14. 王都へ
「うん、さすが王都って感じ。賑わっているわね~」
馬車の中から街並みを見ていたフィオナは、感嘆しながらつぶやいた。3日の道のりでやって来た疲れが吹き飛ぶほど、王都は住み慣れた伯爵領とは趣が全く違う。
「アルディにも可愛いお店はたくさんあったけど。ここは大きくて豪華って感じのお店が多いのね。人の数も……凄いわ。ぶつからずに歩けるかしら……」
ファブール王国の王都サーランドは、王国の中央に位置している。政治、経済、学問の中心地であり、辺境のアルディ伯爵領と比べるには無理がありすぎる。しかし伯爵領から初めて出てきたフィオナにしてみれば、対象が限られてしまうのは仕方がない。
王都サーランドは、王宮や大聖堂を取り巻くように緑地が広がり、優美な建物群と自然が調和した美しい街並みが印象的だ。
王宮に近い緑地側には貴族の邸宅が建ち並び、対して大聖堂側は、平民の屋敷や商店などが並ぶ賑やかな商業地となっている。資源豊かな国土を誇る裕福なファブール王国の王都らしい、壮麗さと活気さを併せ持つ都である。
王都を目にすることなどなかったであろう自分の人生が、最近変わろうとしている。アルディ伯爵領で、屋敷とギードの森を往復するだけの毎日を過ごしていた自分とは大違いだ。
(行儀見習いって……私でも勤まることなのかしら? でも王妃様直々にお願いされては断れないわよね。それに……)
馬車の窓から、自分の膝の上で寛ぐ、ふわふわの薄茶の毛にくりっとした黒い瞳の子うさぎに視線を移す。
(悪魔もふわふわの毛皮が好きなのかしら?)
フリオニールと恥ずかしい出会いをした次の日、禁止されなかったことを良いことに、再び王家の神殿に出掛けたフィオナは石碑の前で見つけたのだ。この可愛らしい子うさぎを……。
ギードの森ではたまに迷い込んできた小動物を見かけることはあるが、王家の神殿で動物に会えることはない。珍しいなと思い近づいてみると、声をかけてきたから驚いた。
「待ってたぞフィオナ。私を王宮に連れてってくれ」
「えっ! あなたを王宮に? ど、どうやって? あ、あなたも悪魔なの?」
銀狼のウォルスのことがある。悪魔であることにすぐに気がついた。ただ、ウォルスのような低音の声が子うさぎらしくなく残念だ。見た目とギャップがありすぎる……。気を取り直してフィオナが尋ねると、子うさぎが言ったのだ。
「すぐに分かる。王宮に向けて明日の朝には出発だ。私は悪魔のストラス。よろしく頼むぞ」
それからストラスと一緒に屋敷に帰ってみれば、フリオニールが訪れた時のように屋敷中がソワソワした雰囲気に包まれていた。
ストラスが言った通り、王宮に行くことが決まっていたのだ。
近日中に行儀見習いとして王宮に来るようにと書かれていた王妃様直々の書状には、衣装や身の回りのものは準備しておくから、できるだけ早く着くようにと厳命されていた。さらに「癒しとなる動物や手習いの道具を持ってきてもよいですよ」と書かれてあった。
ストラスを連れていくことに意味があるのだと、すぐに納得したフィオナと違い、父であるアルディ伯爵はひどく動揺していた。「やはりフリオニール様を怒らせてしまったのでは」「いや、オーウェン様からの謝罪をいただいているし」と繰り返しつぶやいていた。
やはり、年頃の娘に期待することはないようだ……。
父にしてみれば心配するのも頷ける。秘密を知ることがなければフィオナは王宮に行くこともなく、アルディ伯爵領の近隣に領地を構える貴族の子息と結婚し、慎ましく人生を終える予定だった。
王妃様付きの行儀見習いのように貴族令嬢としての華々しい役目を受けることなど目から鱗の出来事だったのだろう。
それでも王妃からの命令では断れない。すぐに王宮へ向けて出立する準備を整えてくれたところは、さすが有能な領主らしい判断といえよう。快くとはいかなかったが、フィオナを送り出してくれた。
(落ち着いたら手紙を送らなきゃ……。安心させてあげたいもの。でも私だって不安だわ。本当……お兄様が王宮にいてくれて良かった)
王都には、王宮に出仕している兄のウィルフレッドがいる。他に知り合いと呼べる人は魔導士のフリオニールだけだ。話したことがあるだけで、国中の憧れの人には頼れないだろうことは想像できる。
(自分で何とかするしかないのよね。覚えることがたくさんありそうで大変そう……。挨拶だけは間違えないようにしないと)
そう考えているうちに、塀に囲まれた王宮の門に着いたようだ。馬車が止まり、衛兵と御者が話す声が聞こえる。
「アルディ伯爵令嬢、フィオナ様ですか?」
「えぇ」
衛兵に馬車の窓から顔を確認されると「伺っておりますよ」とすぐに了承され、馬車は王宮の奥まった方に誘導されていく。
いくつかの宮で構成された王宮の中で、出仕している貴族たちが居住する静生宮と呼ばれる宮の玄関に到着すると、兄のウィルフレッドの姿が見えた。フィオナの到着を聞いて出迎えてくれたのだろう。
久しぶりに見る兄の端正な姿に不安な気持ちが和らいだフィオナは、馬車の扉を開けてくれた御者へかける言葉もそこそこに、ウィルフレッドに抱きついた。
「お兄様! 元気だった?」
「フィオナこそ、元気だったか?」
もちろんよ、と答えながら兄の腕の中を堪能する。自分が王宮にいることを忘れてしまいそうだ。でも今だけは許されるだろう。
「しばらく見ないうちに綺麗になったな……。王妃様付の行儀見習いは光栄なことだけど、父上がよく許したと思うよ」
「私も驚いているわ。けど……あっ! 忘れてた」
子うさぎを馬車に残してきている。持ってきた荷物は御者が降ろしてくれるが、うさぎは? どうだろうか……。
ウィルフレッドの腕の中から抜け出し、振り返ろうとしたフィオナの肩に何かが触れた。この重さは子うさぎのストラスだ。数日の間にすっかり慣らされてしまったそれに思わず苦笑する。ウィルフレッドから離れるタイミングを狙っていたのだろう。凄いジャンプ力だ。
「ごめんなさい。あなたの存在をすっかり忘れていたわ」
肩にいるストラスの頭をなでながら、フィオナがストラスに声をかけていると、ウィルフレッドが躊躇いがちに言った。
「うさぎを連れてきたのか? 行儀見習いに。大丈夫なのか?」
「許可は頂いているので大丈夫よ。子うさぎとはお知らせしていないけど、動物を連れてきてもいいって言われているの」
「……そうか。なら問題ないか」
ウィルフレッドもフィオナが問題を起こさないか心配なようだ。フィオナにしてみれば失礼な話である。フィオナもそこは自覚しているので聞き流すことにした。
「それで、これからどうすればいいの?」
「あぁ、すまない。お前の部屋に案内しよう。身支度を終えたら、王妃様に挨拶に行く予定だ。…………荷物が少ないな。これだけか?」
2つの鞄しかないフィオナの荷物を使用人に預け、案内するウィルフレッドが不思議そうに聞いてくる。
「えぇ……。王宮で用意するから、急いで来てほしいって。とにかくスピードが大事なのね」
「…………」
気にする様子を見せないフィオナに、ウィルフレッドは頭が痛い。王太子の側近である魔導士のフリオニールが、アルディ伯爵家を訪れたことは父から聞いている。一体、何が起こっているのだろう。
(まさかの、まさかということもありえるのか? ……フィオナ、お前が心配だよ……)




