25. 儚い望み
「お嬢様、お目覚めですか?」
「……。う~ん。……マーサ?」
穏やかな声がする。自分を呼ぶ聞き慣れた声にうっすらと目を開けたフィオナは、あることに気が付くと、眠りの淵から一気に目が覚めた。
(そうだった。帰ってきたんだわ)
フリオニールの転移魔法で送ってもらったため、移動した記憶が曖昧だ。頭も体も王宮にいる感覚のまま。自分は今アルディにいるというのに。
王国最強の魔導士といわれるフリオニールの魔法を体験できたのだ。夢のような出来事といっていい。
(魔法って凄い。魔導士の方たちに冷静な方が多いのも頷けるわ。凄い能力をお持ちなんだもの。動じなくて当然よね)
魔法を操る魔導士には聡明な者が多い。魔力を持って生まれてくることは珍しく、また魔力を操る能力を身に付けるには、並外れた才能が必要になる。
(フリオニール様を見習って私も頑張らないと……)
胸に小さく残る痛みに蓋をし、ベッドから起き上がったフィオナはマーサに声をかけた。
「おはよう! マーサ。早くギードの森に出かけたいわ!」
…☆…☆…☆…
「エルは最高の馬ね!」
ギードの森に向かって駆けていく愛馬エルは、フィオナの気持ちが読めるようだ。いくつかある森へのルートの中から、フィオナが好んで選んでいた道を進んでいく。
「土や草、水の香りがする……自然の香り。……アルディの香りがする……。」
心地よい風を受けながら、父であるアルディ伯爵の様子を思い出す。
「お前が神殿に出かける度に大変なことが起きている。2度続いたのだ。心配するのも当然だろう……」
今回も何か起きるのではと心配されたため、いつもより多い護衛たちに付き添われている。
(本当、心配症なんだから……お父様ったら)
この長閑で牧歌的なアルディ領で危険なことなどあるはずないのに……。
そう考えていた時だ。
前方の右手にある林の中から、騎馬の男たちがこちらに向かって来るのが見えた。男たちの手には武器が握られている。野盗のような汚ならしい服装だが、握られている武器は立派な物だ。十人はいる……。
「えっ!」
初めてみる怪しい集団に戸惑いと驚きの声を上げたフィオナだったが、護衛たちの判断は素早かった。
「っ! お嬢様、逃げてください!」
「ここからだと、ギードの森が近い。エルの脚なら逃げ切れます」
「我々が食い止めますから。早く!」
「何を言っているの! あなたたちも逃げるのよ! 置いていくなんて……できない!」
「我々の仕事です。鍛えてますから大丈夫。ギードの森で会いましょう」
自分を安心させるためだと分かっている、その強気な言葉を聞くと、なおさら心配になる。
護衛の一人がエルの横腹を蹴ると、ギードの森への最短距離である丘を、エルはフィオナの意思を無視して駆け上がっていく。その道を塞ぐように護衛たちが散らばり、武器を構えるのが見えた。
「駄目よ……こんなこと!」
フィオナが側にいると護衛たちは戦いづらい。守りながら戦うことは難しいのだ。分かっている、分かっているけど……。たった三人で何ができるというのだろう。防ぎきれるはずがない……。
身を起こし後ろを振り向いた時だった。フィオナの頬を何かがかすめた。
「っ!」
続けて飛んできた矢が視界に入る。その矢を避けきれるはずもなく肩に激痛が走った。矢に貫かれた右肩が熱い。驚きと痛みでバランスを崩したフィオナは、馬から振り落とされた。
「っ! ……ううっ……」
地面に全身を打ちつけた衝撃で声も出ない。起き上がろうとしても体が思うように動かせず、全身を激痛が走る。
そんなフィオナの体を無情にも男が馬乗りになって押さえつけた。
「可哀想だが死んでもらうぜ、お嬢ちゃん。あんたを殺せば、たんまりと報酬が貰えるのさ」
胸に短剣が押し付けられている。目の前の男が力を入れれば終わりだ。
(……死んでしまうの、私。まだ何も返せていない。お父様にもお母様にも、王妃様にだって……)
「綺麗な顔をしてるからいけないんだぜ。覚悟はいいかい……」
全身を襲う痛みで意識が朦朧とする。殺される恐怖と霞んでいく視界。死ぬ前にもう一度……。
(会いたかった。……フリオニール様)
フィオナの瞳から涙がこぼれた。




