに騒がしいことにルクレツィアはすぐに気がついた。そして、その喧騒は段々とルクレツィアの方へと近づいてきている。
「で、でも……」
ローゼンシュヴァルツの家にわざわざ侵入するような不届者など、このアルデラにはいないはずだ。
「早く!」
ピエールが切羽詰まった声で言う。ルクレツィアは咄嗟にシーツの下に身を隠そうとして、しかし間に合わなかった。
やがて。蹴破られるように開かれた扉の先から姿を見せたのは、
「……どうして?」
貴臣と昴だった。
次回の更新は3月27日(金)の22時10分予定です。




