15. 新たな出会い
女性らしい柔らかな色合いの中に、金の装飾がそこかしこに施される豪華な部屋に通されたフィオナは、緊張していた。
目の前にはソファーにゆったりと腰掛ける女性がいる。
金髪を結い上げ、美しいからこそ着こなせるシンプルなドレスを身にまとう優雅な女性は、ファブール王国王妃、アリシア・サーザ・ファブール。フイオナを少々強引に王宮に呼び寄せた人物である。
23歳の息子がいるとは思えない若々しい面差しに笑顔を浮かべ、フィオナに話しかけてくる。
「……可愛らしいお嬢様だこと。実は、レオンハルトの頼みだったのよ。あなたをこちらに呼んだのは。どのような娘さんかと思ったら、おほほっ」
挨拶を無事に済ませ、初めて対面する王族のゆるゆるとした雰囲気に緊張がゆるんでいく。高貴すぎる人は心に余裕があるようだ……。
「……そうなのですか? では王妃様付きの行儀見習いというのは?」
「それは本当、明日からお願いするわ」
「具体的には何をすればいいんでしょう? こういうことには不慣れで……申し訳ありません」
自分の欠点を素直に明かすフィオナに、アリシア王妃は満足気に頷いてみせる。
「いいのですよ。ここで学ぶのが目的なのですから。あなたの仕事は、私の予定が空いている日の午前中に、私とこうやって過ごすことよ。午後は自分のために使いなさい」
ほっとした様子のフィオナに王妃は続けて言った。
「楽しいことばかりではなくてよ。時間は有意義に使うものですからね。では……フィオナ、また明日」
分からないことは女官長に尋ねなさいと言い残して、王妃はフィオナに退室を許可した。
王妃の間の扉の外では、心配そうな表情でウィルフレッドが待っていた。
「どうだった? 失礼なことはしていないか?」
「……。明日の午前中から、王妃様と過ごすことになったわ。失礼な態度だったら断られてたかもしれないけど……」
兄の失礼な発言にフィオナが不機嫌に答える。それでもウィルフレッドは、面会が無事に済んだことに安心したようだ。いつものようなキラキラとした端正な表情に戻っている。
その時、フィオナと一緒に王妃の間から退室していた女官長が二人に声をかけてきた。
「ウィルフレッド様、フィオナ様、少しよろしいですか? 今後のことを説明させていただいても……」
「はい、よろしくお願いします……」
兄妹揃って姿勢を正す。ここは王宮なのだ。気を許してはいけない。
「フィオナ様は、明日から王妃様付きの行儀見習いとして、王妃様のお部屋に通ってもらいます。始まる時間などは日によって違いますので、フィオナ様のお世話をする侍女を通して知らせましょう。……こちらの侍女に担当させます」
女官長に促され、フィオナより年下と思われる小柄な少女がフィオナの前に進み出てきた。
「クルルと申します。よっ、よろしくお願いしますっ」
濃いブラウンの髪を後ろできっちりと纏め、黒いお仕着せに身を包んでいる。ソバカスが浮いた面差しが可愛らしい。顔が赤くなっているのは緊張しているせいだろうか……。
気の合いそうな人が担当になってくれて良かったと安堵するフィオナも、クルルに声をかけた。
「こちらこそ、よろしくね。クルル。王宮でのこと色々と教えてちょうだいね」
「フィオナの世話は大変だと思うが……よろしく頼む」
フィオナだけでなく、ウィルフレッドにも声をかけられたクルルは真っ赤になった。どうやら顔が赤いのは、ウィルフレッドが原因らしい。クルルの少女らしい反応にフィオナは嬉しくなる。
「では女官長様、明日からよろしくお願いします」
楽し気でありながら、きちんとした礼をしてみせたフィオナに目を瞠った女官長は「楽しみにしていますよ」と一言だけ声を掛け、3人を見送ってくれた。
仕事に戻るウィルフレッドと別れたフィオナは、クルルに案内されながら与えられた部屋に戻ってきたのだが……。大切なことを聞き忘れていた。
「そうだった! クルル、動物は好き?」
「小さいものは好きです……」
フィオナからの突然の質問におそるおそる答えたクルルに、ベッドの上にいたストラスを紹介する。
「じゃあ、うさぎは大丈夫? 小さくて大人しいのよ。この子のお世話もお願いしたいの。いいかしら?」
「はい、大丈夫です。お任せください。……魔導士様が連れている狼ぐらい大きいと、さすがに無理でしたが……。フィオナ様はご覧になったことがありますか? 王宮では有名なんですよ」
王宮でというより、国中でも有名だと思う。
(えっ! もしかしてウォルスのこと。怖くないと言ったら呆れられてしまうのかしら……。フサフサの毛が気持ちいいのに)
クルルでさえ怖がっているのだ。貴族令嬢の対応が想像できてしまう。フィオナとしてはウォルスに会いたいし、主であるフリオニールにも会いたい……。
会えないかもしれないと一度は考えた。でもこうして悪魔ストラスを伴って王宮に来たのだ。会えることは間違いない……。会えたら、どうなるの? 話しかけてくれるの?
フリオニールの美しい姿を思い出してしまったフィオナは、ストラスをクルルに見せた状態のまま固まっている。そのフィオナの顔が、だんだんと赤らんでいくのが、クルルの目に映った。
「どうされましたか? お顔が赤いように見えます。お疲れのようなら、お休みになりますか?」
「えっええ、……そうするわ。ありがとう、クルル……」
思いがけず早めに休むこととなったフィオナは、軽い食事を摂るとベッドに入った。辺境からの移動や初めて会う人たちの対応で、体も心も予想以上に疲れていたらしい。王宮滞在1日目だ。焦ることもないだろう。
フィオナは瞼が重くなるのに任せて自然と目を閉じた。
日が落ちて辺りが暗闇に沈んだ頃、フィオナの部屋に銀色の狼が現れた。ベッドに歩み寄ると、フィオナの枕の側で蹲っている子うさぎを鼻先でつつく。
「……起きているのだろうストラス。ようやく来たか」
ウォルスがフィオナを気遣って声を潜めて話す。
「バアッサーガか。……どうした」
「どうした、じゃない。来い……」
ウォルスがストラスの小さな体を慎重に咥える。柔らかいうさぎの体は頼りなく、大きな狼の口にすっぽりと収まってしまいそうだ。
ウォルスは部屋を横切ると、部屋の隅に置いてあった籠にストラスを降ろす。銀狼の不可解な行動にストラスは困惑を隠せない。
「……なんだ。話なら明日でもいいだろう。時間はあるぞ」
「分かっている。お前の言う通り、話は明日する。……今日はここで寝ろ」
「……。なんだ、嫉妬か」
「うるさい! ではストラス、動くなよ」
深い眠りについているフィオナは気が付かなかった。部屋の片隅で、うさぎと狼が言い合っているのを。また、銀狼が「猫にしておけば、ベッドに入れたのに」と後悔していたのにも気付かなかった。




