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13.王宮にて: 明確な理由と強引な手法

「欠片がなくなることが、お前には分かっていたということか? それも……今日。なぜなのだ?」


「ここで言っていいのか?」

 片膝をついたことで間近になったフリオニールの顔に寄せて、ウォルスが声を潜めて聞いてくる。


「 ……どういうことだ」


「みんなの前で言ってもいいのかと聞いている。フィオナにも関係があるのだが……」


 フィオナの手の感触を思い出したのだろうか……。精悍な狼の顔がにやけている。


「……フィオナに? そういえば令嬢に会ってからのお前の言動には含みがあったな……。悪いことか? これ以上アルディ家には迷惑をかけたくないのだが」


「国のためになることだ。いずれ分かる。それから、ストラスが来る」


「ストラス……?」

 フィオナに関係すると言われて気にはなるが、今は触れられたくない話題だ。初めて聞く名前らしきそれに、フリオニールは意識を向ける。


「俺が魔界から連れてきた悪魔だ。ファブールに必要な奴だから今日呼びに行った。近いうちに王宮に来るだろう。フィオナとともに」


「フィオナとともに!」


 新たな悪魔が来ることは驚きだ。しかし、フィオナとともに王宮に来ることの方が衝撃だった。


「あぁ。ストラスに目を付けられたようだ」




「……どうした? こちらにも聞かせてほしいんだけど」

 フリオニールとウォルスのコソコソしたやり取りを見ていたレオンハルトが、しびれを切らして聞いてきた。


 フィオナの名前が出てきたことで困惑の表情をうかべていたフリオニールだったが、レオンハルトの前で見せるわけにはいかない。さっと立ち上がると表情を引き締めて告げた。


「もう一体、ストラスという悪魔が来ると。ファブールのために、呼ぶ必要があったそうです」


「では、その悪魔を呼び寄せるのが、今日というタイミングだったのか? ファブールに何が起こるのだ?」


 レオンハルトが、フリオニールとウォルスを見比べながら聞いてきた。懸念していた国の安寧に関わることだ。朗らかな態度から、国の未来を預かる王太子らしい真摯な態度に変わる。


「殿下の問いに答えろ、ウォルス」


「未来のことだ、知らん方がいい。……詳しくは言えんが、ファブールにこれから起こる問題をそいつが解決してくれる。人の手伝いを要するが心配は無用だ」


 不明なことが多いが、ウォルスからレオンハルトへの答えとしては十分だ。解決する手立てがあるのなら安心できる。確実に起こる事態の備えとしては心強い。


「……よし、分かった。今はその答えで満足するしかなさそうだな。手伝うことは問題ない。協力しよう。……で、いつ来るんだ。そのストラスという悪魔は?」


「近いうちに来る。フィオナと一緒にな」


「……フィオナとは?」


 レオンハルトにしてみれば突然出てきた名前だ。せめて家名を付けてくれればいいものを……と、フリオニールが説明する。


「アルディ家の令嬢です。神殿の地下で秘密を聞かれた……」


「あ―、なるほど……。そういえば、フリオの様子もおかしかったんだ! その令嬢が原因?」


「とにかく、その令嬢が悪魔を王宮に連れてくるそうです」


 フリオニールが強く言い切ると、レオンハルトは「ふーん」と一応は頷いてみせた。しかし、その目は細められている。オーウェンも探るような目を向けてきたが、王太子が納得した様子を見せたので、不要とばかりにフリオニールに声をかけた。


「私からも、アルディ伯爵に令嬢を巻き込んでしまったことを詫びておこう。それと、王宮に令嬢を呼び寄せる理由がいるだろう? ……伯爵は神殿の地下で悪魔召喚が行われていることを知らない……、令嬢には悪魔を王宮に連れて行く理由が必要だ」


「そうですね」とフリオニールが同意する。


「……それから、秘密を知られた令嬢には用心しておけ。お前に関わる秘密となれば利用されるかもしれん。お前が一番分かっているだろう、よいな」


 言い聞かせるようにオーウェンが告げると、レオンハルトが重ねて言う。


「そうだね。令嬢のことは大いに心配だ。なんてったってフリオは、王太子である私より令嬢たちの理想の結婚相手ランキングは上だからね。貪欲に狙ってくるかもしれない。この夢幻宮(むげんきゅう)から出たら、また令嬢たちが寄ってくるんだろうね」


 レオンハルト王太子も輝く金髪に空のような澄んだ瞳を持ち、長身ですっきりとした体躯の美丈夫だ。しかし所詮人間である。令嬢の人気ランキングでは、妖しい魅力を振りまくフリオニールに比べると人気は下だ。


 令嬢にとって、王太子妃、未来の王妃という地位は重すぎるのかもしれない。侯爵夫人くらいがちょうどいいのだろう。


 そのレオンハルトが「いいことを思いついた」という仕草で提案してきた。


「そうだ! そのアルディ伯爵令嬢を王宮で預かろうじゃないか。行儀見習いという名目で。行儀見習いの令嬢は他にもたくさんいるし、近くで監視できていいだろう」


「それこそ、秘密をもらされる危険が高まるのでは? 令嬢と競う必要もなく貴族同士の交流が少ない辺境で過ごせているからこそ、心配がないのです」


「もらされる可能性があるなら早めに決着をつけた方が楽だろう。ここで過ごさせる方が本性が出やすい」


 レオンハルトはフリオニールの意見を退け、聞く耳を持たない。


「それに……話してみたいよ、その令嬢と。会わせたくないのはどういう理由? 垢抜けない野暮ったい娘なのかな? それとも性格の悪い……とびっきりの美人とか」


 フィオナのことを聞かれたフリオニールは、慎重に言葉を選びながら答えた。


「……伯爵家の役目をわきまえている正直な娘です……」


「フィオナは、悪魔と知っていて俺の毛皮をなでまわす、怖い物知らずの娘だ。人間だが美しい。フリオニールの周りにはいないタイプだな…」


 返事に詰まったフリオニールに代わってウォルスが答える。ますます気まずい表情を浮かべたフリオニールに、レオンハルトが追い討ちをかけてくる。


「そうか! ウォルスも気に入っているのなら、ちょうどいい。私から母上に頼んでおくよ。母上の側付きは、自分の立場を理解している令嬢でないと勤まらない。なかなかいなくて女官長も困っていたからね。よし! そうと決まったら善は急げだ。母上に会ってくる」


 一人で結論をだし、慌ただしく部屋を出ていった王太子を追いかけようとしたフリオニールをオーウェンが呼び止める。


「私も殿下の意見に賛成だ。アルディ伯爵や令息のウィルフレッドを見る限り、軽々しい娘とは思わんが念のためだ。試されることになった令嬢には気の毒だが、王宮に呼び寄せる理由ができて良かったと思う。殿下の考えを受け入れる方が賢明だぞ」


 オーウェンに言われなくても分かっている。


 王宮で生きていくためには、人に合わせる寛容さも、人を出し抜く計算高いところも必要だ。純粋で真面目なだけでは生きていけない。利用できるものは、ずる賢く利用してくるだろう。フィオナの本性を引き摺り出す良い機会だ。


 それに王太子や王妃が呼び寄せるのだ。もし、フィオナが見た目通りの清廉な娘なら二人が味方についてくれる。嫌な思いをすることもないだろう。


 フリオニールは大きなため息を吐き出すと、渋々頷いた。


「……。そうですね。あぁなった殿下は止められない。明日にでもアルディ家に連絡がいくのは明白でしょう」


 ここは多勢に無勢だ。仕方ない。フィオナが王宮に滞在することを前向きに考えることに決め、胸中で渦巻く複雑な思いに蓋をした。



          …☆…☆…☆…



「明日の昼には、アルディ伯爵令嬢が着くよ。楽しみだね」


「はっ? はぁーっ!」


 レオンハルト王太子が、嬉々としてフリオニールに告げてきたのは、それからたった数日後だった。


「至急王宮に来るように命令したからね。準備はこちらでするからと言っといた。そこらへんは母上が何とかするだろう。後はフリオニール頼んだよ」


(早すぎだろ……! ついでに悪魔も増えるんだぞ! 勘弁してくれ……)

 頭を抱えたフリオニールだった。

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