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50. フリオニールの弱点

「……フリオニール、そこまでにしておけ。注目されているぞ。衆目の中だと興奮する性質(たち)なのか?」


 二人だけかと思った空間に、呆れたような声が割り込んでくる。銀狼のウォルスだ。


「お前にしては上出来だし、邪魔するのも不本意だが、……ここじゃまずいだろう。フィオナの怪我を治療するなら移動した方がいいんじゃないか?」


「……ウォルス、お前な」

「……うそっ!」


 残念そうなフリオニールとは反対にフィオナは慌てた。



 存在をすっかり忘れていたウォルスの指摘を待つまでもなく、ここは静生宮(じょうせいきゅう)の裏庭だ。日中の人が少ない時間帯とはいえ、宮の窓から覗き見ている人々の顔がちらほら見える。


「黙って見てるなんて……ひどいです。ウォルスさん!」


「しょうがないだろう。他にも怪しい奴がいないか見張ってたんだ。それに、……いい雰囲気だったしな」


 邪魔されたくないだろうと(うそぶ)く狼の赤い瞳が、愉快そうに(すが)められているのを見て、フィオナは確信した。もっともらしいことを言っても、ウォルスの魂胆は読める。面倒な方に転がることを狙っている目だ。悪魔だから間違いない。



「もうっ!」


 フィオナは項垂(うなだ)れるようにウォルスに抱きつき、狼の体をポカポカと殴る。


「おいおい、俺のせいじゃないぞ。当たるなら、フリオニールにしろ」


「……だって、…………の」


「どうした?」

 大人しくなったフィオナに、ウォルスが訝しげに問いかける。


「……すごーく、恥ずかしくなってきたの。どうしよう……」

 ウォルスの毛皮に顔を埋めながら、フィオナは呟いた。


 他人に見られていたのも勿論だが、フリオニールと視線を合わすことがこんなにも恥ずかしいとは。

 どうしていいか分からず、目の前にあるウォルスの毛皮を撫でていると、ウォルスがフィオナに聞こえる程度の声音で告げてきた。


「いずれ慣れるさ。今はまだ加減してるが、フリオニールが本気をだせば、こんなもんじゃないぞ。心構えが必要だな」


「……受け止められる気がしません……」


 加減されてこれなのだ。フリオニールに本気で迫られたら、一体、自分はどうなるのだろう……。不意に浮かんだ淫らな想像を打ち消すように、フィオナはブンブンと首を振った。



「……フィオナ」

「……はい」

 躊躇(ためら)いがちに、フリオニールが声をかけてくる。


「大丈夫か? 怪我をしていたのにすまなかったな」

「……いえ」


 ウォルスに抱きついたままでは失礼だ。恥ずかしい思いを振りきり、フィオナはフリオニールに顔を向けた。それに黙ったままなのも申し訳ない。何か無難な会話をと考えを巡らす。


「……だが、俺の気持ちをようやく言えた。心が浮き立つような、苦しいような……。このところ落ち着かなかった気分がすっきりした」


「っ!」



 な、何てことを言うのだ! それに言葉通りのスッキリとした笑顔。国中で噂されているフリオニールの微笑みとは全く違う類いのものに、フィオナは目を瞠り固まった。



「フィオナ、フリオニールを許してやってくれ。お前の前だと、なぜかフリオニールは自分を隠さない」


「うっ、受け止められるようになるのでしょうか? 私……」


「大丈夫だ。さっきも言ったろ、いずれ慣れる。お前ならできる!」


 悪魔に(さと)されるのも微妙だが、この状況で頼りにできるのは、ウォルスしかいなかった。



(耐える、しかないわ。……自信はないけど)


 フィオナが気を取り直していると、フリオニールが手を差し出し立たせてくれる。


「移動するぞ。ここで治療すると、あらぬ噂が広まりそうだ」


 苦笑しながら言うフリオニールの瞳がどことなく優しげで、今更だが、フィオナはまたドキッとさせられる。しかし、優しげな眼差しが熱を帯びた気配を感じて、フィオナはつい身構えた。


「顔が赤いのは俺のせいか……。気分がいい」


(……。慣れる気が全くしないわ)

 すがるようなフィオナの視線を受けたウォルスが、達観した様子で答えた。


「王国最強魔導士にも初めてはある。成長はこれからだ、フィオナ。……頑張れ」




 やり取りを一部始終見ていた静生宮の人々の思いは複雑だった。

 噂されるほど関心を寄せられる2人、それぞれに向けられる嫉妬や焦り、諦めの思いは勿論だが、大概の見物客は感心していたのだ。


 威嚇が得意で気位の高い美しい銀狼に躊躇いなく触れる少女と、その少女に甘えるような仕草を見せる銀狼の珍しい光景。それを当然のように享受する魔導士の甘い態度に、周囲の騒音が如何(いか)に無意味であるのか教えていた。



 フリオニールとフィオナだけでなく、ウォルスが絡むことで、今回の出来事は総じて好意的な見方に変わる。


 畏怖の対象でしかなかった銀狼に認められた少女は、いつしか王国最強魔導士の公認の恋人のように認識され始めたのだ。

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