47. 青年貴族の選択
気配に敏いフリオニールとウォルスの視線の先、静生宮の優雅な装飾が施された壁に沿って、何かが落下しているのが見える。
「っ! フィオナーッ!」
「嘘だろう……」
間に合わない……。
二人がそう直感した時、地面に打ちつけられるはずだったフィオナの体が、地面ギリギリの所で浮いて止まった。そして、フリオニールとウォルスが触れられるほど近くまで寄った時、フィオナの体がゆっくりと着地する。
「「…………」」
フィオナは目を瞬かせながら呆然としている。フィオナ自身がとても驚いている様子だ。
「何があった!」
「……私……何したのかしら?」
要領をえないフィオナが何気なく上を見る。すると、真上にある外開きの窓枠から人影が見えた。
フリオニールが目配せすると、ウォルスが頷いて駆けていく。
視線をフィオナに移したフリオニールは、フィオナに怪我がないことを確認していると、あるべきものがないことに気づいた。首に残る擦り傷と関係があるに違いない。
「ネックレスはどうした? いつも身に着けているだろう」
「それは……。そうだ! だから指輪にお願いしたんだわ。浮かびますようにって」
「……そうか。で、どういうことか説明してもらいんたが。地面に激突しなかったのは指輪の力で、窓から落ちたのは何が原因なんだ」
フィオナの肩に手を置き、意識を自分に向けさせながら性急に問いかける。
指輪の力を信じ、その力を頼ったフィオナの判断は正しかった。日常的に魔法を使用する者ならば造作もないことだが、瞬間的に力を発動できたことが幸いした。
「その、……落ちたのは私がうっかりしてたからで、ネックレスとは関係がないんです……」
「命を落とすところだったんだぞ。うっかりで済まされると思うか? おおかたネックレスを誰かに取られでもしたんだろう。もし突き落とされでもしていたら、そいつは極刑で決まりだな」
フリオニールの瞳に剣呑な光が宿り、麗しい顔が怒りに満ちて人間らしさを失わせていく。フリオニールの凄絶な美しさに圧倒されつつも、フィオナが言葉を選びながら説明を始めた。
「ネックレスを、……取り返そうとして、勢いよく窓にぶつかってしまったんです。それで窓が開いて体を支えきれずに落ちてしまって……。なので、落ちたのは私の責任です。ネックレスを取られたこととは関係ありません」
誤解を与えないよう、はっきりとした口調でフィオナが答える。ネックレスを奪われたことは否定しなかったが、あくまでも、落ちたのは自分の責任だと言い張るつもりなのか。
「お前が、そこまで言うなら、……信じてもいい。だが、相手の出方によっては不問いにするわけにはいかない。いいな、これだけは譲れない。それで、ネックレスは誰が?」
(こいつだ、フリオニール)
ウォルスがひとりの令嬢を連れて戻ってきた。その後方にも、手を取り合い身を寄せ合う2人の令嬢がいる。令嬢たちは気の毒なくらい青ざめた顔をしているが、フリオニールと触れ合うほど側にいるフィオナには敵対心を露にした。
親しい者にしか許されないその距離に対抗するように、ウォルスに連れられた令嬢がフィオナをキッと睨んだかと思うと、フリオニールに駆け寄り腕にすがりついてくる。
「アルスカイザー様! 私、その方に乱暴なことはしていませんわ。お分かりになってくださるでしょう。だって、いつも私のこと、お優しい方ですねって声をかけてくださるもの」
「……」
「ネックレスだって! ……最近、夢幻宮にばかりいらっしゃるからその方にせがまれて……、私のために用意してくださったものをつい渡してしまったのでしょう。仕方がありませんわ」
「……」
振る舞いを正当化するような発言に怒りと失笑を隠しながら、フリオニールは令嬢を見つめた。
(確かに、そんな世辞を言った記憶はある……。相手は誰でも良かったからな)
フリオニールのまっすぐな視線を間近で受けたその令嬢は笑みまで浮かべている。フリオニールを狙う数多いる令嬢の中で、自分が優位な立ち位置にいることを疑っていない様子だ。
(誤解させたのは、俺のせいでもあるのか……)
令嬢たちから逃げるために、フリオニールはあえてどの令嬢に対しても、最低限の紳士らしい態度で接してきた。失礼にならないよう、当たり障りのない言葉さえ口にしてきた。
目立ち過ぎる容姿と家柄、立場のせいで、良くも悪くも普通に振る舞うしか方法がなかったからだ。だが……。
(もう興味のない令嬢たちに気を使う必要はない)
「すまない、……名前が思い出せない。あなたは誰だ?」
「えっ?」
「それに、この石はどうみてもあなたには似合わない」
「うっ、うそ……」
追い討ちをかけるように続けられたフリオニールの言葉に、令嬢の表情が凍りつく。
微動だに出来ないほど衝撃を受けた様子の令嬢から、ネックレスを取り上げるのは簡単だった。どんなに言い繕っても、名前も知らない相手と言われては説得力がない。令嬢も反抗しなかった。
「また女性を泣かせているのか、フリオニール。懲りないやつだな」
そこに、呆れたようなディーン・クーザーの軽い声が響いた。
少数の衛兵たちを連れて現れた近衛騎士のディーンの肩には、マルファスもいる。
魔導士長オーウェンと共にいる時には大人しいカラスも、ディーンの落ち着きのない性格を感じ取っているのか、艶々とした黒い翼を不安定そうに開閉している。……相当、居心地が悪そうだ。
「魔導士長から連絡があった。早かっただろ」
片眼を瞑り、得意気に話す幼なじみの登場は、その場の雰囲気を少し明るくした。
「……お嬢さん。綺麗な場所ではありませんが、心を落ち着けるには十分な場所にお連れします。お付き合い願えますか。……それから、そちらのお嬢さん方も一緒に」
令嬢にかけるディーンの言葉は冷たく、いつもの明るさは感じられない。そんなディーンの言葉に令嬢が復活するはずもなく、引きずられるようにして衛兵たちに連れられていった。
「フリオニール、あの令嬢たちの処遇は、お前に……アルスカイザー家に任せていいのか?」
「あぁ、あとで話を聞く。マルファス、父にも伝えておいてくれ」
「クワーツッ」
「レオンには報告しといてやるから、お前もしっかりやれよ。それでは、フィオナ嬢。その首の傷、ウィルフレッドに知られる前に、フリオニールに消してもらってください。じゃあ、また後で」
そう言ってディーンは軽い足取りで去っていく。
成り行きを見届けたマルファスも、承知したとばかりにディーンの肩から飛び立っていくのが見えた。




