12. 王宮にて:適当な推察と曖昧な報告
「私も驚いたよ。こんなこともあるんだね」
さほど驚いた様子を見せず優美な微笑を浮かべるのは、ファブール王国王太子である、レオンハルト・サーザ・ファブール。長めの金髪をゆるく束ねて肩に垂らし、空の青のようなブルーの瞳を持つ美丈夫だ。
上座にあたる一人掛けの椅子に座り、独特な香りを放つ薬草茶が淹れられたカップを口元に運ぶ。
「まもなく来るでしょう。王宮には着いておりますので」
部屋の主である魔導士長のオーウェン・アルスカイザーは、王宮を守る結界への侵入を感じとり、ゆったりとお茶を楽しむ王太子にフリオニールの到着を告げた。
「王宮には着いているのか……」と、フリオニールを巡る令嬢たちの騒ぎを知っている王太子は苦笑を浮かべる。しかし、考えるそぶりを見せると疑問を口にした。
「今回の契約相手はどうなるのだ? 違う相手だったら? もしかするとフリオニールの騒ぎが収まることもありえるのか?」
「残念ながらお答えできません。何しろ初めてのことです。このような事態も再契約の可否も……。改めて調べてみましたが、アルスカイザー家の歴史書にも記録はありませんでした。……マルファスも知らないと」
魔導士長の肩にいるカラスの姿をした悪魔、マルファスが応える。
「われわれは、体に宿した主の魂の欠片がなくなると魔界に戻される。契約相手の寿命が尽きて魂が力を失い、共有ができなくなった時だ。……そうでなければ不死身の意味がないだろう。悪魔に預けた魂の欠片の存在が、アルスカイザー家の当主を不死身にするのだから」
「そうだね。魂を二つに分けた意味がないよね。もしもの時の予備がなくなってしまうなんて……。何か別の意味があるのかな?」
レオンハルトはマルファスの言葉に同意した上で、今回の事態が引き金になって起こりうる別の局面を懸念しているようだ。
王太子としての地位にいる彼らしい……。
いつもこうだったらこの王国は安泰だろう……。良いところも悪いところもあるのが人間。王太子も例にもれずだな、そうオーウェンが考えていた時だった。
「あいつの……バアッサーガの能力を考えるとわざとかもしれん」
マルファスが冗談めかして話すと、レオンハルトとオーウェンが顔を見合せ、マルファスの方に揃って顔を向けた。
「なに! 国の大事にも関わる事態をわざと起こしただと」
オーウェンは、マルファスの体を掴み、肩から自分の目の前に持ってくる。落ち着いている風を装っていたが、やはりフリオニールの父として息子を心配しているのだろう。
「乱暴に扱うな! 羽が乱れるだろう! それに私が悪いわけじゃない」
マルファスが抗議の声を上げる。
「知っていることを教えなさい!」
契約上、主従の関係にある二人である。オーウェンの命令に従って悪魔マルファスが答える。
「バアッサーガは、過去・現在・未来を見通す力を持っている。あいつの能力は強大だ。フリオニールを王家の神殿に連れていく理由をあらかじめ用意していたのかもしれん……」
マルファスが慎重に答える。悪魔の序列のなかで、マルファスのはるか上位にいるバアッサーガのことを教えるのは気が進まないのだろう。
「バアッサーガはフリオニールを気に入っている。害することはしないだろう。今回のことは、多分……フリオニールの利になることだ。……バアッサーガが戻ってくるかどうかは分からんが…」
そうマルファスが答えたところで、部屋の扉がノックされフリオニールが入ってきた。
「遅くなりました、父上。…………殿下、なぜこちらに?」
部屋のなかに足を踏み入れたフリオニールは、父のオーウェンの他に王太子のレオンハルトがいることに気がつくと怪訝そうに尋ねる。
「心配だったからに決まっているじゃないか。それで……どうだったんだ。予定より時間がかかったように思うが」
心配そうというより、興味津々に見える王太子の様子に反し、オーウェンは眉をひそめ心配そうにフリオニールを見つめている。
「わざわざここまで足を運んでいただかなくても……。すぐに報告に行くつもりでしたよ、殿下」
フリオニールが部屋の中央まで進むと、銀狼のウォルスも一緒に入ってくる。
「「「バアッサーガ! またお前か!」」」
部屋の中にいた全員、レオンハルトやオーウェン、マルファスの声が揃った。言葉は同じでも、思いの混じった複雑な声である。
「再契約に応じたのか。お騒がせな奴め。で、向こうはどうだった?」
マルファスがついでとばかりに魔界の様子を尋ねてくる。場の空気を読まない悪魔らしい……。
「16年など魔界ではほんの一瞬だ。何も変わっていない。それに、フリオニールと契約できるのは私だけだ。他の奴に譲るわけがなかろう」
悪気を感じさせない声音で、ウォルスが自慢気に答える。
「だったら、ややこしいことをするな。私たちだけならともかく……」
苛立ちを含んだ声で戒めたフリオニールだったが、ためらいを見せた。レオンハルトが続きを催促してくる。
「どうしたんだ? 何か問題でもあったのか」
「……いえ。アルディ伯爵に会ってきたので遅くなったのです」
「それだけか?」
探るような目でレオンハルトが問いかけてくる。この王太子は優しげな見た目と裏腹に、容赦がないことで有名だ。この性格を知っているのは、王宮に勤める一部の人間に限られている。
側近として仕えているフリオニールにしてみれば、レオンハルトのこの見透かすような目には慣れている。無視したところでどうということもない。
しかし、王家の神殿であったことは二人に説明する必要があるだろう。国の秘密に触れることだ。ここにいる面々で答えがでるだろうと口を開いた。
「神殿の地下で、アルディ伯爵令嬢に会いました。悪魔との契約を聞かれてしまいました」
「……地下で、会ったのか?」
レオンハルトが、地下という点を強調して確認してくる。オーウェンは「まさか……」とつぶやき、驚きを隠せない。
「……はい。置き去りにするわけにもいかず、一緒に地上まで戻り、伯爵家で令嬢に話を聞いてきたのです」
「それで何と……」
「王家の神殿の石碑が消えていた時に移動したこと、神殿には地下があること、私が悪魔と契約して不死身になったこと、ウォルスが悪魔であることは、はっきりと認識しています」
「古の話を知らないだけで、ほとんどばれていると言った方が早くないか?」
的確なツッコミをしてくるウォルスを睨みつけると、フリオニールは続けた。
「もちろん、悪魔との契約は国を守るために必要なことで、これまで悪魔が害をなしたことはないと話しています。何より、ギードの森を預かるアルディ家の令嬢です。軽率なところはなく、秘密をもらす心配はないと判断しました」
フリオニールの報告に耳を傾けていたレオンハルトは、「おや」という風に眉を上げ、秀麗な顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふーん、フリオらしくないねぇ。そう思わないか、ウォルス」
「……そうだな」
レオンハルトに問われ相槌をうったウォルスだったが、フリオニールに対する態度からすると冷ややかな対応だ。
「……相変わらず、私には冷たいな。ウォルス」
「私の主がフリオニールというだけだ。お前に仕えているわけではない。よってお前に聞かせることはない」
きっぱりとウォルスが言い切ると、「以前と変わらない。バアッサーガで間違いない……」とレオンハルトがうなだれた。
「殿下は私の主だ。せめて、お前呼ばわりはやめろ」とフリオニールが諫める。
「そこっ! 諫めるところはそこなのか! ひどいな二人とも」
「……フリオニール。体は何ともないのか?」
脱線しかけているレオンハルトとフリオニールの耳に落ち着いた声が届く。今まで黙って話を聞いていたオーウェンだ。王太子が話していた手前、口出しするのを控えていたようだが話が逸れてしまったタイミングを逃さずに聞いてきた。流石である。
「…体は何ともありません。ウォルスに聞いてみないとわからないこともありますが……」
オーウェンに心配いらないと告げるフリオニールに、レオンハルトも申し訳なさそうに声をかける。
「そうだった。命が削られたのだったな。すまなかった、フリオ」
「いえ……」
殿下が悪いわけではないのでとフリオニールは聞き流し、ウォルスに向かって尋ねた。
「今回の契約で、私の命はどれだけ短くなったのか?」
「最初の契約の時と寿命の長さは変わっていない。削られたのはほんの僅かだ。言っただろう。お前の魂の欠片は力が漲っていると」
フリオニールはウォルスの前に片膝をつくと続けた。
「なぜ、お前に預けた魂の欠片がなくなったのだ。契約した時の体の大きさを言っていたが本当か?」
「あぁ、本当だ。契約に応じたのは、将来、お前の魔力が莫大に増えることが分かっていたからだ。だが、成長前の微々たる魔力量しか持たないお前に、一生分の欠片を要求すればお前が耐えきれずに死ぬ可能性もあったからな……。今日までに必要な魂の欠片を預かったというわけだ」
(……今日までに必要な魂の欠片?)
フリオニールだけでなく、部屋にいた全員がウォルスの意味深な答えに引っ掛かりを覚えた。




