37. アルスカイザー家の事情
「俺を心配させないでくれ」という言葉が心に染み入って、否定する言葉が出てこない。
(……なぜ、そう思うの?)
戸惑いに揺れる気持ちのままフリオニールを見上げた時、掴まれている腕を離された。拘束していた手がフィオナの背に回され体の向きを変えられる。
向けられた先でフィオナの瞳が捉えたのは、灰色の髪をした魔導士の姿だった。
銀色の刺繍が施された黒いローブを纏っている壮年の男性は、魔導士の中でも高い地位に就いていることが分かる。グラデーションのように黒と金が中間で混じる切れ長の瞳が、フリオニールとよく似ている……。
(もしかして……フリオニール様のお父様?)
目の前に立つ人物は軽く会釈すると、フリオニールを見る。その視線を受けて、渋々フリオニールが口を開いた。
「……紹介しよう。この方は宮廷魔導士長だ。私の父でもある」
「オーウェン・アルスカイザーです。あなたはアルディ伯爵の?」
オーウェン魔導士長は、労りを込めた探るような表情でフィオナを見つめている。
「はい、フィオナ・アルディと申します。お目にかかれて光栄です、魔導士長様」
礼をとるため下げた頭の上で、微かにだが、オーウェンの呟き声が聞こえたような気がする。しかし、すぐに「顔を上げなさい」と促され、聞き取る間も理解する間もなかった。
「……?」
観察されているような眼差しを受け緊張する。
何なのだろう。
「……ふむ。……早速だが、フィオナ嬢。此度は大変な目に合わせてしまって申し訳なかった」
興味深そうに頷いたと思ったら、オーウェンがいきなり頭を下げた。これは礼ではなく謝罪だ。高位な貴族が頭を下げるなんて滅多にないことなのに……。
薬草園に来る前、国王たちに謝られたことと同じことが繰り返されそうになる。察したフィオナは慌てて説明し、必要ないことだとやめてもらった。
「それなら、この件について謝罪するのは止めておこう。あなたには嫌われたくないからね」
「……?」
笑みを浮かべ穏やかに話すオーウェンの意味深な言葉に、フィオナは目を瞬かせる。その隙に、フリオニールがオーウェンに問いかけた。
「父上。なぜここに……」
「もちろん、フィオナ嬢に会って謝るためだ」
「それなら、用件は済んだでしょう」
「まぁそうだな。邪魔者は退散することにしよう。……お嬢さん、また会ってくれるかい」
「えぇ、喜んで。あの、魔導士長様の肩にいるカラスは……もしかして」
「あぁ、紹介が遅れてしまったね。マルファスというんだ。……あなたの予想通り、悪魔ですよ」
「クワッ!」
黒々とした羽を妖しく煌めかせながら、カラスが返事をする。
「いつか夢幻宮の中を案内してあげましょう。では」
そう言って、オーウェンは肩で切り揃えられた灰色の髪を揺らしながら、薬草園から去って行った。
宮廷魔導士長を追い払ったような気分にもなるが、抵抗せずあっさりと去っていく所を見ると、用件は本当にそれだけだったのだろう。
隣にいるフリオニールがホッと息をはくと、ベンチに腰を下ろした。
「皆様に謝られてばかりで、……何だか申し訳ないです」
「気にすることはない。あの人はお前を見に来たんだ。謝るついでに」
「私を?」
「あぁ、王国の秘密を知られた人物を確かめに来たんだ。それにしても……突然で驚いただろう」
「まぁ……。でも、魔導士長様を近くで見て分かった事があります。フリオニール様と同じ、不思議な色合いの瞳をしてらっしゃるんですね」
フリオニールが隣に座るよう促してくる。関係者面をしたウォルスも側に陣取り、会話に加わる。
「フリオニールの瞳の赤は、俺の瞳の赤が混じったものだ」
「……アルスカイザー家当主の特徴なんだ。グラデーションの瞳は、悪魔と契約した証でもある。契約前の俺の瞳はただの金色だった。俺の姉兄たちの瞳と同じように」
「えっ、フリオニール様にはご姉兄がいらっしゃるのですか?」
「そうだが……。知らなかったのか? それなりに有名だぞ。皆、それぞれの得意分野で活躍している。すぐ上の兄は軍部の魔法剣士の長だし、もう一人の兄は、魔導学園で教鞭をとっている。姉は、治癒魔法の優秀な使い手だ」
「凄いご家族ですね……」
「能力もあるが、そうならざるを得なかった環境でもある……。それが良いことなのかは分からない」
魔導士になるには、相応の才能が必要になる。アルスカイザー家では当たり前のことでも、自分に見合う才能を伸ばし活躍できるなんて凄いことだ。
「……ご自分のなすべきことを理解し、その役目を立派に果たしておられるなんて、とても凄いことだと思いますわ」
「そうか?」
「えぇ。……アルディ家での私の役目は王家の神殿を訪れることだけ。ただ好きなことをしていただけなので……比べるのも恥ずかしいのですが……」
フィオナの言葉を受け、否定するようにウォルスが首を振った。
「そんなことはない。お前が王家の神殿を頻繁に訪れてくれるお陰で、魔界は活気に溢れている。花一輪の供物であっても、それが力を与え潤おうんだ。魔界の王から下っ端の悪魔に至るまで、アルディ家に感謝しないものはいない」
「本当に……?」
「俺が人間を励ますと思うか? 陥れるのは好きだがな」
ウォルスが皮肉を込めて肯定する。フィオナにとっては驚きの真実だ。できれば、この世のために役に立つことが理想だが、何事も最初から上手くいくとは限らない。とりあえず、一歩は踏み出せているらしい。
「……だから、フィオナが一番のお気に入りなんだな。ウォルスとストラスが言うことをよく聞くわけだ」
ウォルスの話を納得した様子で聞いていたフリオニールが呟いた。




