32. 男たちの推測
レオンハルトの執務室にたどり着くまで早足で進んだフリオニールは、ノックもそこそこに扉を開けた。
そこには普段と変わらない、優美な姿で執務をこなすレオンハルトがいる。柔らかそうな金の髪が、夕暮れ時の赤い陽に染まっていた。
フリオニールの姿を認めたレオンハルトは、すぐに執務を切り上げ、室内にいた官吏たちや侍従を下がらせた。
「……待ちくたびれたよ。で、どうだった? 目星はついているんだろう」
アルディ領で起きたフィオナの襲撃事件について、レオンハルトはさっさと片をつけたいらしい。話し合う必要はないとばかりに、結論を聞いてきた。
「あぁ……。ダスター卿、コルネリウス卿、リンゼイ卿が絡んでいる」
「私の予想通り」
「娘を王太子妃にさせたがっている連中だろ」
「あぁ……。襲撃した男たちはいつこちらに?」
「明後日には……着く」
襲撃した男たちの話になった途端、執務室内に冷え冷えとした雰囲気が漂う。フリオニールの瞳に浮かぶ、殺意を含んだ妖しい輝きを見逃さなかったレオンハルトは、眉をひそめ聞いてきた。
「……何したの? まさか死体じゃないよね」
「当たり前だ。証人を手にかける訳がない……。ここに着いたら溶かしてやる」
「……! 凍らせたんだね!」
解った、とばかりにレオンハルトが手をぽんと叩いた。
「証人を守る意味もある。途中で襲われても凍っていれば手出しできない。……俺の魔力を上回る魔導士がいれば別だが。念のために、アルディ家の連中にも守護の魔法をかけてやった」
「……生きてるなら、……問題ない、よ」
ははは……と怯んだ笑いを浮かべたレオンハルトだったが、冷静な態度を崩さないフリオニールから怒りの強さを感じ取ったようだ。真面目な表情で告げてきた。
「……フリオニール。今回のことは私の責任だ。あとは私の方で何とかする。襲撃した連中と3人の処分も任せてくれないか」
「……そのつもりでいる」
「魔法防御もさせてなかったんだろ? 浅はかな計画を立てる時点で王宮には不要な人材だとも思えるけど……、そういう訳にはいかないから」
王太子の側近とはいえ、王国の人事にまで口を出すつもりはない。国王やレオンハルトたちが上手く対処してくれるだろう。
アルスカイザー家が命を削ってまで忠誠を誓っているのだ、ファブール王家の能力は信頼している。
「それにしても……よく分かったよね。フィオナが危ないって」
説明できないことについて話すのは躊躇われたが、振られたのだから仕方がない。
「……分からなかった。フィオナの危機に俺を差し向けた奴がいる。……王宮の結界を破ったのだ。人間の仕業ではないと推測している」
「ふーん。……悪魔とか?」
「……。悪魔の魔力ではない」
「まぁ、いいや。今日は疲れてるだろ。これからってことで、分かったら教えて。執務はもういいから」
レオンハルトが退室を許可したのを受け、「助かる」とだけ言ってフリオニールは執務室から出て行った。
…☆…☆…☆…
フリオニールが夢幻宮にある自室へ戻ると、フィオナの兄ウィルフレッドが待っていた。感謝の言葉を繰り返すウィルフレッドに、これ以上は無用だと黙らせてから本題に入る。
「それよりも、聞きたいことがあるんだが……」
「そうでした! 時間を取らせて申し訳ありません。家族を失いかけた衝撃が大きすぎて……。本当にありがとうございました」
「だから、……繰り返すのは止めろ」
再び感謝の言葉を繰り返しそうになったウィルフレッドに釘を差し、フリオニールは苦笑を浮かべる。
「フリオニール様が笑ってる! ……どうされたんですか」
ウィルフレッドが驚いて聞いてくる。苦笑を浮かべた自分が珍しいらしい。そこまで表情が薄いつもりはなかったが、心が動かされることも少なかった。……珍しくて当然なのか。
「お前の様子が面白い……。フィオナが伯爵家で大切に育てられていたのがよく分かる、と思った」
「フリオニール様が心の内を話すなんて。……信じられない、夢みたいだ」
「いちいち、大袈裟だな。お前は」
「初めてです。人間らしい表情をされているフリオニール様を見るのは……」
そう言って不自然に口を閉じたウィルフレッドは、どこか心配そうな表情で自分を見つめてくる。
ウィルフレッドとは、ギードの森を介した家と家の付き合いがある。こうして会うことは滅多にないが、他の貴族に比べれば馴染みのある相手だ。これまで冷たく接しているつもりはなかったが……それが親しい態度かと言われれば否定できない。
「……どうかしたか?」
「いえ。……それより何でしょうか。私に聞きたいこととは」
「あぁ。アルディ家のことだ」
個人的な内容だと分かったウィルフレッドが、何を聞かれるのかと身構える。拒否されて当然の内容を、あえて聞こうとしている自分には、アルディ家に対する信頼が芽生えつつあるらしい。ウィルフレッドを試してみたくなった。
「今回の襲撃に関わることでもあるので正直に答えて欲しい」
「……。分かりました。フィオナの命の恩人なのです。私が知っていることなら教えましょう……」
ウィルフレッドは躊躇いつつも肯定する。
「ギードの森に入れる理由を知っているか? アルディ家の者が結界をくぐり抜けられる理由だ」
フリオニールの口から紡がれた内容に、ウィルフレッドは動揺を見せた。アルディ家最大の秘密とも言える問いに、答えるべきか悩んでいる様子だ。フリオニールは目を見据え、ウィルフレッドが口を開くのを待った。
アルディ家に受け継がれている特殊な力について、フリオニールは「初代国王ケルガーが授けた力」とだけ聞いている。ギードの森の結界を張るアルスカイザー侯爵家でさえ、その程度なのだ。多分、国王の側近を永代に渡り約束されている他の2家、レアン公爵家、クーザー侯爵家に理由を知る術はないだろう。
この特殊な力を有するため、アルディ家は王国で強い権力を持つ高位な貴族なのだが……。
古い家柄とはいえ、王国の秘密を知らない貴族たちにしてみれば、アルディ家はただの地方領主に過ぎない。辺境で広大な領土を預かる伯爵家ではあるが、王宮内での権力は皆無。少々見くびられても当然だ。今回のフィオナ襲撃がいい例である。
(黒幕の3人に真実を教えてやったら驚くだろうな……)
レオンハルトに任せているとはいえ処分内容が想像できる。フリオニールはほくそ笑んだ。
「……。それは……知って、います。父から聞いて。アルディ家の家督を継ぐ者のみに伝えられています」
「……そうか」
意を決した様子で、ウィルフレッドが重たい口を開いた。頷いた自分に今度はウィルフレッドが反対に聞いてきた。
「なぜ、理由を知りたいのですか?」
「……私が推測していることを確かめたい。……フィオナの危機に呼び寄せられたのは私の方。私の力ではない。その力の正体と森の結界に関係があるのではないかと考えている」
「そうですか。……では、フリオニール様はどうお考えなのですか?」
「お前が聞くのか? ……まぁ、いいだろう」
確信に近い推測だ。推測が事実ならば、ウィルフレッドは話さざるをえない。ここは自分から話してもいい。
「私は、自然界の……精霊の加護があると推測している。人の魔力を上回る精霊の力が、ギードの森の結界の効果を打ち消している。……どうだ?」
迷いのない推測を示し、挑むように見つめる。すると、ウィルフレッドが目を見開き観念したように表情を緩めた。
「……その通りです。よくお気付きになられましたね」
ウィルフレッドが抵抗せずに認める。誤魔化すことを諦めたというより、感心したといった様子だ。ウィルフレッドの優しげな見た目に反した潔い態度に、男気を感じる。
「フィオナを加護している花の精霊を視たのがきっかけだ。……変に誤魔化したりすれば、お前にも精霊が憑いているかどうか勝手に視るつもりだった。それで推測は成り立つからな。ところで……お前は何に護られているんだ?」
緊張を解いたウィルフレッドに聞いてみた。
「さぁ。……そこまでは分かりません。ギードの森の精霊が加護してくれているとだけ聞いています。父も、何に護られているのか知らないようです。……それにしてもフィオナが花の精霊とは。毎日ドレスを泥だらけにしていたので、土の精霊でも憑いているのかと……。あっ! 昔は、です」
失礼しましたと謝るウィルフレッドは、フィオナとよく似ている。二人とも本音を隠しておけない性質らしい。兄妹仲も良さそうだ。
「視てもいいか? お前の精霊を」
「えっ、ええ。私も知りたいので……。お願いします」
魔力が込められた瞳の威力をウィルフレッドが正面から受け止める。顔を逸らさずに答えを待っているのは、フリオニールの言葉を疑っていないからだろう。ウィルフレッドのアメジスト色の瞳が期待に輝いている。
(アルディ家の者は、素直過ぎるのが欠点か……)
少し心配にも思えるフリオニールだったが、魔力が込められたフリオニールの目には、ウィルフレッドの姿とともに見えてきたものがある。
「いっ……岩?」
フィオナが花弁に包まれているように、ウィルフレッドは、ゴツゴツした岩石に埋もれているように見える。森のなかでよく見る灰茶色の岩石だ。岩石と一体化したような体と精悍な顔つきで、ウィルフレッドはこちらを睨んでいた。
(岩の精霊か? ウィルフレッドの印象と真逆だな……。見た目とちがって頑固な性格ということか)
「私の精霊は何でしたか?」
キラキラとした朗らかな笑顔を向けるウィルフレッドに、フリオニールは苦々しい笑顔を向けながら精霊の正体を教えてやった。
もちろん正直に……。ウィルフレッドの誠実な対応には、誠実に応えるのが一番だ。




