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28. フリオニールの決意

(王太子妃の地位を狙った連中だろうな……)


 王宮で噂されていることや、フィオナに対する王妃の好意的な態度に危機感を覚えた貴族の仕業で間違いないだろう。もしかしたら、複数の貴族が手を組んでいる可能性もある。


 フィオナが行儀見習いとして王宮に滞在するようになって1ヶ月。かなり早い段階からアルディ領に暗殺部隊が送り込まれていたことになる。


 もっとも、王太子が口添えした王妃付きの行儀見習いとして、王宮に来た時点で注目を浴びていたフィオナだ。特別視されるのも誤解されるのも当然だろう。


(ここにいるより、王宮の方が安全なのは確かだが……)


 子うさぎのストラスが常にフィオナの側にいてくれれば安全だと思う。守ってくれるはずだ。ただ、王宮内を頻繁に散歩しているらしいストラスはあてにできない。また、王宮内では魔法が制限されているため、いざという時に間に合わない。


(それに……どうして俺は、転移できたんだ?)


 なぜ自分はアルディに来られたのか……。

 転移魔法が使えないはずの王宮で、誰かに呼ばれた気がして振り返ったらあの丘にいたのだ。フィオナの命が救えたのは奇跡としかいいようがない……。





 フリオニールが今いるのは、アルディ伯爵家のフィオナの部屋だ。隣の寝室ではフィオナが眠っている。体に残された傷はまだ完全に癒えておらず、魔法で眠らされている状態だ。


 襲撃されたフィオナを抱いて伯爵家に戻ってきた時の騒ぎは大変なものだった。しかし、傷だらけのフィオナの体を気遣って、部屋を素早く整えてくれた使用人たちの気持ちをフリオニールは無駄にするつもりはない。アルディ伯爵にも誓った。


 それは、王宮に呼ぶことになった自分の責任でもあるし、何より……自分の心に初めて入り込んできた女性だ。自分ができることなら何でもしてやりたい。


 気を失ったフィオナに触れようとした自分は、対となる女性として、フィオナを求めていることは間違いない。……もう悩むことはやめだ。


 これからもフィオナは狙われ続けるだろう。

 それは、将来のレオンハルトの妃でも、自分の妻でも同じこと。だったら、自分のために守りたい。




 フリオニールは、寝室へ通じる扉を開けベッドに近づくと、フィオナの寝顔に苦しそうな様子が浮かんでいないことを確認し、ほっと息をついた。


「……よく、頑張ったな。明日には綺麗にしてやるから安心しろ……」



 すぐにでも癒してやりたかったが、莫大な魔力量を誇るフリオニールも、今回かなりの魔力量を消費している。

 得意とする攻撃魔法は、ロッドの効果もあり魔力消費量をおさえられるのだが……専門外の治癒魔法は、消費量の割には治癒が進まない。

 結果として、アルディ家で休息する羽目となった。


 フィオナが滞在するアルディ伯爵家が襲撃される可能性もあるため、こうして警護を兼ねて休んでいるわけだが……。少しでも長くフィオナの側にいたかったことは否定できない。フィオナの部屋で休むことを提案したのはフリオニール自身。好意を隠す必要もないし……と開き直っている。


 アルディ伯爵は、このフリオニールの提案に渋ったものの愛娘の外聞よりも命を優先した。当然だろう。



「フィオナ、いつも笑っていろ。……俺がお前を守ってやる」



 静かに声をかけたフリオニールは、フィオナの頬に触れるだけの口付けを落とし、寝室を後にした。



          …☆…☆…☆…



 翌日、魔力量を完全に回復させたフリオニールは、フィオナに治癒魔法を施した。元通りの体に戻ったフィオナが目を覚まし、その姿を使用人たちが確認し喜ぶ様を見て、フリオニールも安堵の息をつく。


 使用人たちはその興奮が収まると、今度は名残を惜しむ声を上げた。上等な薄紫色のドレスに着替え、いつもより時間をかけて身支度したフィオナが、王宮の行儀見習いとしての格好をして伯爵家の面々の前に現れたからだ。


「もう、王宮に行ってしまわれるのですか?」

「もうしばらく療養なさってはいかがですか?」


「みんな、心配かけてごめんね。それに、ありがとう! 昨日の夜には王宮に戻る予定だったの。私をアルディに送り出してくれた王族の皆様を待たせては失礼だし、心配させてしまったかもしれないでしょう。また帰ってくるから」



「王宮にいれば私が守ってやれる。安心するといい」 

 フィオナの側に立つフリオニールが、使用人たちとの会話に不意に割り込んできた。


「フリオニール様……」

 その言葉に今までにない響きが込められているような気がして……。フィオナは戸惑いながら、使用人たちと言葉を交わすフリオニールを見つめた。



 ところが、そこで目にした光景に、フィオナは目を瞬かせる。

 フリオニールが、穏やかで気さくな雰囲気を纏っているところまでは良かったのだが、……神々しい顔立ちに浮かぶ微かな笑みが破壊力を増し、不馴れな使用人たちには目の保養どころではない。はっきり言って目の毒だ。美形の圧倒的な威力を痛いほど感じているに違いない……。


(……反則です。フリオニール様)


 その威力を正面から受けることになった使用人たちは固まっている。唯一、執事のシドだけが、何とか対応できている状況だ。


 それもそうだろう……。

 主よりも身分の高い貴族から話しかけられることはない。侯爵家のフリオニールが滞在するというだけで緊張していた使用人たちだ。青天の霹靂と茫然自失のダブルパンチ、といったところか……。


(みんな、よく頑張ったわ……)


 フィオナは、使用人たちに心の中で労いの言葉をかけ、側に立っているフリオニールに声をかけた。


「フリオニール様、戻りましょう!」


 赤と金色の美しい双眸がフィオナに向けられ、「いいのか」と問われているように感じられた。


「はい、もう大丈夫です」


 襲撃された体と心の傷もそうだが、落ち込んでいた気分もスッキリしている。アルディ家にも王宮でも自分の居場所があると思うと安心する。狭い人間関係の中で生きてきたフィオナは、人として大切なことを学んだ気がしていた。


「そうか……。では伯爵に挨拶してくる」



 そう言ってフリオニールがその場から去ると、使用人たちが一斉に息をはいた。


「みんな、大丈夫?」


「「「「大丈夫ではありません!」」」」


 クスクス笑いながらフィオナが問うと、大真面目な顔をした使用人たちから一斉に返された。


 一ヶ月だけとはいえ、フリオニールがたまに見せる笑顔を嬉しく感じていたフィオナだ。破壊力抜群の笑顔に対する耐性が、いつのまにか身に付いていたらしい。


「今回は目の毒だったけど、みんなにも目の保養になる時がくればいいわね!」


 王宮での出来事を楽しそうに話すフィオナの様子から、フリオニールに対する信頼みたいなものが感じられた使用人たちは、大切なお嬢様を快く送り出すことにしたようだ。


 「フリオニール様が守ってくれる」という言葉が後押ししてくれたことは言うまでもない。


 そのなかで、ただ一人。

 ……伯爵だけは渋い顔を見せていた。

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