40. フィオナとクルル
「いい感じだと思うわ。水分が抜けて軽くなってるもの。どう?」
布の上に広げた元植物たちに、体半分埋もれている子うさぎのストラスに確認する。ストラスは、先ほどから植物の匂いや乾燥具合を丹念に調べているのだが、とにかく時間がかかる。
気は長い方だと思っているフィオナが、待ちきれずに声をかけたところだ。
可愛らしい子うさぎのくりっとした大きな瞳が、茶色っぽく変色した植物からフィオナへと向けられた。邪魔するなと、凄むような眼力が備わっている。
(ひーっ! こっ、怖い。ごめんなさーい!)
ここはアルスカイザー家の薬草園。フリオニールが案内してくれた日から2ヶ月近く経ち、放置された畑の状態から、たまに手を入れる畑くらいに整えられている。といっても、一部の植物を剪定する程度に切り揃え、また日当たりを良くするために、大木の不要な枝を切ったくらいだ。
ストラスは「手をかけてもらえない分、生命力が強い」と評価した植物たちを気に入った様子で、それの生育環境を尊重するという方針に決めたようだ。必要以上に手をかけることはしない。
今日は、数日前から乾燥させていた植物たちを回収するために寄ったのだが……。
裏返し配置を変えて、まんべんなく乾燥させたストラスお気に入りの植物たちの扱いは慎重で、フィオナはストラスの指示待ちという状況なのだ。
(いい天気、夏の空だわ。王宮に来て、もう3ヶ月になるのね……)
「フィオナ様、日焼けしてしまいますよ」
フィオナ付の侍女クルルが日傘をさしかけてくれる。
「ありがとう、クルル。正直に言うとね、日傘って使ったことがなくて……気取ってるって思われないかしら?」
「そんなことありません! 普通ですよ。白い肌は美しい女性の魅力のひとつですから。これからの季節は特に、屋外に出る時は必ずさしてくださいね。夜会用のドレスは襟が大きく開いてますから。日焼けの跡が見えてしまいますよ」
「夜会用のドレスなんて……着ることないわ。私、社交界デビューはしてないのよ」
「えっ! そうなのですか? すいません。私はてっきり……」
「謝ることないわ。アルディ家の娘にとって当たり前のことだから。結婚のお披露目会が社交界デビューになるの。だから、舞踏会にも……夜会にも出たことはないの」
フィオナとて華やかな舞踏会に憧れは抱いている。しかし、アルディ領での暮らしには社交界も舞踏会も皆無だったために、物語としての舞踏会はイメージできても現実のものとして捉えることが難しい。
毎晩のように、王都にある貴族の屋敷では夜会が開かれているらしいが、フィオナには無縁のものだし、デビュー前では出席できるはずもない。
「私、……実は楽しみにしてるんです! 秋に行われる王家主催の舞踏会で、フィオナ様がアルスカイザー様と踊られるのを」
「えっ!」
両手を胸の前で握りしめ、願いを込めたように天を向くクルルを前に、フィオナは驚きの声をあげる。
「だって、いい雰囲気なんですもの、お二人は。アルスカイザー様は個人的な舞踏会には一切出席なさいませんが、その秋の舞踏会だけは出席なさるんです。そこで令嬢方のお誘いを全てお断りになって、フィオナ様と踊られたら、どんなに素敵だろうなって想像してたんです! 誰とも踊らないアルスカイザー様についに想い人がって……。それがフィオナ様だと思うと嬉しくて」
「クッ、クルル、落ち着いて。あなたの想像なんでしょう? 」
クルルと一緒に過ごすようになって3ヶ月。姉妹のように打ち解けて話すこともあるが、今日は特に饒舌だ。話したくてずっと我慢していたのかもしれない。二人とも恋が気になる年頃ではある。
「そうですが! でも、ここに通えることだって凄いことだと思うんです。アルスカイザー家の薬草園ですよ。魔導士長様にもお会いになってたし、プレゼントも。狼さんも会いに来るし……絶対フィオナ様のこと特別な人としてみてらっしゃいます」
「それは、色々と事情があるのよ。アルディ家とアルスカイザー家は家同士の付き合いもあるんだし。高望みはしないわ」
「ということは、フィオナ様にもお気持ちはあるということですね」
「ちっ、違うわよ!……クッ、クルルはどうなの? いるの、好きな人?」
お互いに顔を赤くしながら話していては隠すどころではない。二人とも心の中に想い人がいるようだ。
「わっ、私のことより、今はフィオナ様のことです」
「そんなことないわ。私だって興味あるものっ、むぐっ!」
無邪気に会話する二人の邪魔をした者がいる。奇妙な声を上げたフィオナの顔面を覆うように、しがみついているストラスだ。
「……。フィッ、フィオナ様、大丈夫ですか? ……ストラス、こら、離しなさい!」
「だ、大丈夫……。何があったの、ストラスさん。おっきな蛇でもいた?」
「すぴっ、すぴー」と、フィオナの顔面から引き剥がされながら、ストラスが何かを訴えている。乾燥させた植物をみろとでも言うように、ストラスの短い腕が振られている。
(……確認が終わったのね。……ストラスさん、話せないから)
「ありがとう、クルル。……すっかり話し込んでしまったわね。さぁ、草を袋に詰めましょう」
「もうお茶の時間です。急がないと!」
乾燥させた植物たちを詰めた一抱えもある麻袋を、夢幻宮近くの小屋に運び込む。かさ張るが重くはないので、女性二人でも楽に運べる。ただ、貴族令嬢が麻袋を運ぶ姿は珍しい。
何でこんなことをしているのか、手伝っているクルルも不思議に思っている。しかし、フィオナが楽しそうなので気にしていない。
侍女の仕事で大切なことは、主が気持ち良く過ごせるように気を配ることだ。だから、刺繍や読書といった令嬢らしいことでなくてもいい。
王宮で目にする令嬢たちとはタイプが違うが、フィオナはクルルにとって自慢の主。先ほどフィオナに話した舞踏会での願いは本当のことだ。
貴族ではないクルルにとって、フィオナとフリオニールは物語の主人公たちのように輝かしい存在で、ハッピーエンドを望んでいる。
(もう少し時間がかかるのかしら……。あー、もどかしいわ!)




