20. すれ違う予感
(文字ばかりだとさっぱりだわ……。やっぱり挿絵がある方がいいわね……。どれがそうかしら)
王宮に滞在して2週間が経ったある日、フィオナは智泉宮の端にある図書室に来ていた。
夕暮れ時の庭園でフリオニールと話をして以来、フィオナは本来の自分を取り戻したような清々しい毎日を過ごしている。
王宮内の人が少ない場所にフィオナが通りかかると、たまにフリオニールが待ってくれているのだ。そこで短い会話を交わす。
王太子の側近として忙しい毎日を送るフリオニールが、フィオナと会える時間を作れるのは多分、二体の悪魔、ウォルスとストラスのお陰だと思う。
フリオニールが別れ際に言う「またな」という言い方は素っ気ない。でも、「また」という言葉にフィオナは期待するのだ。それに……フリオニールの瞳に熱を感じるようになったのは、いつからだったろう……。
(…………。何を思い出しているの! 集中よ、集中!)
応援してくれている風な悪魔たちのお手伝いをしようと、今日は図書室に来ているのだ。フリオニールとの時間を思い出してどうするの、とフィオナは気合いを入れる。
今探しているのは植物図鑑。
子うさぎストラスのお土産について調べようと思ったのである。
フィオナ付きの侍女クルルのお陰で「うさぎのストラス」の存在が広く認知されたのを良いことに、ストラスは一羽きりでよく散歩にでかける。
王宮内をピョンピョン移動していても特に咎められることはなく、愛らしさに近寄ってきた人間からは素早く逃げ切れるので問題ない、とストラスは言う。
そのストラスが散歩から帰ってくると、フィオナに植物を必ずくれるのだ。子うさぎの口で運べるほんの少しの葉や茎らしきものを。
プレゼントに思えて、嬉しい気持ちで受け取っていたフィオナだったが、どうやら違ったらしい。ストラスが「それを天日で干しといてくれ」と言った時に間違いに気付いた。
何の意味があるのだろうかと、手がかりとなる干からびた元植物を持参して図書室に来てみたのだが……。
「調べるのに時間がかかりそうね。これを……借りていこうかしら」
「何を借りていくんだい」
背後から聞き覚えのある声に話しかけられた。王太子のレオンハルトだ。
「っ! ……殿下。脅かさないでください……」
フィオナは振り返り、本棚を背にしてレオンハルトを見上げる。執務の途中なのか、ロイヤルブルーの正装をかっちりと着こなした王太子はとても凛々しく見える。
ウォルスから「お前」と呼ばれているとは、とても想像できない。2週間前に見た、王太子レオンハルトの情けない姿を思い出すと、自然と笑みがこぼれた。
「元気そうだね。行儀見習い、うまくいってるみたいじゃないか」
「はい。アリシア様にはよくしていただいています……」
本が傷まないよう光量を調節している図書室は薄暗い。上から覗きこまれるようにされると、二人きりのようで落ち着かない。
「脅かしたつもりはないんだけどね。さっきから後ろにいたのに、気がつかなかった?」
「そうでしたか。申し訳ありません……」
「で、何の本を探していたの?」
「植物の本を……。そうだ、殿下はこれが、何の植物かお分かりになりますか?」
そう言って、フィオナは自分の目の高さに、干からびた植物たちが入った手のひらほどの大きさの箱を持ち上げる。
「……なに、これ? 植物……だった?」
しばらく箱を覗きこんでいたレオンハルトが素直な感想を述べる。
「触ってもいい?」
「どうぞ……」
不可解な表情で中身を確認しながら、うーんと首をひねっている。やはり植物名まで辿り着くのは難しそうだ
「せめて、干からびる前だったらねぇ~。何とかなったかも」
「そうですよね。……すいません。何とか調べてみます。ありがとうございました」
「こういうのは魔導士が得意だと思うよ。薬草とか扱うし……。フリオニールに聞いてみたらどう?」
「フリオニール様に? でも、お忙しいのでは……」
「少しくらいなら問題ないよ。今だって、私は図書室で休憩してるわけだし。頼めば何とかしてくれるさ」
「そう……ですか。では聞いてみます。この本を借りていっても大丈夫でしょうか?」
レオンハルトが頷いてみせると、フィオナは箱をしまい重そうな本を胸に抱えて図書室を出て行った。
「何なんだろうね。あの物体は……。私も聞いてみたいよ」
フィオナの姿が図書室から消え、レオンハルトがため息混じりに呟いた時だった。
「殿下、やりますね~」
図書室の扉の前で、遠巻きにレオンハルトを護衛していた近衛の騎士ディーンが、からかいを含んだ様子で話しかけてきた。
「……? 何が」
「何って……キスしてたでしょう! フィオナ嬢と」
「えっ!」
「フリオニールが殿下を呼びに来たんですが、邪魔だろうからと帰りました。夢幻宮の自分の部屋で待ってると言ってましたよ」
「嘘だろう……」
目の前の騎士に「キスしているように見えた」のなら、同じ場所から自分たちを見たフリオニールも、そう見えたはずだ。誤解しているのは間違いない。
レオンハルトは、これから先のことを思うと頭が痛くなった。未来のことは想像したくない……。
ウォルス、お前の力で何とかしてくれ……。頼む!




