10. 青年の主張
フリオニール・アルスカイザーは王家に仕える宮廷魔導士だ。
将来は父の後を継いで宮廷魔導士長となり、同時にアルスカイザー侯爵家の家督を引き継ぐ。現在は王太子の側近という立場だが、その頃には国王の側近となっているだろう。
華やかな将来が約束された麗しい美貌の青年に、異性に限らず、同性を含めた国中の誰もが憧れや羨望の眼差しをむける。「悩みなんてあるはずがない」と思っている。
しかし、それは違うのだ。
フリオニールにも悩みはあった。悩みというより代償と呼ぶほうが相応しい。生家アルスカイザー家に課せられた役目に伴う代償だ。
正確にいえば課せられたのではなく、アルスカイザー家の祖先が自ら進んで引き受けたことであるらしいので、自業自得であるのかもしれない。
その役目とは『平和な世の中を維持し、建国の王ケルガー・サザーランドの血筋を存続させる』ために、悪魔と契約することだ。
悪魔の力をかりることになった経緯は、王家と三人の側近の家には伝えられている。アルスカイザー家が初めて契約した悪魔は、共に戦乱の世を戦い抜いた同志だったらしい。
ケルガー王の側近だった先祖を気に入り、魂全部ではなく欠片を要求したその悪魔は、先祖の魂を己の身のうちに宿し、先祖がこの世を去る時まで側にいたとされている。
それ以来、アルスカイザー家を継ぐ魔導士のみに、魂の欠片を預けた悪魔が一生従うことになった。
召喚の儀式で現れる悪魔は毎回違う。
それ故に、悪魔が気に入った人物を当主にする必要があるアルスカイザー侯爵家は、魔導士になれる素質のある者をギードの森にある神殿に集め、悪魔召喚の儀式を行う。
次期当主を悪魔が選定し魂の契約を交わすのだ。
フリオニールはこの契約の儀式を、姉や二人の兄とともに6歳の時に受けた。
小さい自分が次期当主に選ばれるとは思わなかったが、22歳となった現在では納得している。選ばれなかった姉兄たちより遥かに多くの魔力を身に宿し、強力な魔法を操れるようになったからだ。
このアルスカイザー家の者に宿る魔力の強さは、幸運にも、命を削る悪魔との契約を可能にした。
魔力の強さは人並み以上の生命力を生み出すため、魂を欠片として差し出すことで命を削っても、常人と同じ寿命を迎えることができる。
魔導士としては短命だが、フリオニールは惜しいとは思わない。多分、歴代のアルスカイザー家の当主にとっても些細なことだったろうと予想できる。
だから、役目を課せられたことに対する命の代償に未練はない。
しかし、もうひとつの代償にここ数年悩まされている。
もともとの麗しい容姿に魔が持つ妖しい力が加わったせいか、フリオニールは赤と金色の瞳が冴えざえと輝く美貌の魔導士として、国中の娘を、時には同性をまでをも魅了すると国中に名を馳せている。
「俺様には、人を魅了し煽る力もあるからな……」と、悪魔バアッサーガが意味深に教えてくれた時に感じた、嫌な予感は的中した。
結婚適齢期になった今では、王宮内を歩くたびに令嬢の群れに取り囲まれ移動もままならない。
青年も貴族だ。家を継ぐ役割があるので、令嬢たちにもてるのは大変結構なことだと理解している。ただ、日常生活に支障をきたすほど多すぎるのだ。適度でいい。
フリオニールが持つ生来の魅力がなせる業か、悪魔が惑わせているのか……。令嬢を引き寄せる力の真偽は分からないが、契約する悪魔を選べない以上、甘んじて受け入れるしかない。
あれこれと足止めをしてくる令嬢たちに色々と試した結果、「適度に接すること」が逃げやすいと判明してからは、適当にやり過ごすことにしているが……。
世の男性たちからは「贅沢だ」と非難されそうな、羨ましい悩みを抱えるフリオニールは、この代償というには軽すぎる、面倒くさい毎日にうんざりしている。
フリオニールの前に再び現れ、魂の欠片を受け取った悪魔は何事もなかったかのように今隣にいる。
バアッサーガでない場合もあったのだ、と思うと複雑な心境だ。
(もしも違う悪魔が現れていたら、何かが変わったのか……)
いまだ逡巡する考えを振り切るように、フリオニールは王宮の門をくぐったのだった。




