44. ふたりができること
……ゴリゴリゴリ。ゴリゴリゴリ。……ゴリゴリゴリ。
夢幻宮の一室に響き渡る単調な音は、薬の原料を粉状にする薬研という器具が奏でているものだ。
ストラスが言った通りの地味な作業だが、考え事をするのに丁度いい単調な音と作業は妙に心地好く、落ち着く。そのせいもあってか、フィオナは飽くことなく同じ作業を毎日繰り返していた。もちろん、アリシア王妃との時間をきちんと確保した上での作業である。
隣の大部屋でも、魔導士や薬師たちが同じような作業に従事し、さらにその隣の部屋では、調合という細かい作業が日々行われている。
フィオナが大部屋に行くこともあるが、作業する時は基本的に一人で、今いるこの部屋もフィオナ専用となっている。
「今、用意できてるお薬は何人分くらいかしら……」
「5千人分くらいだな」
「!」
薬研のなかで、ゴリゴリとすり潰されていく茶色い根を見ながら、フィオナは無意識に呟いた。その呟きに返事が返ってきたため驚いて顔を上げた。
すると、フリオニールが部屋を横切ってこちらにやって来る。全身が見えるため、フリオニールの手に似つかわしくない大きなバスケットが握られているのも確認できた。
「レオンハルトから菓子の差し入れがあった。他の連中も今から休憩に入る。お前は俺の休憩に付き合え」
「……えっと、ありがとうございます。もちろん、ご一緒させていただきます。ですが、少しだけ待ってもらえないでしょうか? 薬草園に行って荷物を運ぶ約束をストラスとしているのです」
「あぁ、構わない。俺も行く」
「休憩なさるんでしょう? お疲れでは」
「そんな柔な体はしていない。それに、菓子も飲み物もこれに入ってる。休憩ならどこでもできる」
そう言ってバスケットを掲げて見せた。
「もしかして、最初からそのつもりでした?」
フリオニールは頷くと、何も言わずにフィオナの手を取った。令嬢らしくない性格ではあっても、支配者階級であるフィオナの手は華奢で労働には向いていない。指の付け根には豆ができてしまっている。丁寧に治療が施されているが、毎日の作業で治る暇もないのだろう。
「息抜きも必要だ。薬草園で用事を済ませたら、二人で王家の神殿に行こう。そこで休憩する」
「えっ、本当に?」
「お前に嘘をついてどうする。俺にできるのはこれくらいだからな。……手は痛くないか?」
「大丈夫ですよ。乗馬を始めた時も豆だらけになりましたし」
「そうか、後で治してやる。今度からは遠慮なく俺に言え」
フリオニールの言葉に、フィオナは嬉しそうな表情を見せた。アルディ領の王家の神殿に行けることはもちろん、フィオナの体を気づかってくれたことが嬉しい。
フィオナにしてみれば、王国に住む国民たちのために、大量の薬を準備することは決して不快なことではない。自ら進んで引き受けたことだ。フリオニールは、王国のために働くフィオナを助けたいと思っているのだろう。
「では、付き合ってもらえますか? 薬草園まで」
「あぁ。さっさと終わらせて神殿に向かおう」
…☆…☆…☆…
「あの、フリオニール様。王宮の外で待ち合わせなくても良いのでしょうか? このままでは……」
戸惑い気味にフィオナが問いかけてくる。王宮の中を一緒に歩く時は、人目につかないようウォルスとストラスの力をかりていたが、今は特に何もしていない。そのことに、フィオナは気付いているのだろう。
「ウォルスさんが何かしてくれているのですか?」
「俺は何もしていないぞ。ただお前たちと歩いているだけだ」
「……では、令嬢たちに囲まれてしまいますね。私、先に行ってます!」
ウォルスの返事を聞いたフィオナが、焦った様子で駆け出そうとする。そのフィオナの腕を掴んで引き留めると、自分の隣に並ばせた。
フィオナが驚いて見上げてくるが、困惑している表情もいいと思える自分はどうかしている。……重症かもしれない。
こうして並んで歩いても問題ないと判断したのは、薬作りにフィオナが関わっているためだ。夢幻宮で行われている大掛かりな作業の噂は、事実として王宮で広まりつつある。
……また、気になることもある。
フィオナ本人は知らないことだが、以前から王妃付きの行儀見習いとして、フィオナは独身の貴族男性たちの間で密かに人気があった。
それが、夢幻宮の魔導士や薬師たちの口から、フィオナの美しさや性格が広まるにつれて、言葉を交わすことに躊躇いを見せていた男性たちが、行動に移そうと動き出している。
男性といえば、実兄のウィルフレッドやレオンハルト、そして自分としか接点を持たないフィオナに、これまで近づく者はいなかった。いや……正確には、近づけるほどの身分と勇気、果敢な精神力を持った人間がいなかったという方が正しい。
その状況が変わりつつあるのだ。
その前に……。
フィオナを狙う男性たちへの果てしなく巨大な牽制の意味を込め 、フリオニールは隣を歩くフィオナとともに逢美宮の方角へと歩みを進めた。




