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バアル姉弟についての考察 6

 パンダちゃんが修行部屋に入った、と聞いてもう10日。なかなか帰ってこないのが心配で追いかけることに決めた私。ゼブルがいなかったので、侍女に聞いたらすぐに部屋に案内してくれたんだけど・・・。


  扉を開けたらそこは森でした。


 ・・・って、おい!

「部屋」じゃないじゃん、森じゃん!これって「どこでも扉」じゃん!!


 と、じゃんじゃん言っても仕方が無いので、魔界だしなーってスルーしてリュックを用意してもらって水筒やらお弁当やらを詰め込み支度をすませる。


 侍女たちからパンダちゃんへの差し入れとやらを受け取り、「道なりにまっすぐです」との助言を受け歩くこと3時間ほど。初めはハイキング気分でウキウキ。途中からは変わらない森の風景にげんなりしてくじけそうになりながらも、なんとかパンダちゃんへの愛で気力を補給しながらたどり着きましたが…。




 結論から言うと、竜神の滝はナイアガラの滝規模の巨大さでした。

 高さ50メートル以上、幅は300メートルかそれ以上。

 轟々と流れ落ちる水音で他の音が何も聞き取れない。水しぶきが霧のように立ちこめて視界は良くないけれど、虹が出ていてとても綺麗だ。


 空は快晴。視界は絶景。これが観光なら滝を褒め称えて写真でも撮るところだけれど…。



(この滝で滝行とか余裕で死んじゃいますけど⁉︎)

(じゃが、それを死なぬようにするのが修行なのではないか?簡単では修行にならぬではないか。)

(いやいや、無茶振りすぎるよ‼︎レベルがおかしいよ!!)


 これを修行と呼ぶには、いささか死亡率が高過ぎるだろう。「死んでこい」と言っているようなものだ。


「う~ん・・・。」


 あの滝に打たれたら、鍛える前に確実に首が折れるわよね。


「ふぅ~・・・。」


 それにしてもすごい音。それに水量!どこからこれだけの水が流れてくるのかしら?初めは小さな小川からだんだん大きくなってここまでになるのよねぇ。


「いや、自然ってすごいですよね・・・。」





 しばらく呆然とし、そのうち雄大な景色に飲み込まれつつ美しさに感動していたが、はたと気づく。これは修行に送り出されたパンダちゃんの危機なのではないかと!!



「わわ、お局様大変!!」


(どうしたのじゃ?そのように慌てて。)


「パ、パンダちゃんが心配です!早く見つけて保護しよう!」


(保護じゃと?あやつは修行でここに来たのじゃろう?なぜ修行中のものを保護せねばならぬのじゃ。)


 不思議そうに聞く呑気なお局様に、膝から力が抜けそうになる。

 いやいや、危機感持って!確実にペット虐待ですからね、コレ。



「ゼブルはパンダちゃんを鍛えるとか言ってたけど、限度ってものがあります!とにかく、探すよ!」


  納得してなさそうなお局様には悪いけれど、パンダちゃんが修行に出かけてからすでに10日も経っているのだ。はっきり言って、もう洒落にならない時間が過ぎてしまっている。捜索隊を出したいレベルなのに、納得どうのと言ってはいられない。


「パンダちゃーん、いたら返事してーー。」


  私は大声で叫びながら捜索を開始した。

 扉から道なりにまっすぐ来たものの途中で道は途切れていた。仕方ないので大声を出しながら、滝の方へと向かうことに。

  そうしているうちに、ふと気がついた。そう言えば、ここに来て3時間以上も歩き続けているのに疲れていないことに。飲まず食わずで12歳の子供。しかも座学ばかりで鍛えてもいない子供にこんなに体力があるだろうか?


(ねぇお局様、全然疲れないんだけど、もしかしたら魔界人って人間より体力ある?)

(どうじゃろうか。妾はエリカと違って生まれたときからこの身体じゃから、比べることが出来ぬ。すまぬのう。)

(そっか・・・それもそうだよね。)


  言われてみれば、そのとおり。

  まぁ、体感だけれど、魔界人、あるいはお局様の体力は人間よりもある、ということだと思う。とりあえず今はそれでいいとしておこう。疲れないのは良いコトよね、うん。


  緩やかな下り坂だったのがだんだんに傾斜がきつくなり、ほぼ走るような速度で駆け下りる。それでも息切れもしないし、足腰も揺らがず安定している。


(お局様、この身体すごいよ!)

(ふむ、ならば良かった。)


  お局様は褒められて嬉しそうだ。


「あはははっ!おーい、パンダちゃーん。」


 人間だった頃は運動音痴だったから、自由に動く身体が楽しくなってしまった。調子に乗った私は、駆け足からジャンプ、さらには一回転まできめて上機嫌。かなりのハイペースで滝に向かって下って行く。

  いや、だからといって目的は忘れてませんけどね。うん。パンダちゃんラブですから。


(むっ!エリカよ!その先はっ!?)


「えっ!?」


 お局様の焦った呼び声に、慌てて止まろうとしたけれど急には止まれず・・・。


「ひぎゃっっっっ!!」


  私は茂みの向こうが崖になっていることに気付かず、そのままなんと川へとダイブ!

  激しく水しぶきを上げながら、水中へ。


(さ!酸素プリーズぅぅ!!)


  とても自慢にはならないけれど、これでも運動音痴のわりに25メートルは泳げるのよ!私。ゴボゴボボボッ!!

  溺れそうになりながらも、まずは邪魔なリュックサックを外して水中に捨てる。必死の犬かきで水面に出ると、向こう岸へと泳ぎ出した。酸素は美味しかった!そして向こう岸を確認すれば距離はちょうど25メートルほど。コレは行ける!と思ったけれど、現実は甘くない。

 

(川なめてたーーーっ!!!)


 犬かき以上、クロール未満のみっともない泳ぎで進もうとするのだけど、なにしろここはプールではない。流されて流されて、沈まないよう呼吸を維持するのもやっとという有様。それでも魔界人の肉体はありがたく、無茶苦茶なフォームながらなんとか向こう岸まで泳ぎ着くことが出来た。


「ゲホッ、ゲッホゴホッ・・・ゴホッ。」


  這いつくばるようにして水から這い上がり、地面に仰向けに大の字になって寝転がる。


(し、死ぬかと思った!)

(妾もじゃ・・・。初めて泳いだ。)

(ごめん。)

(ふむ、なかなか面白い経験じゃったぞ?)


  太っ腹すぎるお局様に感謝しつつ、しばらく息を整える。

  息も整ったところでゆっくりと身体を起こす。あちこちチェックしてみるけれど、怪我も無いようだし服も破れていないようだ。髪や服を絞って水気を切り、立ち上がって砂や汚れを払う。

 その場で身動きをしてみるけれど、とくに不調は感じられない。


「なにこのハイパーボディ!」


(そうかのう?)

(うん、この身体人間より丈夫だし、パワーもあるし!思ったように動くから運動神経も良いみたいだし、疲れないから体力もあるみたい。すごい高性能!)

(ふむ、エリカが気に入ったのなら良かった。)

(うん!なんか嬉しい!)


  お局様があまりに自分を卑下するから、ついつい私もお局様の身体があまり優れていないのでは、なんて思っていた。周りの選りすぐりの侍女たちは見目も振る舞いもすばらしかったし、7公爵たちは魔界人の頂点レベル。できること一つとっても、彼ら大人と子供では雲泥の差があったのだ。かと言って、子供は?といったらお局様以外の幼体がいないので比較対象がない。なにより私が人間だった頃の意識に引きずられていて、お局様の真価に気づかなかったこともあるのかも知れない。


(お局様はもっと自信持った方が良いよ!少なくとも私よりは全然優秀なんだから。)

(そうかえ?)

(うんうん!自信持って!)


  と、和んだところで深呼吸。

  周りを見回せば、ずいぶん下流に流されたようで景色が違っていた。運良く100メートルほど先の川岸に水中で捨てたはずのリュックサックが見つかった。拾いに行って中身を確かめると、多少濡れているくらいで中身は無事のようだ。


(お局様、休憩にしようよ。)

(そうじゃな。)


  大きめの石に腰掛け、リュックサックから水筒とお弁当を取り出す。濡れているのはお弁当の包みだけで、中身は濡れていなかった。ただし、シャッフルされてミックス弁当??になっていたけどね。むむむ。


(そうがっかりするでない。腹に入れば同じじゃろう。それに、こういった食べ方も新しい発見があるやも知れぬ。)

(ええ!?男らしいというか、前向きというか・・・お局様って強いね。)


 そんなことを話しながらお昼ご飯を食べているうちに、濡れていた洋服も乾いてきた。お腹が満たされると現金なもので、川で溺れかけたショックからも回復し気分も落ち着いた。一人だったらパニックを起こしていた可能性もあるけれど、身体は一つでもお局様がいるのが心強かった。


  水筒のお茶を飲みながら、改めて周りを見回してみる。

  川に落ちたり流されたりして、どうにも元の道に戻れる気がしない。遭難のセオリーとしては、川沿いに下流方面へ下っていくしかないだろう。古来から川の側に街は作られているし、側になくても下って行って川に橋がかかっていればそこに道があるということだ。最悪なのはここが無人島とかいうオチだけれど・・・うん。考えちゃ駄目だ!

 

(さてと、行こっか。)

(そうじゃの。)


「ん?」


 お局様に声をかけ立ち上がったところで、山の斜面の暗がりに誰かが立っているのが見えた。目をこらせば、どうやら手招きしているようだ。良かった、とりあえず無人島じゃなかったらしい。


(誰じゃろうか?)

(うん。何か用があるみたいだし、パンダちゃんを見かけたかどうかも聞きたいけど・・・。大丈夫かな。危険な人だったら・・・どうしようか・・・行く?)

(ふむ。向こうはすでにこちらを見つけておるのじゃ。行くしかあるまい。なに、不審な点があれば逃げれば良い。)

(うん、一応警戒しておこう。)


  近付いていくと、木々の日陰になった崖下にどうやら横穴が空いているらしい。その横穴の入り口付近に立って手招きしている人物は、男性のようだ。

  身長は2メートルに届かないくらいで、魔界人の平均より10センチほど高い。暗いところに立っているのでよく見えないけれど、近付いていくと・・・おお!なんとおイケメンですよ!奥様!!スラリとした細身でチャイナ服のような、両脇にスリットの入った膝丈の上着を着ております。腰まである長髪を後ろで編み込んである。うーん、長髪美形は初めて見たけど、なかなか良いね。うん、イケメンは何着ても似合うし・・・じゃなくて・・・・!!??


(ふむ、これはのう・・・。)

(わわわ!!!お局様!この人!!?)


 手が届く位置まで来てから気付いたのだけど・・・。


(こ、この人、透けてる!!)


  そう、暗い場所に立っていたから見えなかったのだけれど、彼は向こう側が透けていた。


(え?ええ??ど、どういうこと!?幽霊?地縛霊??まさかの生き霊??)

(ふむ?形は崩れておらぬし、透けておる。レイスとかいう種族やも知れぬのう。)


  驚いて彼の顔を見たまま硬直する私。

  咄嗟に逃げようかとも思ったけれど、踏みとどまる。だって、下手なリアクションで刺激して襲われたら困りますから。戦闘能力ゼロな私には、相手の出方を見ることくらいしかできないわけです。

  推定25歳のイケメンは私に触れようと手を伸ばしたけれど、実体がなかったらしく、彼の手は私の腕をスゥとすり抜けてしまった。ため息をついて眉を寄せると、彼はパクパクと何か私に話しかけてくる。


「・・・・・。」

「・・・・。」


(ねぇ、お局様、この人が何言ってるのかわかる?)

(いや、どうやらこやつは実体でないゆえ触れられぬし声も出せぬようじゃの。何を言いたいのかわからぬ。)

(だよね)


  イケメン幽霊はしきりに何かを訴えようとしているようだったけれど、声も出ないようなので伝わってこない。聞こえないから仕方ないのだけれど、なんだか必死な様子なので申し訳なくなってくる。


「あの、ごめんなさい。何を言いたいのかわからないのですけど・・・。」

「・・・・!」


  こちらの言う言葉は聞こえたらしい。彼は困り顔で肩を落とす。そしてまた何かを言いながら、横穴の奥を指さした。

  つられて奥を見ると、どうやら横穴は洞窟になっているらしい。彼が歩き出し、手招きをする。


(ふむ、どうやら奥に用があるようじゃの。)

(うん、どうする?行く?)

(ここまできたら行くしかなかろう。なに、あやつは悪人には見えぬ。大丈夫であろう。)


  少し迷ったけれど、お局様の自信ありげな態度に背中を押されて、彼について行く。うん、女は度胸って言うし。あのイケメン幽霊は私に触れないようだから、危害の加えようもないしね。

  真っ暗な洞窟を、彼がぼんやり発光しているのを頼りに恐る恐る歩いて行く。目が慣れてくると、暗闇のはずなのに辺りが見えるようになってくる。さすが高性能魔界人ボディ!なんて、お局様の身体に感心しながら、30分も歩いた頃だろうか。うっすらと洞窟の奥から明かりが漏れているのが見えてきた。


(目的地周辺です、ってとこかな?)

(そうなのか?)

(え、なんとなく。)


 奥へ進むたびにだんだんと明るくなり、また気温が上がっていく。暑さと湿気で汗が垂れてくる。何度か汗をぬぐいながら、とうとう私達は広い空間へとたどり着いた。

  見上げるほどの天井に、広さは100メートル四方ほど。火山岩のような黒い岩があちこちに転がっていて、サウナのように蒸し暑かった。そして、明かりの正体は・・・。


「え!?ちょ・・・嘘でしょ??」


  黒い岩の影に散らばっていくつか見える明かりのうちのひとつに走り寄ると、そこにあったのはオレンジ色に光る球体だった。大きさはバスケットボールくらい。一見ガラスのようにも見えるその球体は、電源コードもないのに光っていて、鼓動するように明滅している。イメージとしては巨大なイクラの卵、と、言ったところか。


(って言うか、コレって・・・。)


  残念ながら赤い星はなかったけれど、とある戦闘民族が願いを叶えるために集めていたなんとかボールにそっくりだった。


(うわ、きた!お局様、きたよ!)

(ん?なんじゃ??何が来たのかえ?)


 私の様子が理解できないお局様をよそに、私はハイテンションであちこちに散らばったボールの数を数え始める。広くて足場も悪いので苦労しながら、なんとか6個までは発見できた。


(ちょっとーーーー!!それはないでしょ。6個じゃ意味ないし!!)

(いったい、どうしたのじゃ?)


 興奮して走り回り、あげく頭をかきむしって座り込む私。


(あれは7個集めると願いが叶うんだよ!なのに6個しかないの!!)

(なんと!そうじゃったのか。じゃが、諦めるにはまだ早い。この部屋とは別の場所にあるのやも知れぬぞ?)

(はっ!だよね!!)


 立ち上がり、グルリと辺りを見回す。しかし、残念ながら行き止まりのようで、他へと続く道は見当たらなかった。がっかり。

  かわりに、すっかり忘れていたイケメン幽霊が目に入る。しきりに手招きをしているようだ。


「あ、ごめんなさい!」


 そうだった。目的を見失っていた。イケメン幽霊の用事を済ませるために、洞窟に入ったのだった。ひとまずボール探しは中断して彼のことを優先しなくては。


  気持ちを切り替え、彼の側に駆け寄り、彼の指さす先を確認する。


(誰かいるようじゃの。)

(ほんとだ。)


  大きな岩の影に蹲るようにして、誰かが何かを抱え込んでいる。


(ボール!!)


 何か、とはオレンジ色のボールだ。7個目のボールはその人物が持っていたのだ。

 内心は興奮していたのだが、大きく息を吸って気分を落ち着ける。ゆっくりと近付いて行き、2メートルほど手前で止まる。相手が何者か、近寄って安全なのかわからなかったからだ。



 暗がりのため色は良くわからないのだが、白っぽいおかっぱ頭の人物だ。ボールを抱えて顔を伏せ、力なく岩にもたれかかっている。寝ているのか、もしかしたら、死ん・・・!?


「あ、あのっ、大丈夫ですか!?」

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