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45. 行く手を阻む者

 昼下がりのお茶を楽しむ優雅な時間。


 逢美宮(おうびきゅう)近くの庭園で散策を楽しむ人は(まば)らだが、おそらく全員の目が自分たちに向けられているといっていい。好奇、羨望(せんぼう)、嫉妬といった様々な思惑が混じり合う視線が痛い。

 このまま、フリオニールとともに王宮の表玄関である宮に向かってもいいのだろうか……。とても不安になる。



「あの、……やっぱり私、先に行って待ってます」


 (こら)えきれない雰囲気に、先ほどから迷っていたことをフィオナは口にした。


「なぜ?」


「なぜって……。皆さま、アルスカイザー様とお話ししたいように見受けられますし……その方がいいのかなと」


「……」


「それに、アルスカイザー様がバスケットをお持ちになるなんて珍しいことですし……。皆さま、不思議に思われているのでは」



 普段なら囲まれてもおかしくない状況で、遠巻きにこちらを(うかが)うだけにとどめている原因のひとつに、フリオニールが運んでいるバスケットの存在がある。

 もちろん、フリオニールが女性を連れていることが一番大きな原因ではあるのだが、そこに触れてはいけない気がした。今のこの状況では、避けるべき話題であろう。


 ……なので、二番目に不自然なバスケットの話題である。



 黒で統一されたフリオニールの服装のなかで、ピクニック用のバスケットは見事に浮いている。

 宮廷魔導士の証である黒いローブを身に付けていない軽めの服装ではあるのだが、長身、首の後ろで(くく)った長い黒髪、その上……銀狼を連れていれば、フリオニールだと教えているようなもの。遠目でも分かる。そのフリオニールが、恐ろしく似合わないバスケットを持っていることで、さらに(いぶか)しげに周囲の人の目に映っているはずだ。


 実は、そのバスケットもフィオナが持つことを提案してみたのだが、それなりの重さがあることを理由に断られた。




 常に注目を浴びているフリオニールはこの視線が気にならないのだろうか? 慣れすぎて感覚が麻痺しているとか? ……でも、令嬢たちに囲まれているという噂は有名だが、特定の女性の名前が挙がることは今までなかった。


 やはり、逢美宮までフリオニールと一緒に行くわけにはいかない。後で合流した方が良さそうだ。


「私、先に行って待ってます! この間と同じ倉庫で……」




「アルスカイザー様、よろしいでしょうか?」


 その時、フリオニールに話しかける強者が現れた。フィオナの兄、ウィルフレッドである。走って来たのであろうか。肩が微かに上下し呼吸が少々荒い。

 蜂蜜色の髪にアメジスト色の瞳という色合いは柔らかく、それに相応しい笑みを浮かべてはいるが……目が笑っていないし、声もすこぶる低い。



「……あぁ。何だ」


 ウィルフレッドのただならない雰囲気を感じたのか。フリオニールが戸惑い気味に返事を返す。

 いや、戸惑うというよりは、気まずそうにしている。未遂に終わったが、舌打ちせんばかりの苦い表情だ。しかし、すぐにいつもの泰然(たいぜん)とした表情や態度に改めたフリオニールは、ウィルフレッドに向き直った。



「お兄様、どうしてここに?」


「フィオナ。……今は、アルスカイザー様と話をしている」


 フリオニールが聞く体勢になったことで、ウィルフレッドが表情を引き締めている。しかし、仕事の話という雰囲気ではなさそうだ。もしかすると、自分と一緒にいることが問題なのだろうか。以前、ウィルフレッドに「フリオニールに気をつけろ」と言われた時の事を思い出す。



「アルスカイザー様は、私との約束をお忘れですか?」


「忘れてはいないし、破ってもいないつもりだ」


「ではなぜ……。二人で、ここへ?」


「王家の神殿に向かっている。王国のために働くフィオナに配慮せよと、王太子が仰せだ。私も協力したい」


「王国のために力を尽くすのは貴族の義務でもあります。それしきのことで特別扱いされる必要はありません。……フィオナ、こちらへ」


 腕を取られたフィオナは、ウィルフレッドの背に隠されるように引っ張られる。何か言いたげなフリオニールだったが、貴族としての身分は上でも、フィオナに関する権利は保護者であるウィルフレッドの方が上だ。(かたく)なに引き留めようとはしなかった。



「えっ、ちょっとお兄様!」


「では、失礼します」


「待て、ウィルフレッド」


 これで用はないとばかりに、フィオナを連れて立ち去ろうとしているウィルフレッドをフリオニールが呼び止める。



「……フィオナの、手の傷を治療したい」


「……」


「それだけなら構わないだろう。ここは人目が多い……薬草園に戻ろう。心配なら、お前も一緒に来るといい」


「……分かりました。それでは一緒に、……伺います」


 ここでフリオニールの申し出を拒否することは、さすがに不敬にあたる。人目もあるため尚更逆らうことができないウィルフレッドは、渋々だが了承した。


 ウィルフレッドの苦りきった返事に、苦笑混じりに頷いたフリオニールは夢幻宮(むげんきゅう)の方に向かって歩き出す。ウォルスも付き添うように従うが、フィオナやウィルフレッドがいる背後を気にする素振りを見せた。


 こちらを気遣うウォルスに手を挙げ「大丈夫」だと合図を送ったフィオナは、いつになく厳しい表情をしているウィルフレッドを見上げると声をかけた。




「……お兄様、どうされたのですか。アルスカイザー様に、あんな言い方をなさるなんて」


「お前はまだ子どもなんだ。心配して当然だろう。王太子様やアルスカイザー様が気にかけてくれることは光栄だが、男性に囲まれる妹を心配しない兄がいるものか」


「確かに社交界デビューはしていませんが、わきまえているつもりです。お兄様のお気持ちはとても嬉しく思いますが……」


「王太子様やアルスカイザー様が、お前に手を出すとは思っていない。しかし……アルスカイザー様とは二人きりの時もあると聞いているし、夢幻宮での作業に携わるお前の好意的な噂が広まって、独身の貴族たちがお前を手に入れようと狙っているらしい。焦った男どもに傷つけられたらと思うと心配で夜も眠れん!」


「…………」


 ウィルフレッドが話す内容に驚くばかりだが、これ以上ここで兄妹話を続けていても仕方ない。真相はさておき、フィオナはフリオニールが待つ薬草園へと足を向けることにした。

 初めて目にする感情を露にした優秀な兄の人間的な一面を心地好く思いながら。



(お兄様には好きな方とかいないのかしら? 真面目過ぎると感じていたけど、案外、情熱的なのかも。愛情が家族に向けられ過ぎても問題なのよね)

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