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26. 望みと怒りがみせたもの

「悪く思わんでくれ。じゃあな、お嬢ちゃん」

 フィオナの胸に突き立てられた短剣に、ぐっと力がかかる。


 ……ヒュン、ヒュンッヒュンッ


「うおっ!」


 風を切り裂くような音が聞こえ男の呻き声がした瞬間、フィオナの体にかかる男の体重が消えた。仰向けに倒れているフィオナの霞んだ目に、黒いローブを(まと)う人の姿が見える。


「……オナ。……ってろ。あと……して……る」


 低音の男の声だ。

 聞き覚えのある艶のある声が、薄れゆく意識をかろうじて引き留めた。




 その男はフィオナに背を向けると、長大なロッドを振りかざす。魔導士の武器であるロッドは攻撃魔法を行使する意思表示。魔法を防ぐ手段を持たない者にとって、それは脅威でしかない。


 男の身長よりも長さがあるそれは、妖しい光を自ら発し、付けられた飾りがぶつかり合う金属音も魔法を紡いでいるように聞こえる。

 壮麗さと攻撃力を兼ね備えた、この最強のロッドを操ることができる人は、王国中でただ一人、フリオニール・アルスカイザーだけだ。


 フィオナを押さえつけていた男は、フリオニールから放たれた最初の一撃をまともに食らい、吹き飛ばされた先で倒れたまま動かない。

 その男を視界に入れる必要さえ感じないのか、フリオニールは次のターゲットを定めると、美しい顔に冷酷な笑みを浮かべた。


「……許さん!」


 ロッドを軽々と操りながら、もう片方の手に炎を生み出し燃え上がらせていく。フリオニールが深く息を吸った瞬間、前方に向けて突きだした手の平から、渦を巻くようにして炎が何発も放たれた。それは、空気に型どられた炎の道が見えるような鮮やかな軌跡を描く。


 攻撃魔法を連続で放てる魔導士は数少ない。しかも、炎と風が合体したような特異で強力な攻撃魔法を編み出す男が、国中で最も有名な魔導士であるのに気づかない者はいないだろう。


 アルディ家の護衛たちを襲撃した男たちは、突如現れた魔導士を恐れ、散り散りに逃げ始めた。悲鳴を上げながら逃げていく男たちに、フリオニールは容赦なく正確に攻撃を仕掛けていく。

 放たれる魔法は、人を、時には地面を吹き飛ばし、辺りは土煙と炎に包まれた。


 フリオニールが繰り出す風と炎で、襲撃した男たちが狭い範囲に追い込まれていく。王国最強と謳われる魔導士を敵に回した時点で、すでに観念していたのだろう。一ヶ所に集められた男たちは戦意を失い、アルディ家の護衛たちの手により次々と拘束されていった。


 その様子を確認したフリオニールは、くるりと(きびす)をかえすと倒れているフィオナのもとへ駆け寄った。




 ドーンという耳をつんざくような破壊音や風が渦巻くゴーゴーという爆音が響き渡っている。


 さっき耳にした声が信じられない。

 会いたいと願った人が来てくれたのだ。


 傷だらけのフィオナの体はほんの少し動かすだけでも激痛が走る。それも、だんだんと動かせなくなっている。


(お姿を見たいのに……)


 異様な喧騒に包まれている周囲の様子をどこか遠くに聞きながら、フィオナは自分の意識が閉ざされようとしているのを感じていた。


 そこに、自分を呼ぶ声が聞こえた。


「……フィオナ……フィオナ! しっかりしろ!」


「っう!」

 肩に受けた矢の矢羽が、切り取られたはずみで体が悲鳴をあげる。痛みのあまり、朦朧としていた意識がはっきりした。


 赤色と金色がグラデーションのように中間で混じる瞳。黒に縁取られた、神とも精霊とも讃えられる美しい顔がフィオナを心配そうに見つめている。

 このような容姿を持つ人は一人しかいない。


「……フリオニール様」

「あぁ。大丈夫……ではなさそうだな」


「……本当に?」

「信じられないか? お前が呼んだんだろう。俺を」


「…………」

「少し休んでいろ。痛まないようにしてやるから……」


 息をするのも苦しそうなフィオナに、フリオニールが労るように声をかけてくれる。


「待って……護衛たちは。逃がしてくれたの……。私のために、命を……かけてくれた……」


「あぁ大丈夫。皆、かすり傷程度だ。重傷なのは、お前だけだ」


「そう……よかった……。みんな無事で……」


 フィオナは安心したような微笑みを浮かべると、その言葉を最後にフリオニールの腕の中で意識を失った。



 襲われたとは思えない安心しきった穏やかな顔だった。

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