56. アルディ家の秘密
「あれは魔法じゃない」
フリオニールはそう言うと、ドサッと荒々しく長椅子に腰をおろした。
怒っているようにも感じられるフリオニールの態度に、瞳を瞬かせたフィオナが見たものは、片手で額を押さえながらため息をつくフリオニールの姿だった。
(……っ! なんなの、格好よすぎます)
思わず見惚れるほどの姿のそれは、憂いがあり男の色気を感じさせる。フリオニールの美しい姿を見慣れてきたフィオナでさえ言葉を失ってしまった。
しかし、そのため息の理由が、なんでいつも邪魔がはいるんだ……という、タイミングの悪さを呪ってのものだと知ったなら、格好よさも半減したかもしれない。
フリオニールの醸し出す雰囲気に戸惑いつつも、フィオナは疑問を口にした。魔法を使ったとしか思えないウィルフレッドの行為に、魔法ではないと断定的に意見されたら、さすがに見過ごすことはできない。
「私には魔法にしか見えませんでしたけど……」
「だろうな。だが……違う。王宮では攻撃魔法は使えない」
フリオニールが感情を押し殺したような声音で言い切った。フィオナに顔を向けたフリオニールのひどく真面目な顔が、冗談ではないと訴えてくる。
フィオナは思わず開きかけた口を閉ざしてしまった。
「……」
「ウィルフレッドには悪いが、こうなったら仕方がない。話しておいた方がいいだろう。アルディ家の秘密を」
いつの間にか扉が閉められ、二人きりの空間となった静かな部屋に緊張感が漂う。
「座るといい。立ったままだと落ち着いて話もできない」
秘密と聞いて瞠目したフィオナだったが、フリオニールの言う通り、椅子に腰をおろすと少しだけ心が静まったような気がする。
これなら落ち着いて話を聞けそうだ。
「おまえの一族が何故ギードの森に歓迎されるのか、理由を尋ねたことがあっただろう。それに関係していることだ」
「はい」
緊張した面持ちでフィオナが頷く。
「……俺には、おまえが花の精のように美しく見えている」
「……っ! そ、それは」
場に相応しくない甘すぎる内容に、フィオナの鼓動が一気に跳ねあがる。さらにその発言には、漂う緊張感を打ち消すほどの威力もあった。アルディ家の秘密と一体どういう関係があるのだろうか?
「黄色い花弁のドレスを纏った美しい精霊のように、俺にはフィオナが見えている。……ついでに言えば、ウィルフレッドは岩の塊のように見えている」
苦々しい表情で、フリオニールはウィルフレッドのことも追加した。
「アルディ家の人間は、……正確に言えば、フィリップ・アルディの血を受け継ぐ人間には、ギードの森を構成する自然界の精霊が味方につくらしい。つまり精霊の加護を生まれながらに受けているんだ。……ウィルフレッドを加護しているのは岩の精霊で、その力を使えば先程のような攻撃は可能だし、ギードの森へ入れるのも、……身の危険があれば、場所を選ばず助けを呼ぶことができるのも全て精霊のせいだ。人間が張った結界など人外の力には到底敵わないからな」
「精霊の力? 岩の精霊の……。パンジーが知らせてきた、ってお兄様が言ってたのは……」
記憶を消される前のウィルフレッドが口にした、不可解な言葉を思い出す。「パンジー」と聞けば、一番に思い付くのは花の名前だが、もしかして……。
「おまえを加護している花の名前だな。森を管理する一族だけにウィルフレッドは植物に詳しい」
「パンジーの花の精に護られているんですか、私? アルディで襲われた時に、フリオニール様が来てくれたのも? あっ、そうだ。これ!」
フィオナは首もとにあるネックレスを握りしめた。黄色に紫色の斑が混じる美しい石は、フィオナの力を現した物だとフリオニールが言っていた。
「そうだ。その花の精が力を分けてくれた。……おまえの真の姿を視た時は驚いた。……精霊の加護を受けている人間の姿を俺は初めて視たから」
フリオニールはそう言うと、フィオナの全身に視線を這わせる。その視線から逃れたくて、フィオナは身を隠すように己の体を両腕で抱きしめた。
「へ、変な目で見ないでください……」
「あぁ、すまない……」
否定せずにフリオニールが謝る。そこは「違う」と言ってほしかったな……と、フィオナは思った。先程の口づけのこともある。このままフリオニールの側にいると危険な気もするが、もっと話を聞きたい。話の方向をそらさなければ。
「お、お兄様は、精霊の力を意識して使えるのですか? それなら、魔法を使えるということと同じでは?」
「精霊の力を使った時を思い出してみろ。知らなくても使えただろ。……それに、ウィルフレッドは精霊に護られていることは知っていたが、それ以外はさっぱりだった。操るというよりは、宿主の心に同調した精霊が、勝手に仕掛けていると考えた方がいい。ウィルフレッドは操られているだけだ」
「……そう、ですか。でも、精霊に護られていることは知っていたんですね」
「あぁ、アルディ家を継ぐものだけに教えられるそうだ。……アルディでおまえが襲われなかったら、ギードの森の結界を張る俺でさえ知る機会はなかっただろう。森の精霊たちは、フィリップの実直な性格に惹かれたらしいからな。……アルディ家の口の堅さは王国一だ」
フリオニールが笑う。その笑顔のせいもあったかもしれない。アルディ家の秘密を知らなかったことに対して不快な気持ちにはならなかった。むしろ、とても誇らしい。
「精霊が力を尽くして守っているアルディ家の血はとても貴重だ。アルスカイザー家が、悪魔と契約し命を削ってまで守ろうとしている王家の血と同じように。いや、俺にとってはそれ以上だ……」
フィオナを見つめるフリオニールの瞳の色が濃くなる。赤から金色へ変わるグラデーションがいつもより鮮やかにフィオナの目に映った。
「……フリオニール様。瞳の色が」
「瞳に魔力が宿るとこうなる。この瞳は役に立つが、困ったことに醜いものばかり見せてくる。特に酷いのは、王宮にいる貴族たちの本性だ。本音を隠すのは理解できるが、欲にまみれた人間の姿には嫌悪しかない。そんな連中とは話すだけ無駄だし、信じられるわけがない。俺は、心が美しい貴族などいないと思っていた。……フィオナに会うまではな」
「……私の本性を探ったのですか? 私に隠して」
フィオナが口をとがらせる。でも怒っているわけではない。
フリオニールが話したことの裏を返せば、フィオナと話したい、信用できると言っているのが理解できるから。
「王宮に滞在し始めてから少し経った頃、不意に魔力が送られて視てしまった。……すまない。だが、その頃にはすでにおまえに惹かれていたから、隠された力を持っていることが分かって……望みを持った。おまえを諦めなくていいと思った」
真摯な態度で伝えられるフリオニールの話が、フィオナの心を解していく。
悩んでいたことが杞憂と分かり、フィオナの心を塞いでいた重石が嘘のように軽くなった。それに恥ずかしさもあるが、フリオニールの視線を真っ直ぐ受け止めることもできる。遠回しにフィオナを認めてくれたことで、自信がついたのかもしれない。
フィオナは決心した。フリオニールがしてくれたように、自分も心の内を明かそうと。
「謝られることはありませんわ。それに、……アルディ家のことにとても詳しくて、ちょっと驚いてます」
そう言ってフィオナは微笑んだ。だが、深呼吸した後にみせたのは直向きな表情だ。
「教えられてばかりですね。……私は、フリオニール様に釣り合うような女性ではありませんし、初めて知った心の痛みに振り回されるような未熟な人間です。アルディの人たちの優しさに守られて、悩みも苦労も知らずに育ったわがままな人間なんです。……フリオニール様の周りにいる令嬢の皆さまのほうが、見初められようと自分を磨いていらっしゃる素敵な方たちです。正々堂々と勝負してらっしゃいます。それに引きかえ私は……。ギードの森で特別な出会いをしたからと自惚れもしましたし、ネックレスを奪われたことも、アルディで襲われたことも、フリオニール様たちの側にいることを許された存在であればこそという……醜い優越感を持っていました。それに見ぬふりをして甘えていました。自分の心の狭さに……醜さに嫌気がさします」
フリオニールは黙って話を聞いてくれている。優しげに細められたフリオニールの瞳が、フィオナに話し続ける勇気をくれた。
「フリオニール様が視たという花の精霊のような私の姿は、アルディにいた頃のものです。これからはきっと醜い姿に変わってしまいます。もしかすると、精霊から見放されて加護がなくなるかもしれません。……それでも、私を望んでくださいますか?」
「もちろん。どんな姿でも、加護がなくても受け入れる。……精霊の加護のことを知る前からフィオナを望んでいたのだ。俺の側にいてくれるなら、それでいい」
「……それなら。フリオニール様のお側で努力してもよいでしょうか? 美しいという花の精霊の姿を保つために、初めて会った頃の私を思い出してもらえるように。……フリオニール様の隣に相応しい女性でいられるように」
「本当か?……」
フリオニールが掠れた声で言う。
向かい合わせで座っていた長椅子から立ちあがり側までくると、フィオナの手をとり片膝を着いた。
「……さっきの言葉は。側にいてくれると思っていいのか、一生という意味だぞ。俺のことを好きだと思っていいのか?」
「はい、お側にいたいのです」と笑顔でフィオナが頷く。
「好きだと言ってくれないのか」
フリオニールの瞳が不安気に揺れる。
「……好きです。フリオニール様のことが、ずっと前から」
返事を聞いたフリオニールが安心したように息をつく。そして、握ったままだったフィオナの手の指先に軽く口づけると、フィオナの頬に反対の手を添えて下を向かせ、瞳を覗きこんできた。
「……さっきは無理やり口づけてすまなかった。……やり直したいのだが、俺が怖いか?」
「怖いか」と聞かれたことで、ウィルフレッドを呼び寄せたのは自分の恐怖心だったことを思い出す。フリオニールと話したこの短い時間には、秘密や想いがたくさん詰まっていて、つい先程のことも昔のように感じられるから不思議だ。
でも、フィオナに向けられるフリオニールの顔は真剣で、これは現実のことなのだと教えてくれる。
「いいえ、ちっとも。でも、改めて確認されると、すごく恥ずかしいので、やめ……」
続く言葉は、フリオニールからの口づけによって遮られた。やめてほしかったのは、口づけてもいいかと確認されることで、口づけしたくなかった訳じゃない。
フリオニールが、どこまでフィオナの気持ちを理解したのかは判らなかったが、性急に行われたそれは、フリオニールの想いを表しているかのようでフィオナは幸せだった。
互いの唇の感触が分かるような優しい口づけは、ウィルフレッドを再び呼び寄せることにならなかったのが、その証である。




