58. 逢美宮にて
人々を結びつけ出会いの素晴らしさを讃える宮、逢美宮の回廊で……フィオナは困り果てていた。
(あ~、もう! いい加減にしてちょうだい!)
「約束の時間がありますので通してください。……遅れてしまいます」
なかば自棄になりながら、断りの返事を何度も繰り返しているフィオナだったが、逢美宮の豪奢な回廊には、令嬢たちに誘いをかける青年貴族たちが多すぎた。フィオナの行く手を塞ぎ、ひっきりなしに誘ってくる。誘いを待っている令嬢たちはたくさんいるにも関わらずにだ。
……自分に向けられる視線が痛い。いや、興味津々なのか。
その令嬢たちもフィオナの行く手を塞いでいたのだが……。先ほどまでのやり取りを思い出す。
レオンハルト様やフリオニール様がお相手してくれるのは、あなたが王妃様付きだからよ、とか、田舎令嬢のくせにいい気にならないで、とか、弱小貴族なんだから身の程をしりなさい、とか……。
フィオナにしてみれば、多少の悪意は感じるものの「ごもっとも」と納得できる話でもあったので、特に反論はしなかったのだが、その対応が反ってまずかったらしい。
何か言いなさいよ、とばかりにリーダー格らしい令嬢が詰め寄ってきたので、フィオナはそれなら……と、渋々と口を開いた。
『ソフィア様は珍しい小鳥を飼われているようですが、困っていることがおありなのではないでしょうか』
『……?』
ソフィアと呼ばれた令嬢が、虚を突かれたような表情でフィオナを見る。
『……なんで、そんなこと、あなたが知ってるの?』
『辺境であるほど中央の話が入ってくるのです。私は生き物が好きなので、ソフィア様の小鳥の話に興味を抱きました。確か……決まって夜になると小鳥が暴れだし、羽が抜けて可哀想なお姿になってしまっているとか』
『……そっ、そうよ。屋敷の者が寝静まった頃に暴れだすの。……でも、こんなこと本当に、辺境にまで広がってるの。王都では、聞かないわよね』
最後の言葉は、ソフィアを取り巻く令嬢たちに向けられたものだ。それを受けて、令嬢たちは首を縦に振り肯定する。
『中央の話題は、王国の貴族にとって重要ですもの。わが家だけではないと思いますよ、情報収集に力を入れる辺境の家は。……ちなみに、ソフィア様の小鳥に必要なのは灯火です。暗闇を嫌うので、小鳥部屋にも夜用に明かり石を使ってみてはどうですか』
『……わ、わかったわ』
『それと、マリアンヌ様……。お父様の趣味についてご心配なさっているようですが、大目にみてさしあげてはどうでしょう』
ソフィアの後ろに控えていた別の令嬢の顔を見ながら、フィオナは続けた。
『骨董品と呼ばれる品々は、興味のない人にとっては理解し難いもの。ただのガラクタです。……しかし、先人たちの知恵や努力によって表現された美や価値は興味深く、得られる知識は人を育ててくれます。ステイラー伯爵は、内務省にお勤めするのに相応しい方ですわ。賢明で分を弁え、無駄に散財せず、なが~く愛でられる逸品を中心に骨董品を購入されているようです。否定なさらずマリアンヌ様が応援してあげたなら、お勤めも今より頑張れるのではないでしょうか』
『そっ、そうかしら』
『ええ、もちろんです』
家名や名前だけでなく、ごく私的なことまで言い当てたフィオナに、令嬢たちは言葉を失い大人しくなった。
『情報収集の力だけじゃないわよね。何か視みえてるんじゃない?』
『……アルディ伯爵家は、不思議な森の管理人よね。あの方は魔女なの?』
『魔女なら行儀見習いにはならないでしょう。使い物にならない魔力量ならともかく……、的中してみせるなんて凄い能力だわ』
こそこそと会話する声が聞こえる。好意的にとはいかなかったが、ひとまずこれで、あからさまに悪意を向けてくる令嬢は減るだろう、と思う。
しかし占いを好む女性は多い。一部始終を見ていた令嬢たちのなかには、フィオナに相談してみたいと目を輝かせている者がいる。
種を明かせば、悪意を向けられたことに反応したパンジーの精霊が教えてくれただけなのに……。
(はっ! いけない、いけない現実逃避していたわ)
フィオナはため息をついた。
(適度に接しながら歩き続けるといいって、フリオニール様は言っていたけど……。ウォルスさんもいないし、私のような出で立ちでは威圧感が不足してるのね、きっと)
フリオニールのような黒ずくめの衣装やずば抜けて整った容貌であれば、近づき難くて遠慮する人もいただろうと思う。前に進むのも困難な状況は、フリオニールの悩みと我慢強さを身をもってフィオナに教えてくれる。王宮で生きていくのは大変だ。
(これを受け止めきれるなんて……。フリオニール様はああ見えて、実は心が広い方なんだわ)
令嬢たちと違って、好意を向けてくる青年たちに精霊は反応しない。恐怖を抱くまでもない青年貴族たちの誘い文句に、そろそろ疲れてきた。
フィオナは駆け出したかったが、王宮の廊下を走り抜けるなんてみっともない真似もできず、見咎められない程度の早歩きで、貴族たちの群れの合間を突き進むしかなかった。
「フィオナ嬢、ここであなたに出会えたのは運命です。そんなことおっしゃらずに」
「そうですよ。それとも約束していただけますか? 日を改めて会っていただけると」
(そんな約束、できるわけがないでしょう!)
心の中でフィオナがこうぼやいた時、どこからか黄色い歓声が聞こえてきた。
脇に陣取る青年たちから視線を反らし、フィオナは歓声がする方向を見つめた。すると、たくさんの令嬢を引き連れたフリオニールとウォルスの姿が目に入った。
誘いを待っていた令嬢たちも、フリオニールの登場に色めき立ち我先にと駆け出していく。
気を引くために、令嬢たちがフリオニールに極限まで近づいて話しかける姿は、フィオナの胸にチクリと針が刺すような痛みをもたらしたが、フリオニールの様子がいつものそれと違うのに気づいた。
令嬢に話しかけられてはいるが、それを無視して足を留めずに真っ直ぐにこちらへ向かって来ている。
フリオニールの長い足を使えば、フィオナの傍に来るまではあっという間だった。
フィオナと目を合わせたのは一瞬で、フィオナを囲んでいる青年貴族たちを見回すと、フィオナの脇に陣取る青年に視線を向けた。
フリオニールは眉間に皺を寄せ、不機嫌なことを隠そうともしていない。
「ここで何をしている? ……君と約束しているのか?」
「アッ、アルスカイザー様。いっ、いいえ、あの、私はその……、アルディ伯爵令嬢のご活躍に興味がありまして、話を聞かせていただきたく……。いや、今でなくてもよいのですが……」
何度断っても、しつこく誘ってきていた青年がしどろもどろに答える。
その青年から視線を外し、今度はフィオナを囲んでいた他の青年たちに視線を流す。すると、皆、慌てたように目を逸らしていく。
「……そうか。ならいい」
あっさりと話に終止符を打ち、ひとり頷いたフリオニールがフィオナに向き直る。
「……うわっ!!」
「そっ、そんな!!」
フィオナとフリオニールを囲んでいた青年たちと令嬢たちが、息を詰め悲鳴を上げた。
フリオニールはふわりと微笑んでいた。その柔らかい表情とともに「邪魔するな」とでもいうようなオーラが周囲に広まっていく。
また、フィオナの足元でじゃれつく銀狼の姿からも近寄るなと無言の圧力が発せられている。
その場のざわざわした雰囲気を気にする風もなく、フリオニールはフィオナに言葉をかけてくる。
「夢幻宮の精製場へ行くところだ。手伝ってくれるか?」
「はっ、はい。もちろん」
「……ほんと、なんだな」
恋人同士らしいって……。青年の一人が漏らした呟きを最後に、その場は静まり返り二人に注目が集まる。
「薬の精製はひとまず終わりだ。薬師や魔導士たちを通常業務に戻す。お前が手伝ってくれれば早く済むだろう」
そう言って、エスコートするようにフィオナの脇に立ち、一緒に歩き始めるようとするフリオニールが、フィオナにだけ分かるような小さい声で話しかけた。
「ようやく会えた。おまえの姿を見ない日は心が苦しい」
「……っ!」
今、言いますか……。
さすが、心が広いわ……と感心するフィオナだった。
それは度量が大きいというよりも、フィオナのことになると周囲が見えなくなるという、フリオニールの不器用さの現れである。それに気づけないフィオナもまた恋の初心者。
初々しい二人の姿を、逢美宮の回廊に集う人たちは呆気にとられながら見送ったのだった。




