46. 美しい !? 兄妹愛
「兄妹とは、あれが普通なのか……」
「この間のウィルフレッドのことを言っているのか?」
フリオニールが不意にもらした呟きに、ウォルスが興味を示す。
それは、王家の神殿に出かけようとしたフリオニールとフィオナに、ウィルフレッドが「待った」をかけたことに端を発する。結局二人は出かけることを諦め、ウィルフレッド立ち会いのもと、フィオナの手にできたマメを治療したのだが……。
フィオナと向き合って座ったフリオニールには、フィオナの背後に立つウィルフレッドが、睨みを効かせる屈強な岩の戦士のように見えたのだ。
ウィルフレッドを加護している岩の精霊そのままの気迫に、女性の気を引こうとする男性たちの前に立ちはだかるのは、娘の父親だけでなく兄も含まれるのかと思い知った。
「辺境を預かる家は貴族同士の付き合いが少ないからな。幼い頃からいつも一緒にいて、ウィルフレッドが面倒をみていたんだろう。フィオナを自分の物のように思っていると思うぞ。……それに、アルディ一族は結束が固そうだしな」
「……そう、だろうな」
ウォルスの意見には、フリオニールも同感だ。
召還された巨大な魔獣でさえ恐れをなした経験など一度もないフリオニールだったが、正直、ウィルフレッドの気迫には怯んでしまった。
これでは王国最強魔導士の肩書きが泣く。
しかし、それも当たり前のことだと思い直す。……殺意しか向けてこない魔獣や兵士たちをねじ伏せる戦闘時とは根本的に違うのだから。
しかし、ウィルフレッドが自分の前に立ちはだかる壁になろうとは。人生とはなんと不思議なものだ。
「それにしても、この薬で治せる病気が、魔法でも治せればな……」
「病気は寿命に深く関わるものだ。自然界の法則をねじ曲げてまで人間の寿命を延ばせば、この世界はいずれ滅びることになる」
「解っている。均衡を壊すのも守るのも魔導士だからな。魔法を操る者の資質が問われるのもそこだ。……まぁ、病気を治療する魔法自体が存在しないから、治癒術士や薬師が重宝される訳だが」
フリオニールの言葉は、王国全土に配分する、ある治療薬を作るための作業に関係したものだ。
本来、数十万人分の薬を準備することは大変な仕事量だ。しかし、薬に詳しい悪魔ストラスの用意周到な働きによって、薬草の栽培から乾燥、薬の調合に至る全ての工程が見事に営まれ、驚くほど順調に進められている。
魔界からストラスを呼び寄せたウォルス、もとい悪魔バアッサーガの判断は正しかったと言えるし、王国で流行の兆しがある病には、時を置かず万全の対策が取られることは間違いない。
そのなかで、薬草を調和する成分であるグリシリーザの根をすり潰す行程を担当しているのが、フリオニールに敵対心を見せるウィルフレッドが愛してやまない妹、アルディ伯爵家の令嬢フィオナだ。
グリシリーザを除いた、薬効のある数種の植物の茎や種などについては、薬師や魔導士たちが分担して作業しているのだが、グリシリーザだけはフィオナがすり潰すことに意味があるらしく、日々ひとりでコツコツと作業している。
フィオナとしては「それなりに楽しい」ようで、時間がとれる時は手のマメが潰れるほど作業に精を出している。
……楽しく取り組めていること自体は結構なことだが、手のひらにできたマメの治療痕が痛々しいフィオナを放っておくことはできず、フリオニールは定期的に治癒術を施すことにしているのだが。
その一件で、ウィルフレッドとフィオナの兄妹愛の深さを思い知らされた。
「……にしても最近独り言が多いぞ、フリオニール」
「……」
「考えごとが増えると多くなるらしいな。……いや悩みごとか」
「お前も人間のことがよく分かるようになったじゃないか。悩まないでいいように生きやすい世の中にしてくれるとありがたいんだが」
「それは楽しくない人生だぞ。苦労があるからこそ喜びがあるし生きる甲斐もある。若いうちに色々悩んでおけ。……それに俺は、お前が悩んでいる方が面白い」
……哲学者のような台詞をはく悪魔だ。
力を使えば未来を変えることも可能らしいが、余程のことでないと未来を変えることは悪魔でもしないらしい。
時の流れは単純ではない。複雑な点と線が絡まり合うことで訪れる未来はひとつ。現在のどこかひとつでも変われば、その未来は違う未来になる。
「時を弄ればこの世は乱れ、この世が乱れれば、魔界も乱れる。悪魔にも常識はある。……言っておくが、人の不幸を悦ぶのも常識だぞ」
「あぁ、十分過ぎるほど知ってる」
「お前の悩みも解らんでもない。さすがのフリオニールも媚薬の力には抗えないようだな」
「びやく、とは? どういうことだ」
「知らんのか? その年にもなって……。愛の媚薬というものを」
「……媚薬は知っている。何で俺に関係があるのかということだ」
「フィオナに惹かれているんだろう。フィオナを加護している花の精霊、あいつは媚薬の材料にもなるんだ」
「媚薬の材料になる花……」
「あぁ。花の名前は……何といったか。フィオナの手が加わると薬の効果が上がるのもそのせいだ」
「もしかして、媚薬を混ぜているのか? 王国中に配る薬に」
「いや、そうじゃない。ストラスが言うには、媚薬のように体を温める効果が上乗せされるらしい。それが、今回の病気には一番いいと」
ウォルスが意味深な表情を向けてくる。
(お前は俺が子どもの頃から一緒にいただろう……。期待するような目を向けられても困る)
それに問題は治療薬のことではない。よく効く薬なら大歓迎だし心配もしていない。
「ウォルス。……俺は、その精霊に騙されているのか?」
「フィオナへの気持ちが信じられなくなったのか。情けない……」
悪魔に説教されるのも同情されるのも遠慮したいが、ウォルスの言うことは間違いではない。フィオナの何もかもが好ましく思えること自体、惑わされているのかもしれないと不安になる。
「お前にも魅了の力があるんだろう? こういうことは詳しいはずだ。悪魔と精霊の違いはあっても」
「その精霊が加護したいと望むほど、フィオナが魅力的だということだ。精霊の力は関係ない」
「精霊が人間を選ぶのか……」
「あぁ、お前だって悪魔に選ばれた人間だろ。お前が本気になれば、なびかない女はいない。自信を持て」
黙りこんだフリオニールに、ウォルスが追い討ちをかける。
「あと1月もすれば作業は終わるし、完成した薬から遠方へ運ばれている。フィオナが王都にいる時間は限られているぞ」
「あぁ、お前に言われなくても分かっている……」
その時、夢幻宮の部屋にいたフリオニールとウォルスは奇妙な感覚を味わった。
「なっ、なんだっ!」
「ウォッ!」
一瞬の闇の後、フリオニールとウォルスは別の場所に移動していた。
「……静生宮か? フィオナが危ない!」
フリオニールとウォルスが辺りを見回す。ここは静生宮の裏手にある庭園だ。精霊が呼び寄せる理由はひとつ。フィオナに危険が迫っているということに他ならない。
気配を察知したウォルスが駆け出していく。フリオニールも後に続く。
何かが割れる音に続いて悲鳴が聞こえた。




