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16. フィオナの戸惑い

 睡眠を十分に取った体が軽く感じる。何かが起こるかもしれない期待感が、さらにフィオナの気分を高揚させているようだ。


 カーテンが閉められた部屋は薄暗いが、布越しに明るい光の気配。朝が来たのだ。

 フィオナはベッドから抜け出し大きく伸びをすると、長椅子に掛けてあったガウンを羽織った。


 顔を洗う洗面道具を探そうと周囲を見回した時、ある一点で目が止まる。


「……あれ? ストラスさん。どうしたの……?」


 部屋の隅に置かれたクルル特製のストラス専用籠ベッドから、ストラスが顔を覗かせている。

 せっかく用意してくれた子うさぎに似合いの可愛らしいそれに、昨日は見向きもしなかったストラスが入っていたのだ。


「……。なかなかの使い心地だった」


「あんまり可愛らしいから照れていたのね。うふふ……。クルルにお礼を言っとくわ!」


「あぁ。頼む……」





 そんなこんなで気分のいい朝の時間を過ごし、フィオナはクルルを伴って、指定された時間に王妃の間へ向かっていた時のこと。


 どこからか悲鳴ともとれる歓声が聞こえてきた。


「向こうに、アルスカイザー様がいらっしゃるようですね。……あの、狼を連れている魔導士様です」


 クルルの説明にフィオナはドキッとする。


「アルスカイザー様、……魔導士長のご子息のフリオニール様は、女性にとても人気がおありになって、毎日たくさんの令嬢方に囲まれているんです。お美しい方ですから……。まさに王宮の名物って感じです」


 王宮のことを色々教えてくれと言った手前、フィオナにクルルを止める権利はない。噂で聞いていた通りの状況に唖然とするばかりだ。

 確かに、令嬢たちの壁の向こうにフリオニールの黒い頭が見えている。少し前屈みになって令嬢たちと話しているようだ。


 ここからでは表情までは分からない。けど……。


 アルディで一緒に過ごした時間を特別に感じていた浅はかな自分が恥ずかしくなる。フリオニールにしてみれば、自分は数多くいる女性の中の一人にすぎないのに。厳しい現実を突きつけられたようだ。


 しかし、会いたいと望んだ人がすぐ近くにいるこの場所をすぐに立ち去る気分にはなれず、フィオナは立ち止まり、フリオニールと令嬢たちの様子を複雑な心境で眺めていると、フリオニールの顔がこちらに向けられた。


 フィオナの姿を認めたフリオニールの双眸が明らかに見開かれ、真っ直ぐにフィオナを見つめてくる。でも令嬢に話しかけられたのだろう。フリオニールの方から視線を逸らされてしまった。


 約束の時間に遅れるからと、クルルに促されるようにその場を後にしたフィオナは王妃の間に向かう。その間、豪華な王宮を演出する彫刻や絵画、庭園の美しさがフィオナの目を楽しませることはなく、令嬢に囲まれるフリオニールの姿が脳裏にちらついて仕方なかった。



          …☆…☆…☆…



「ようやく会えたね、フィオナ。気楽にしてくれて構わないよ。人払いはしてあるからね」


 ここは王国の政治を司る智泉宮(ちせんきゅう)の一室、王太子の執務室である。


 アリシア王妃との時間を予定通り済ませ、静生宮(じょうせいきゅう)の部屋に戻ろうとしたフィオナに王妃が告げてきたのだ。「すぐにレオンハルトのところに行ってらっしゃい」と。


 伯爵家でフリオニールが言っていた「俺の問題だけではない」という言葉からも、王国の中枢に関わる問題なのだと理解していたフィオナである。こうなることは予め分かっていたから、落ち着いて挨拶も済ませたのだが……。



 気さくな態度で声をかけてくるレオンハルト王太子の笑顔が眩しい。華やかな歓迎ぶりを見せる王太子のレオンハルトと、表情の薄いフリオニールが並ぶとまるで光と影。フリオニールの笑顔を見たことがあるフィオナは、少し寂しい気持ちでいる。


(フリオニール様に会えて嬉しい。……でも私のこと何とも思っていないのね……)


 朗らかな王太子と比べてフリオニールは難しい顔をしている。よそよそしい態度で振る舞われては、さすがにフィオナも落ち込む。

 若い男性と話した経験が少ないフィオナは、それだけで舞い上がっていた自分の浅はかさを深く反省する。


(アルスカイザー様は、毎日たくさんの令嬢たちに囲まれているって、クルルも言っていたじゃない……。私なんて眼中になくて当たり前よね)


 先ほど目にした、フリオニールを巡る令嬢たちの光景を思い出す。

(私ったら。……何を期待していたの……)

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