35. 精霊の贈り物
「夢幻宮が管理する薬草園だ。……特にこの場所は、アルスカイザー家が栽培している場所だから関係者以外は立ち入らない。屋外で静かに話すならここがベストだ。それから、ここを東へ真っ直ぐ進むと智泉宮への抜け道になっている」
人気のない場所や抜け道までも詳しく説明してくれる。豪華な黒いローブを纏った神とも精霊とも称えられる美しい青年の日常を想像すると、少し可哀想にも思えてきた。
(日々の努力が伝わってくる説明だわ……)
夢幻宮を訪れたフィオナは、王宮にもこんな所があったのかと、ある意味、とても感心していた。
薬草やハーブが植わっているらしき畝が、人の腰に届こうかという高さまで伸びた草のすき間から見え隠れしている。また、空を隠してしまうほど枝を張る大木には、躍動感あふれる蔓が絡まり、樹肌を覆って緑色に染めていた。
地面が見えないほど多種多様な草に覆われたそこは、薬草園というより放置された畑に近い。小さな花もそこかしこに咲いているので、薬草だけでなく自生しているものもあるのだろう。
「ここに来たのは初めてだろう。フィオナ」
「俺も初めてだ。なかなか興味深い……」
いつの間にかウォルスとストラスが合流している。話し声が控えめなのは、離れた場所にクルルがいるからだろう。
「えぇ、そうよ。魔導士様の薬草園だし、入るには許可がいるのでしょう?」
「まぁな。俺は顔パスだぞ。来たくなったら連れてきてやる」
「嬉しいわ。ありがとう、ウォルスさん」
自慢気なウォルスの表情につられて相槌をうつ。悪魔が自慢するのだ。もしかしたら、珍しい植物があるのかもしれない。
「ここには、どんな薬草が植えられているの?」
「特に大したものはない」
「どこにでもありそうな薬草ばかりだ」
ウォルスがあっさり否定し、ストラスが同意する。
「……アルスカイザー家は魔法を行使することに長けた家系で、薬草には……詳しくない。ここには、最低限の薬草とハーブが植えられているだけだ」
「ふむ。……だが、手をかけてもらえない分、生命力がとても強い。ここの薬草を使えば、いい薬ができる」
フリオニールの「専門外」とばかりの言葉に続いて、ストラスがいい事を言う。ただの草好きとは思えない口ぶりに、フリオニールが興味を示した。
「ストラス、……お前は薬に詳しいのか?」
「まぁな。薬に詳しいというより、薬になる植物や鉱物に詳しいといったところか。お前と違って」
「くっ!……」
フリオニールが言葉を詰まらせる。眉間にしわが寄っているが図星なのだろう。反論する様子はない。魔導士になるため、実践魔法と同じように学んできた魔法薬学は、アルスカイザー家の者には不向きだったようだ。
「ふん。……まぁいい。植物に詳しいなら、ここに立ち入る許可を与えてやる。有用な薬草を好きなだけ見つけるんだな。……フィオナも来るか?」
「もちろんです、ありがとうございます。良かったわね。ストラスさん!」
夢幻宮のような特殊な宮は、不思議な物に溢れていそうだ。薬草園だけとはいえ、探索のしがいがある。抜け道も教えてもらったことだし、散歩するには良さそうだ。
「気が済んだら、お前たちは向こうへ行ってろ。フィオナと話がしたいんだ」
追い払われ、渋々離れていく2匹から解放されたフィオナは、フリオニールに誘われるまま、薬草園の隅に置かれたベンチに並んで腰掛けた。
「時間を取らせてしまったな……」
「楽しかったですよ。フリオニール様の苦手なことも分かりましたし」
「薬の配合が嫌いなんだ。細か過ぎる分量の計測と手順が面倒くさい。……すまん、忘れてくれ」
額に手を当てて俯いているフリオニールの耳が少し赤くなっている。普通の青年らしい仕草にドキッとする。
(……二人きりだと、やっぱり緊張するわね)
そんな甘い雰囲気を一蹴するように、フリオニールが顔を上げ真面目な表情で話し始めた。いよいよ本題に入るらしい。
「……。お前を襲った連中が到着すれば、暗殺を企てた貴族たちがまた動き出す。その前に、身を護る道具を作ろうと思う。ウォルスが側にいれば安心だが、あいつにも仕事があるからな」
「フリオニール様にお任せしますわ。自分の身を護る術を持たないことが悔やまれます。……私も剣を扱う練習をしておけば良かった」
乗馬もできるフィオナが剣の使い手になったところを想像したのか、フリオニールが苦笑する。
「剣が使えなくても、フィオナは自分の身を護ることができる」
「えっ……?」
「気付いているか? 襲われた時に俺を呼び寄せたのは、フィオナ自身が持っている力だということを」
「……」
「アルディ家に受け継がれる力はとても貴重なものだ。ギードの森の結界だけでなく、複雑に編まれた王宮の結界をも抜ける。例えば俺が危険を察知できたとしても、王宮からは転移できない。フィオナの力がなければ間に合わなかっただろう」
ウィルフレッドから聞いたアルディ家の秘密を、フリオニールが話す資格はない。精霊の加護があることを知らないフィオナには、アルディ家の力だと説明する。
「それは……この間、フリオニール様が言っていたギードの森に入れる理由と関係していることですね」
「あぁ、そうだ。アルディ家直系の者には、森の管理者として、その不思議な力が受け継がれている。お前の中にある力を引き出して道具を作れば、魔法が制限された王宮内であっても、この間のように俺を呼び寄せることができるはずだ。いいか?」
「もちろん協力します。私の力ならいくらでも。でも、そんな凄い力があるなんて信じられませんけど」
「お前にしか効かない所が欠点なのだ」
そう言ってフリオニールが笑う。確かにそうだとフィオナも納得できるので、攻められない。
「……役に立たなくてすいませんっ。それで、どうすればいいんでしょう」
「そう気を悪くするな。アルディ家の力は尊敬に値する。その力を実体化できるのは光栄なことだ」
「なっ、何を……」
「目を閉じて。……すぐに済む」
フリオニールがフィオナの目元を手で覆った。フィオナが瞳を閉じたことを確認すると、フリオニールの手が目元から離れていく。
「そのままで」
指示されるまま瞳を閉じて待つフィオナの耳に、フリオニールの声が聞こえる。言葉は分からないが、体に染み込んでくるようだ。ほんのりした温かさを体全体に感じた後、その熱が放出され熱が引いていく。
「もういいぞ」
フリオニールに促され目を開けると、目の前にフリオニールの大きな手が差し出された。
「見ろ。お前の力を凝縮した石だ」
「……綺麗ですね。自分の力にいうのもあれなんですけど……」
黄色にほんの少し紫色が混じる、親指の先ほどの大きさの石がひとつ。陽の光に照らされている部分は、手のひらが透けて見えている。石というより、磨かれた色付きの水晶のようだ。
「美しい石だな。これなら装飾品に使えるだろう。ネックレスでいいか?」
「えっ、フリオニール様が作ってくれるのですか?」
「簡単な魔導具なら作れる。……少し待っていろ」
「嬉しいです。とっても! ありがとうございます」
それから半時ほど、薬草園と称する畑を散策している間に、フリオニールがネックレスに仕立ててくれた。金色の鎖と石だけのシンプルなネックレスだったが、男性から初めて貰った贈り物にフィオナは心が踊る。でも、手渡されるときに添えられたフリオニールの言葉は真摯に受け止めた。
「護身の物を身に付けていても役に立たないこともある。信頼できるのは、最終的には自分だけ。油断するな」




