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31. 帰還

 人の話し声が聞こえる。微かなものだが、王家の神殿にはありえないものだ。


「着いたぞ」


 フリオニールの声でフィオナは瞑っていた目を開くと、密着させていた体を離した。


 ここは王宮の門の近くにある倉庫。

 アルディ家に行く前にフリオニールが隠れていたそれだ。


「もう……。すごく、早いですね」


 王宮に戻れば、フリオニールと会える時間は少なくなる。それを寂しく感じているフィオナは、つい本音を言ってしまいそうになった。もう着いてしまったの、と。行く時は早くても、帰りはゆっくり時間をかけた方がいいな、と改めて思う。


「魔法とはそういうものだ」


 気持ちを読んだかのようなフリオニールの言葉に一瞬焦ったが、続いた言葉に他意はないのだと納得した。


「使用人たちに自慢したのだろう。魔法の話で盛り上がったと聞いたぞ」


「……その通りです」


 正確には、魔法を使ったフリオニールの話題で盛り上がったのだが黙っておいた。




「……フィオナ、少し話してもいいか?」


 表情を引き締めたフリオニールが気遣いながら聞いてくる。それまでの柔らかな雰囲気が硬いものに変化した。


「襲撃されたことだ。思い出させてすまない」


「いえ、……構いません」


「襲撃された原因は、レオンハルトや……私にあると考えている。私たちに関わる限り、これからも命を狙われるだろう」


「……はい」


「レオンとも相談して早急に対策を決める。王宮の中とはいえ油断するな。……それで、対策をとるまでの間なんだが、ウォルスを君の側におく。あいつに任せておけば心配いらない。軍隊と魔導士団を護衛につけているようなものだから」


 私との関係を見せつけるようで最善の策とは言えないが、と渋っているフリオニールに対し、フィオナは暗い気持ちが上向くほどの嬉しい提案だった。



「私には願ってもいない提案です。本当に心強いです。でも……いいんでしょうか? フリオニール様が大変なんじゃぁ……」


 フリオニールを取り合う令嬢たちを威嚇し、牽制していたのがウォルスだ。いないとなると、毎日大変なのではないだろうか。逆に心配になる。


「2、3日の間だけだ。問題ない。我慢できる」


「……ふふふっ。そう、ですか」


 フリオニールの返事に笑いが込み上げる。自分と話すことを厭わしいと感じていない様子に気分が和らいだ。


「それから、出歩くのは危険なんだが……今まで通り過ごしてほしい。君が襲われたことを知っているのは一部の人間、王族に近い地位にいる者だけだ。接してくる人間で怪しい言動をしたものがいたら教えてくれ」


「はい」


 フリオニールの言葉に素直に従っていれば、危険はないように思えてくる。しかしここは王宮で、予想もつかないことが起きるかもしれない。自分のことでみんなに迷惑をかけるのは心苦しい。フィオナは、フリオニールに誓うように応えた。


「……時間を取らせた。静生宮(じょうせいきゅう)まで送っていこう」


「とんでもありません! 一人でも大丈夫です。フリオニール様と一緒に歩くなんて、……目立ってしまいます」


 それこそ狙われてしまいそうだ。フィオナをエスコートするように歩き始めたフリオニールを引き留める。


「そうだぞ、フリオニール。フィオナは俺に任せておけ」


 倉庫の入口から銀狼のウォルスが入ってきた。頭にはウサギのストラスを乗せている。


「今から俺がフィオナの護衛だ」


「……あぁ、頼む」

 フリオニールが少し残念そうに見えるのは気のせいか……。


「行くぞ、フィオナ。話は済んだんだろ」

「えぇ。……ちょっと待ってて!」


 すぐに出ていこうとするウォルスを待たせ、フィオナはフリオニールに向き直った。


「生きていられるのも、……生きていて良かったと感じられるのもフリオニール様のお陰です。今回のこと色々とありがとうございました」


 お礼を言ってなかったと気付き慌てて頭を下げたフィオナは、それだけ言うと、ウォルスと一緒に出ていった。





(俺やレオンハルトに関わらなければ、苦しい思いをしなくてすんだはずなのに。どれだけお人好しなんだ……)


 フリオニールはため息をつくと智泉宮(ちせんきゅう)に向かうことにした。今後のことを王太子のレオンハルトに相談するためだ。


 王宮の門を警備している衛兵たちが、銀狼に続いて魔導士のフリオニールが倉庫から出てきたため非常に驚いていたが、そんなことは気にならない。



 夕暮れ時のこの時間には、まだ多くの人が王宮にいる。


(……フィオナのエスコートをウォルスに任せて正解だったな)


 王宮の表玄関、逢美宮(おうびきゅう)を目にしたフリオニールは、人目につかないよう歩みを進めた。

 しかし、黒ずくめの衣服に黒髪をしたフリオニールの姿は、半分闇に溶け込んで目立たないだろうに、令嬢たちが近づいてきた。


「フリオニール様、少しお疲れなのでは? 一緒に休憩しませんこと」


 ウォルスがいないことで、フリオニールの側近くに寄っている令嬢たちが、代わり映えのしない決まり文句で代わる代わる誘ってくる。


 以前の自分は、この令嬢たちの中に、自分の花嫁に相応しい娘がいると考えていた。結婚に対して夢は抱いていない。しいて希望を言えば、自分の感情を乱さない女性であればいい。それだけだ。


 それがどうしたことか……、今は感情が乱されて仕方ない。フィオナに会ってから、多くの感情が眠っていただけだと痛いほど教えられた。


 だが、自分はこの感情を乱されることが嫌いではない。むしろ楽しめている、と気がついたのだ。


 「生きていて良かった」と、フィオナが表現したのと同じ気持ちをフリオニールも感じている。生きている、と少し違う、生きていて良かった、だ。未来につながる言葉だと思う。


 そのことに気づかせてくれたのがフィオナだった……。時間が惜しい。早くレオンハルトと話し合わなければ……。

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