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21. 苦悩の狭間で

「……くそっ!」


 怒りにまかせて机を叩く。

 執務に必要な書類入れやペン立て、その他、雑多に置かれた魔法絡みの品々が嫌な音を立てる。


 図書室で目にした光景が信じられない……。




 本棚の前にレオンハルトの後ろ姿を見つけたフリオニールは、室内に入ろうとしたところを近衛騎士のディーンに止められた。


「いい雰囲気なので邪魔しないでくれ」と言われた時、レオンハルトが令嬢といるのだとすぐに理解した。図書室にいる令嬢はまずいない。興味を持つのも当然かと納得した。


 急ぎではなかったし、幼なじみのディーンと気安い会話をしながら待っていると、レオンが屈んでその令嬢にキスしたところを目撃した。


 名前を聞くまでは落ち着いていられたのだ。

 アルディ伯爵令嬢と聞くまでは……。


 ディーンは、フィオナが王太子妃候補と目されていることも、俺とフィオナがたまに合っていることが噂になっていることも教えてくれた。お前も大変だなと、よくわからないが労られたことまでは覚えている。


 ……それからのことはよく覚えていない。

 いつのまにか夢幻宮(むげんきゅう)の自室に戻ってきていた……。




(騙されていたのか? 俺の魔の目が視せたフィオナは、間違いだったのか?)


 見えない本性も隠された本心もフリオニールは全て見通せる。共に過ごした時間は短いが、嫌悪することなく会話ができる初めての女性だったフィオナに好意を抱いたのは自然の流れだと思う。


 少し前に気づいた、フィオナに惹かれる気持ちはすでに恋と呼べるほどになり、フィオナが見せる表情や仕草の全てを可愛いと思ってしまう自分は完全に恋する男だ。


 抑えきれない感情が込み上げてくる……。

 胸が痛くて苦しくて、潰されそうだ。


(レオンが……もしも、気に入っているのなら、俺はどうすればいいんだ。ファブールのために……諦めるしかないのか……)


 「国を想う強さは王国一」と言われるアルスカイザー侯爵家だ。

 その家に生まれ次期当主となる魔導士として、自分の感情よりも国のことを優先するのは当然のことだった。子どもの頃から王国のために悪魔と契約し、命を削っているフリオニールは、己の人生を、全てを国に捧げているといってもいい。


(俺には贅沢な望みなのか……)



          …☆…☆…☆…



 図書室から執務室に戻ったレオンハルトは、大きくため息をついた。


「……? どうしたんですか。楽しそうじゃないですね」

 図書室で一緒だった近衛騎士のディーンが能天気に言う。


(お前は気楽でいいな。私は、フリオニールがどうなるのか怖い……)


 冷静で感情を揺らさないフリオニールが、本気で怒ったところを見たことがないから想像できない。


 図書室でのフィオナと自分のことを確認するため、本人を呼び出しているこの時間は落ち着かないものだ。時には国の重鎮を相手に意見することもある自分にとっても。


(フリオは、フィオナのことを……好きだよな。たぶん……)


 勘違いしたであろうフリオニールが言い残していった「邪魔だろうから」という言葉に、皮肉が込められているのをレオンハルトは感じたのだ……。長い付き合いだ。それくらいは分かる。



「でも、安心しました。殿下にも心を許せる女性が現れてくれたようで」


「……。だから、さっきのは違うと言っているだろう。見間違いだ。み・ま・ち・が・い」


「またまた~。フリオニールを使って令嬢と連絡を取り合っているんでしょう。ウォルスとストラスが通じてるのを利用して。上手いですよね」


 ディーンも王国の秘密を知る一人だ。クーザー侯爵家の嫡子で、将来は将軍の地位が約束されている。

 フリオニールと宰相の息子ジークフリートを合わせた3人は王国の秘密を共有する同士。レオンハルトを含めた4人は幼なじみである。


 その幼なじみの口から、とんでもない話が飛び出してきた。


「えっ、連絡をとり合っている? 私とフィオナが。……フリオニールを使って」


 初めて聞く話に、レオンハルトは執務机から身を乗り出した。


「本当……とぼけるのが上手いですよね、殿下は」


「断じてとぼけていない! 何だって? 連絡をとりあっていると?」


「人気の少ない回廊とか庭なんかで、二人が会話しているのが噂になっているんですよ。挨拶程度の短い時間らしいんですが……。あまりにも短いんで、殿下の伝言をフリオニールが届けているらしいと……」


 どう転んだらそんな話になるのか……レオンハルトは絶句する。


「王妃様付きの令嬢なんで、『王太子妃候補』と噂されていることも理由の一つだと思いますよ」


「噂とは恐ろしいものだな……。ディーン」


 王太子妃候補と目されることはあり得る。レオンハルトもそこは気付いていた。

 フィオナを呼び寄せてほしいと頼んだ時の、母である王妃の喜び様が凄かったから。否定はしておいたが、王妃の心の中の期待は薄れていない……と思う。


「まぁ、噂の主役を務めるのも我々の仕事ですからねぇ、仕方ないんじゃないですか」


「お前のその前向きなところは尊敬に値するよ……」



 そう呟いた時だ。入室の可否を尋ねるフリオニールの落ち着いた声が聞こえた。


「入れ」


 先伸ばしにしては余計に拗れるだけだ。覚悟を決めて話をするしかないだろう。レオンハルトはフリオニールを招き入れた。


「お呼びですか、殿下」


 フリオニールの落ち着き過ぎる態度に怒りが伝わってくる。


「ディーンから聞いた。用件があったんじゃないのか」


 ギクリとしたディーンが目の端に入る。フリオニールのただならぬ雰囲気に気付いた途端、自分の名前が出されて驚いたのだろう。


(すまん……。ディーン)


 フリオニールの隣にいるウォルスはいつもと同じだ。やはり助けてくれる気配はない。自分で何とかしろと目が伝えてくる。


(お前だけが頼りだ……。ディーン)


「……夢幻宮(むげんきゅう)に戻ってもいいかと確認に行っただけです。私に任された仕事もありますので」


「そうか……。他に聞きたいことはあるか?」


(ディーン、……口を開け。何とか言え!)


 フリオニールとの冷えきった会話に「お前も混じれ」と目で訴えかけるが、ディーンは視線をさ迷わせた末に、とんでもないことを言った。


「あっ、そうでした! おれも仕事で呼ばれてたんでした……。では、失礼します!」


(ディーン、お前の仕事は私の護衛だろ! 放棄してどうする……)


 執務室を出ていくディーンを内心でツッコミながら見送ったレオンハルトは、仕方ないと自分から話を振ることにした。

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