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24. アルディ領へ

「持っていくものがあれば部屋に寄っていくといい。王宮の門の外で待っている」


 一緒に執務室を出た二人だったが、フリオニールはさっと背を向けて歩きだした。


 レオンハルトの警護のため、王宮に残るというウォルスの提案を受け入れたフリオニールは、フィオナと二人でアルディ伯爵家に向かうというのにひどく素っ気ない。


(やっぱり避けられてる。私……)

 何となく感じていたことだ 。最近フィオナが落ち込んでいた理由でもある。



 でも、フィオナの心は先ほどより軽い。

 少々無茶なやり方ではあったが、実家での休暇を叶えてくれた王妃様には感謝の気持ちしかない。

 何より自分を大切に思ってくれていることが伝わってきて嬉しい。一貴族令嬢にすぎない自分を認めてくれる、王妃様や殿下の寛容さを見習わないと。……フィオナは自分を叱咤する。


 自分のために動いてくれたのだ。

 その好意を無駄にしては申し訳ない。



(アルディの家に帰ったら、新たな気持ちで王宮に戻ってきます。……アリシア様、ありがとうございます)



          …☆…☆…☆…



 侍女のクルルに事情を話し手早く荷物をまとめる。フィオナがいないのならと、クルルも休暇をとることにしたようだ。うさぎのストラスはというと、ウォルスと一緒に過ごすという。



 指定された待ち合わせ場所に向かったフィオナは、王宮の門をくぐると、門の警備を担当する衛兵からフリオニールの居場所を告げられた。


「門前で待たれていたのですが、人だかりができてしまいまして……仕方なく」


「えっ……倉庫に! なんてこと」


 恐縮しながら教えてくれた衛兵にとっても苦渋の選択だったのだろう。どこにいても目立ってしまう美貌の青年を匿うには、驚くほど不似合いな場所だった。


 物が雑多に置かれた狭くて薄暗い空間。掃除道具や布団、ランプや油など……多様な品々が納めてある倉庫の中で、青年はフィオナを待っていた。

 別段怒った様子を見せず「気にするな。慣れている」とだけ言って、フィオナを誘導していく。


「私がもっと早く来ていれば、窮屈な思いをしなくてすんだのに……。申し訳ありません」


 気にするなと言われても、やはり謝っておきたい。フィオナは、目を合わせようとしないフリオニールに話しかけた。


「慣れていると言ったろう。……そんなことより問題がある」


 フリオニールが立ち止まりフィオナを見下ろしてくる。赤から金へ移りゆくグラデーションの瞳に、自分の姿が映っている。


(見てくれるって……安心する)


 周囲の人たちに温かく見守られて育ったフィオナには、よそよそしい態度をとられた経験がない。身分的な違いがある領民たちでさえ、視線を逸らされたこともない。


 初めてだったのだ。フリオニールのように振る舞われたのは……。


(こうしてお話しできるだけで幸せだと思わなくちゃ。魔法でアルディまでなんて、みんなに自慢できちゃうくらい凄いことだもの……)


 「問題がある」という言葉を聞いているだろうフィオナが、嬉しそうに微笑んでいるのに気付き、フリオニールが怪訝そうに聞いてくる。


「……嬉しいのか?」

「ええ! みんなに自慢できると思うと嬉しくて」


「何を自慢するんだ?」

「魔法で移動するなんて、凄いことでしょう」


「……。嫌じゃないのか」

「……? アルディに一瞬で行けるなら何の問題もないわ」


 魔導士のなかでも、限られた人しか操れない高度な魔法を体験できるのだ。素晴らしいとしか言いようがない。


「遠慮は無用ということか……」


 そう言うと、フリオニールはフィオナの腰を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。フィオナの耳には、フリオニールの胸の鼓動が聞こえる。少し速い……でも規則正しい音……。


移動(トベ)




 浮遊と引力を合わせたような感覚。王家の神殿の時の浮遊感とは少し違う。意識していても、それは一瞬だった。


 フィオナの目の前には、アルディ伯爵家の玄関が見えている。帰ってきたのだ。大好きなアルディ領に。


 フリオニールの腕から飛び出すと、屋敷に向かってフィオナは駆け出した。


「ただいま~、みんな~!」


 扉が開くのを待っていられず、自分で開け玄関ホールに足を踏み入れる。何事かと、執事のシドや家政婦長のマーサ、伯爵家の使用人たちが続々と姿を見せる。


 驚いた表情をしているが、みんな元気そうだ。それもそうだろう。まだ1ヶ月しか経っていない。落ち込んでいたのは自分だけなのだ。


「ただいま」

 みんなに向けて改めて挨拶する。


「「お嬢様! どうされましたか? まさか……」」


「違うの! みんなが考えていることと……。お休みをいただいたの。明日の夜には王宮に戻るわ」


 フィオナの失敗を懸念する使用人たちと、使用人たちの考えを見抜くフィオナのチームプレーが見事だ。仲の良さがほのぼのと伝わってくる。


「フィオナ! どうしたんだい? 驚いたな」


 そこにアルディ伯爵が姿を見せた。使用人と同様に元気そうだが、心配そうな表情をしている。


「お休みをいただいのよ。お父様、心配しないで」

「……そうか。にしても突然だな」

「あっ、忘れてた! フリオニール様」


 フィオナは慌てて玄関扉に近寄ると、すっかり存在を忘れていたフリオニールに謝った。


「ごめんなさい、フリオニール様。お入りになって」


「いや、いい。……王宮で皆が待っている。明日の日が暮れる頃に迎えに来る。では、これで」


 フリオニールという名前に伯爵も使用人たちも慌てて出てくる。

 伯爵に向けられた挨拶を最後に、フリオニールが姿を消えすと名残惜しそうな声が上がる。


「お忙しい方なのよ。仕方がないじゃない」


「お嬢様! そんなことより、どうしてここにアルスカイザー様が? 迎えにくるとは、どういうことですか?」


 女性使用人たちがフィオナに詰め寄ってくる。フィオナも聞かれることは覚悟していたので、正直に話す。


「送ってもらったの。……転移の魔法で。一瞬だったわ」


「え~っ! 羨ましい!」

 悲鳴に近い声が上がる。



 アルディ家で過ごす夜は大いに盛り上がりそうだ。話の種もたくさんある。フィオナは、久しぶりに輝くような笑みを浮かべ、心が癒されていくのを感じていた。

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