22. 続 苦悩の狭間で
「聞きたいことはない?」
「呼んだのはレオンじゃないか。……俺は、何かあればと言っていたはずだが」
フリオニールに重ねて聞くといつもと変わらない調子で答える。
話そうとしないフリオニールを前にため息をはく。
このままでは平行線だ。ここは自分が折れるしかない。
「フィオナのことで聞きたいことがあるんじゃないかと思って……呼んだんだよ」
フリオニールの赤色と金色の瞳が揺らいだ。伏せることで視線を外しても、フリオニールの感情が乱れていることは分かる。恋愛経験が少ないことは認めるが、感情の機微には聡いつもりだ。
「フィオナには何もしていない。話していただけだ」
「……」
黙っているのは図星だったからだろう。
少しだけ心が軽くなった気がした。
「だから……」
「違う。そうではない、俺が気にしているのは……。少し……違うんだ」
フリオニールがレオンハルトの言葉に被せて否定する。
「今日はもう帰らせてくれ……。すまん、レオン」
そう言うと、扉に向かってフリオニールは歩き出した。「……許可する」と声をかけたものの、どこか腑に落ちないものを感じていた。
…☆…☆…☆…
フィオナに触れていないというレオンハルトの言葉は信用できるし、フリオニールを安心させた。だが満足できるものではなかった。
フリオニールが知るレオンハルトは、清廉で用心深いところがある。王太子らしく朗らかに万人に接するが、厳しい一面を覗かせる。
それは、本心を隠し腹を探り合う貴族社会に生きる者にとって必要な素養だ。王太子妃の座を狙っている令嬢たちに対してもそう。避けられず近寄らせずといった絶妙な距離感を常に計算していた。
それが、フィオナに対する態度からは微塵も感じられなかった。レオンハルトが気を許して女性に接するところを初めて見た。
幼なじみでずっと一緒に過ごしてきたからこそ分かる微かな違い……。フィオナの本性を探っているはずなのに。
その答えをフリオニールは恐れている……。
「レオンハルトのために」生きている自分の役割は、幼い頃から染み付いた習慣のように身に付いている。王国の象徴として、継がれていく存在であるレオンハルトが望めばフリオニールは諦めるしかない。今までがそうだったし、これからもそうだ。疑問を感じたこともない。
自分の振る舞いの意味をフィオナに告げた夕暮れのあの日。自分を好いてくれている気がして舞い上がった自分は、フィオナが人気の少ない場所を通りそうな時を狙って会いにいった。執務を抜け出した短い時間しかなかったが、それでも心が満たされるのに十分だった。
そんな時、良くないものしか視せない自分の魔の目が、意図せず働いたのは偶然だった。
本来の瞳の色である金ではなく、契約した時に変化した魔が宿る赤色の瞳が、フィオナの真の姿を視せたのだ。想いを込めた瞳でフィオナを見つめた時に。
フィオナは知っているのだろうか……。アルディ家の一族が森に歓迎される理由を。
アルディ家の者の隠された姿を初めて目にした自分は、一瞬で納得したのだ。森のことも、ウォルスとストラスのことも……。王太子であるレオンハルトなら知っている可能性もある。……否定しきれない。
レオンハルトはどうするつもりなのか……。
フリオニールは静観するしかなかった。
…☆…☆…☆…
「これが欲しいのね」
枝に生っている黄色の実をフィオナが指差すと、うさぎのストラスが首を縦に振る。すると薄茶の耳も一緒に揺れ、邪魔そうに手で払うような仕草を見せた。
「ふふっ……」
愛嬌たっぷりの可愛い仕草に心が癒される。笑みがこぼれるのも仕方ない。子うさぎストラスは、散歩する姿が可愛らしいと評判になっている。散歩する先は庭園。相変わらず植物集めには余念がない。
王宮内で有名になるにつれ、行動する範囲が広がったストラスと一緒に、フィオナは王宮の裏手にある果樹園に来ていた。
風が吹き抜け蜂蜜色の髪を揺らす。
ギードの森にはほど遠いが、果実をたわわに実らせ収穫を待っている木々の中にいると気持ちが安らぐ。木を育てる土の匂いが、王宮のなかであっても生命力を感じさせた。いい所だなと思う。
「ひとつでいい?」
フィオナが聞くと、ストラスが今度は首を横に振る。顔に耳が当たるようで少し不機嫌そうな表情だ。
(どうしてうさぎの姿になったのかしら? 今度聞いてみようっと)
ストラスが子うさぎの姿に不満をもらしたことはない。自分の責任として、選んだ姿をきちんと受け止めているようだ。悪魔なのに真面目である。
「じゃあ、ふたつ?」
ストラスが頷いた。
顔を綻ばせながらストラスを見ていた庭師のホルトが、枝から実をふたつ千切ると、辺りに爽やかな香りが漂った。気のいいお爺さんといった風情のホルトは、ストラスを通じて知り合った友達だ。
「はい、どうぞ」
収穫したばかりの実をフィオナに手渡してくれる。手のひらに収まるほどの艶々した果皮を持つ実だ。甘酸っぱい香りがする。
「ありがとう、ホルトさん。助かります」
お礼を言って頭を下げると驚いた顔をされた。好好爺然とした顔の目が見開かれている。
(そうだった……。王妃様にも注意されたんだった。相手の立場を考えなさいと)
「すいません……。つい癖で」
「いいえ。……フィオナお嬢様の善い所だと思いますよ。私たちも甘えさせてもらっていますから。気になさらずまた来てください。……あぁほら、お迎えが来たようですよ」
言葉に促され振り返ると、ウォルスがこちらに向かって来るのが見えた。嬉しそうに尻尾を振りながら歩いているので怖くない。ホルトさんも平気みたいだ。
「ウォルスさん! また来てくれたの」
「わふっ!」
そうだと言うようにウォルスが返事を返す。いつものように頭を撫でてあげると気持ち良さそうに目を細めた。
仕事に戻ると言うホルトを見送ると、ウォルスとストラスが人語で話し始める。
「王宮内だけで揃いそうだな」
「あぁ、何とかなるだろう」
ストラスの植物収集に意味があることは薄々気付いている。二人の会話が気になるフィオナだが、なかなか核心に触れてくれない。
「……?」
図書室でレオンハルトに見せた植物たちを自分なりに調べてみた。専門家でない自分だ。見た目から判断するのを早々に諦め、香りから調べてみた。
すると、葉や土臭さに紛れて薬っぽい香りがするのだ。飲んだことのある薬の匂い。苦そうな匂い……。
薬の材料をストラスは集めている。まるで薬師のようだ。今もらった黄色い実も材料のひとつだろう。どんな病気に効果があるのかまでは分からない。誰に使うのかも。
(本当は、フリオニール様に聞いてみたかったのだけど……。最近お忙しいみたいだし……)
二人きりで会えることが珍しかったのだ。フリオニールに無理をさせていたに違いない。令嬢に囲まれる姿を目にした際に、ふと視線が合うことはあるがすぐに逸らされてしまう。気まずい思いをさせてしまっているのかもしれない。
今日みたいに、ウォルスをフィオナの元に向かわせるのが、フリオニールの謝罪にも思えてくる。
二人の接点は、王国の秘密を知る仲間という点だけ。呼ばれない限り王宮で会うことは叶わない。
沈んだ気持ちを悟られないようにしないと……。
フィオナは気分を奮い起たせるように前を向くと、ウォルスとストラスを伴って果樹園を後にした。




