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57. 収束へむかって

「おや? おかみさん、珍しいね。元気が取り柄って言ってただろ?」


「……それはこっちのセリフだよ。おまえさんだって、丈夫なのが取り柄だっていつも言ってたじゃないか」


「……そうだけどよ。こうだるくっちゃ仕事になんねえし、嫁も息子も寝込んじまって。……こりゃひょっとして、例の薬じゃなきゃ直んねえっていうあれかと思ってよ」


「……私もさ。食堂のおかみが鼻水垂らして、くしゃみばっかしてたら客が入りずらいらしくてさ……。薬飲んどこうかって思ったのさ。ここに来るの初めてで緊張しちまって……一人で心細かったんだよ。あんたでもいてくれると心強いよ」


「おぅ、そうかい。俺は怪我で何度か世話になってるから慣れたもんだぜ。まかせときな!」




 ここは市場近くにある治療院。その待合室は、くしゃみやせき込む人、顔を赤らめボーッとしている人などで溢れている。

 日中の日差しが柔らかくなり、朝晩の冷え込みに秋の気配が感じられるようになったこの頃、王都中、いや王国中の治療院はどこもこんな感じだ。


 特に多くの人と接する庶民は、感染症などの病気を感染(うつ)されやすく、また感染(うつ)しやすい。そのため、庶民が暮らす地区に設けられた治療院では、体調不良を訴える民が毎日押し寄せるようになっていた。



 ……しかし、全くといっていいほど混乱は起きていない。



 季節の変わり目には体調を崩すことも多いのに加え、せきやくしゃみ、発熱などの症状が出た場合は誰でも、薬がもらえるという王家からの周知と、十分な量の薬が準備されているという事実が民の安心につながっているようだ。


 また、各国からの旅人や商人が行き交い、多様な階層の民が暮らすファブール王国では、もともと流行病に関する危機感も強かった。

 そのため、病気とは無縁の元気者さえ治療院に行くことをためらわないせいか、新たな感染者数は減少傾向にあり、まもなく収束するだろうと考えられている。






「……と報告がありました。薬の効きも良く死者は今のところ出ていません。……他に気になることはありますか?」


「楽しいことでもあったのかい、フリオニール」



 王宮の一角、夢幻宮にある魔導士長の執務室でのこと。王国の状況を淡々と報告するフリオニールに向かってオーウェンが尋ねた。机に肘をつき組んだ手の上に顎をのせたオーウェンの表情は柔らかい。



「……唐突に何ですか」


「笑っているから気になっただけだよ。とても楽しそうだ。……いや、嬉しいかな」



 同席していた執務を補佐する数人の魔導士たちが、二人のやり取りを耳にしてギョッとする。

(笑ってる?……どこが?)

 魔導士たちは皆、困惑の表情を浮かべながら顔を見合わせた。



「昨日、屋敷で見かけた時も笑っていたからね」

「……」


 じゃぁ昨日、屋敷で聞いてくれと思ったフリオニールだった。人目のあるこの場所でなく……。




 心当たりはある。

 数日前、フィオナと想いが通じあったことだ。でも、この場で話すわけにはいかない。


 あれからフィオナと会ってはいないが、ウォルスやストラスを通じて、簡単な手紙のやり取りをしている。フィオナの可愛らしい文字を見る度にあの日の感情が思い出され、心と体が疼きだして仕方ないのは男の性だと思う……。



 アルスカイザー家の後継者である自分に嫁ぐには、魔力を持つことが絶対条件。魔力を持たないフィオナが報われない想いに苦しみ、自分を想って涙していると知った時には、不覚にも理性の糸が切れ、強引にフィオナに口づけていた。


 ……順序が逆になってしまったが、結果的には自分の想いもフィオナに伝わり、恋人のキスまで交わすことができた。

 らしくなく、気分的に浮わついているのは否めないが、表情に出しているつもりは全くないのに……。



 他人からみれば変わりないフリオニールの表情や態度だが、父親の「親愛」といわれる力が、うちにある喜びを感じとったのかもしれない……。




「混乱なく落ち着きそうで良かったと思っているだけです。……薬の在庫も十分にありますし、従事してくれた魔導士や薬師たちは解散させても良い頃合いかと」


「そうだな。判断はお前に任せる。それから、フィオナ嬢はどうしてる?」


「今は行儀見習いに専念しています。薬草園にも足を運んでいるようです……。それとあの指輪、ありがとうございました。いろいろと助けてもらっています」


「役に立ったのなら作った甲斐もあるよ。それに使いこなせているようだ。アルディ家の者はとても興味深いね」



 フリオニールが片眉を上げる。発言内容から、オーウェンもアルディ家の秘密に気づいているのかもしれない。



「……そうですね。フィオナ嬢が王宮に来たことで、ウィルフレッドの違う一面も見られましたし……。近いうちに、アルディ家を訪ねるつもりでいます」


「そうかい。では、その時が来たら教えてくれ。私からもアルディ伯に伝えたいことがある。急ぎではないし、おまえの口から伝えてもらった方がいいだろう。……引き続き、良い報告を待っている」





 執務室を後にしたフリオニールは、いつものように智泉宮への近道を歩きながら、ウォルスに話しかけた。


「フィオナは今どこにいる?」


「逢美宮だが、会いに行くのか?」


「……会いたいが、二人きりで会うのは駄目だ。逢美宮では人目につく。王宮内でなければ、婚約前に二人きりで会ったとしても見逃されるだろうが、人気のない王家の神殿となると……フィオナが警戒しそうだ」


「……人間はややこしいな。契約に縛られて貪りあうことも叶わない」


「どの口がそう言う。その人間との契約を望んだのはおまえだろ」


「俺は欲しいと思ったらすぐに手にいれる。少しでも長い時間を共に過ごしたいからな。人間はすぐ死ぬのに気長だ。理解できん」


「……おまえ、最近変わったな。とても悪魔とは思えん」


「ふん、悪魔であっても人間と愛し合うこともある……。俺のような高位な悪魔であれば人間の姿になれるからな」


「……フィオナが好きとか言うなよ」


「さぁな。奪われる前に手に入れることだ。……ほら俺には視えるぞ。逢美宮の廊下でフィオナが若い連中に絡まれそうになっている」


「なんだと!」



 そう言って、逢美宮方向に駆け出すフリオニールの後ろ姿が喜びに溢れているのが面白い、とウォルスは思った。


 フィオナに会いたい一心で忘れているようだが、逢美宮には、フリオニールが苦手とする令嬢たちが大勢いる。そのなかに突っ込んでいくことは気にならないのか?



(人間の幸せを願うのも悪くないと思える自分は、確かに変わったかもしれんな……。さぁ、フィオナを助けに行くとしよう)

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