43. 悪魔ストラスの力
「次の段階とは、……薬を作るということか?」
「まぁ、そういうことだ」
確信を持ったフリオニールの物言いに、ストラスが平然と答える。せっせと薬草の世話をし、数種類の決められた薬草を摘み取る作業を重ねているのだ。隠す必要はないとばかりに、ストラスは具体的な説明を始めた。
「薬草を調合するための部屋と道具が欲しい。……それと薬師を何人か借りたい。いなければ魔導士でも構わん。一人分は僅かな量でも、王国の5分の1の人間が飲む薬だ。それなりの量が必要になる」
「5分の1も……。分かった。部屋は夢幻宮の空き部屋を使うといい。すぐに整えさせよう。薬師と魔導士、合わせて10人程度ならすぐに手配できるが、それで足りるか?」
「あぁ、十分だ。日数には余裕がある。……しかし、ふたつ問題がある」
「……?」
「ひとつ目は、お前が主導で調合を進めることだ。私が教えるわけにはいかないからな。……苦手なんだろ」
「ぐっ!」
ストラスの大層失礼な物言いに、フリオニールが言葉を詰まらせる。やはり、薬草や薬学といった分野が本当に苦手なのだろう。痛いところをつかれたフリオニールは眉間に皺を寄せてはいるが、言い返す素振りはない。
「そう心配するな。最初だけだ。一度教えれば、専門家の薬師が上手くやるだろう」
「……そうだな。分量を教えるだけなら……何とかなる」
渋々だがフリオニールが引き受けた。確かに、王宮に勤めるほどの薬師や魔導士なら、実演しなくても口頭で説明するだけで十分に対応できる能力がある。
……にしても、苦手なことをあっさりと認めているフリオニールもどうかと思う。王国最強魔導士の肩書きが泣いてはいないだろうか……。
(そういえば、細かすぎる計量が苦手って言ってたわね)
ストラスとフリオニールのやり取りを見ていたフィオナは、以前、フリオニールと薬草園で話した時のことを思い出した。華々しい肩書きをいくつも持ち、精霊のような美貌を誇る令嬢たちの憧れの的のフリオニールが、普通の青年らしく照れていた時のことを……。
(惚れ惚れする程の魅力をお持ちなのは分かっているけど……。苦手なことにつっこまれたり、言い返せなくて黙りこんでいるフリオニール様も人間味があって格好いいと思うわ)
王宮に滞在するようになってから、フリオニールという人物がいかに羨望の眼差しを向けられ崇拝されているのか、フィオナは身をもって学んだ。
王国屈指の家柄と噂通りの美貌、それに、最強の名に恥じない魔導士としての実力に群がる者たちがいかに多いか……。女性だけでなく男性までも恩恵に与ろうと必死で、近づこうとしても側に寄ることさえ困難だ。王国の秘密を知る同士でなかったら、話すことはおろか、目を合わせることもできなかっただろう。
幸い、フリオニールの方から話しかけくれるので、フィオナとフリオニールには接点がある。
(人間らしいフリオニール様の方が素敵だと感じる私は、もしかして美意識がずれてる?)
フィオナは、触れ合うほど側にいるフリオニールを見上げた。
「…………をフィオナにしてもらう」
「……。えっ!」
突如聞こえてきた自分の名前と、その場にいた全員、フリオニール、ウォルス、ストラスの視線を一斉に受け、フィオナの意識は現実に引き戻された。
「なっ、何? ごめんなさい……聞いてなかったわ」
「お前はいつも上の空だな。何か心配事でもあるのか? 話してみろ」
「いえ、そういうわけでは……。王国の5分の1の人間ってどのくらいなのかな……と」
本人の前で「あなたのことを考えてました」なんて、言える訳がない。適当に誤魔化した。フリオニールが訝しげな眼差しを向けながらも教えてくれる。
「30万くらいだ。……それほどの人が飲む薬の準備に、お前の力が必要だとストラスが言っている」
フリオニールがそう言ってストラスを見ると、ウォルスの頭に鎮座するストラスが真面目に肯定する。何だか……可愛い。
「グリシリーザの根をお前が粉状にしろ。薬の効果が格段に良くなる。ただし、この作業はお前がひとりでやる」
「ひとりで、……30万人分をですか?」
「そうだ。お前の秘められた力を借りたい。アルディ家の力を。……引き受けてくれるか?」
「アルディ家の」と言われたら無茶な仕事でも引き受けたくなる。未経験なので、大変なことなのか判断できないが、させてもらえるなら返事は決まっている。
「もちろん! お手伝いさせてください。グリ……なんとかを粉状にするんですよね」
「地味な作業になる。耐えられるか?」
「地味でも何でも、お役に立てるのなら喜んでお引き受けします」
フィオナとストラスの会話を黙って聞いていたフリオニールが、ストラスに疑問をぶつけてきた。
「グリシリーザといえば、数種の薬草を調和する役目があると記憶している。それに、フィオナの手が加わることで、薬としての効果が格段に上がるとは一体どういう意味だ。フィオナが手伝わなくても効果はあるのだろう」
「もちろん、薬として一定の効果はある。だが絶対に治るという補償はないし死者もでる。それが、フィオナの力を使えば、必ず治せるほどの効果を持つ薬ができる」
それほどの違いがあることに、フィオナ自身が驚いた。これは無理をしてでもやり遂げるべきだろう。
「……そう、なのか」
「あぁ、凄いだろう。秋頃に発症の兆しがある。それまでに王国の隅々に届けておけば安心だ。病気の疑いがある全ての者に飲ませればいい。飲んで悪いものでもないしな」
「分かった。早速、準備にかかる。国王にも報告しておく」
ストラスの説明を受け、フリオニールが王国の魔導士としての顔を覗かせる。フィオナに向き直り真摯な表情で告げた。
「フィオナ、聞いた通りだ。俺からも頼む。……王国のためにお前が力をかしてくれるのなら、俺もお前のために力をかそう。遠慮なく言ってくれ」




