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『身代わりに嫁いだ氷の辺境伯様、私への激甘な心の声が魔導具でダダ漏れです〜専用工房で溺愛されてます〜』  作者: 月神世一


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EP 6

 街への視察と、無言で繋がれた手

 Sランク魔獣『雷竜』の紫電の角と、極寒の雪山で採れる『永久氷晶』。

 国宝級の幻の素材を手に入れたリゼットは、それから三日三晩、アトリエにこもりきりで作業に没頭していた。

 目的は、あの無茶ばかりする不器用な旦那様――クラウス専用の防護魔導具を作ること。

「紫電の角の雷属性をベースにして、魔物の攻撃を自動迎撃する術式を編み込んで……永久氷晶の冷気で、術式発動時のオーバーヒートを冷却……よし、これで魔力回路は完璧ね」

 リゼットの目の前には、漆黒の金属をベースに、紫電の角を薄く削り出してはめ込んだ美しいループタイ(紐状のネクタイ)が完成しつつあった。これなら、普段の軍服の上からでも違和感なく身につけられるはずだ。

「あとは最後の調整だけ……」

 トントン、とアトリエの扉が控えめにノックされた。

「リゼット。入るぞ」

 低い声と共に姿を現したのは、クラウスだった。

 今日は珍しく、重苦しい黒銀の甲冑や軍服ではなく、上質な生地で仕立てられたダークグレーのロングコートという私服姿だった。長身で肩幅が広い彼が着ると、まるで絵画から抜け出してきたような恐ろしいほどの美丈夫ぶりが際立つ。

(うわぁ……やっぱり、すっごく整った顔立ちよね)

 リゼットが内心で見惚れていると、クラウスは部屋の入り口に立ったまま、気まずそうに視線を逸らした。

「……今日、午後に街の視察へ行く。領内の治安維持と、冬に向けた物資の確認だ」

「視察、ですか?」

「あ、ああ。……お前も、その……一日中部屋にこもっていては、体に障るだろう。もし気が向くなら、ついてくるか」

 冷たく事務的な口調。だが、リゼットの耳には、今やすっかり聞き慣れた『本音』が大音量で飛び込んできた。

『(あああああ誘ってしまった!! ずっとアトリエにこもっておられるから、少しでも外の空気を吸ってリフレッシュしていただきたい一心で! いや、本当は俺がリゼット様と一緒に街を歩きたいだけだ!! もし「貴方みたいなむさ苦しい男と歩きたくない」と断られたら、俺は今日こそ吹雪の雪山で全裸になって凍死する!!)』

(……相変わらず、心の声のスケールが大きすぎるわ)

 リゼットはふっと吹き出しそうになるのを堪え、手元の工具をそっと置いた。

「はい、ぜひお供させてください! 辺境の街並み、ずっと見てみたかったんです」

「……そうか。ならば、三十分後にエントランスへ来い」

 クラウスはくるりと背を向けて立ち去ったが、その足取りは心なしかスキップしそうなほど軽く、耳の魔導具からは『(やったあああああ!!! デートだ!!!)』という歓喜の絶叫が遠ざかっていった。

   ***

 辺境伯領の中心都市『レグナルド』は、リゼットの予想をはるかに超えて活気に満ちていた。

 極寒の地であり、魔物の脅威と隣り合わせであるにもかかわらず、石造りの頑丈な建物が整然と立ち並び、大通りには多くの露店が軒を連ねている。

「安いよ安いよ! 氷山で採れた新鮮な霜降り肉だよ!」

「温かい毛皮はいかがかね! 竜騎士団様のお墨付きだよ!」

 行き交う人々の顔には、王都の平民たちのような疲弊した影がない。

 誰もがエネルギッシュで、たくましく笑っている。お忍びの視察ということで、クラウスもリゼットも護衛を連れずに歩いていたが、すれ違う領民たちは皆、クラウスの姿に気づくと、パッと顔を輝かせて深々と頭を下げた。

「領主様! 先日の魔物討伐、ありがとうございました!」

「奥様もご一緒に! ようこそ辺境へ!」

 クラウスは「うむ」と短く頷くだけだが、領民たちは少しも怯える様子がない。

 それどころか、彼に向ける視線には、絶対的な信頼と親愛の情がこもっていた。

「……辺境伯様は、皆様から本当に慕われていらっしゃるのですね」

 リゼットが隣を歩く彼を見上げて微笑むと、クラウスは居心地が悪そうに目を伏せた。

「俺はただ、領主としての義務を果たしているだけだ。魔物を狩り、彼らの生活圏を守る。……それしか、俺にはできないからな」

「そんなことありません。皆さんがこんなに笑顔で暮らせているのは、旦那様がこの領地を、命懸けで守っていらっしゃるからです」

 王都では「血も涙もない殺戮マシーン」と恐れられていた彼が、実はどれほど情に厚く、領民のために尽くしているか。

 この街の景色が、何よりの証明だった。

『(ああああリゼット様に褒められた!! 俺の治世を認めてくださった!! この街を作って本当によかった! 領民ども、今日からお前たちの税金は一年間免除だ!!)』

 脳内でとんでもない免税宣言が飛び出していることに苦笑しつつ、リゼットは街の空を見上げた。

「……ん?」

 澄み切った青空の向こう側に、薄いガラスのドームのようなものが街全体を覆っているのが見えた。

 魔物から都市を守るための『都市防衛結界』だ。王都にも似たようなものがあるが、規模が格段に大きい。

 だが、リゼットの魔導具師としての優れた眼力は、その結界の『異常』を見逃さなかった。

(……魔力の循環にムラがある。あそこ、結界の北東部分……極寒の冷気と、度重なる魔物の攻撃で、術式が著しく劣化しているわ。このままじゃ、あと数ヶ月もすれば防壁に穴が空いてしまう)

 王都の魔導士たちなら「まだ大丈夫」と見過ごすレベルの微細な綻び。

 しかし、結界の崩壊は街の壊滅に直結する。リゼットの表情が真剣なものへと変わった。

 その時だった。

「おおっ、道を開けろ! ロックバイソンの荷馬車が通るぞ!」

 大通りの向こうから、巨大な魔獣に引かれた重そうな荷馬車がやってきた。

 道幅が狭まり、露店を見ていた人々が一斉に道の端へと押し寄せる。

「きゃっ……!」

 人混みの波に押され、小柄なリゼットの体がバランスを崩した。

 他人にぶつかりそうになったその瞬間。

 グッ、と。

 力強い大きな手が、リゼットの華奢な右手をしっかりと掴み、引き寄せた。

「――っ」

 ポスッ、とリゼットの背中が、分厚い壁のような胸板にぶつかる。

 クラウスだった。

 彼はリゼットを庇うように人混みから遠ざけ、自らの大きな体で周囲の接触を完全に遮断していた。

「……前を見て歩け。はぐれたら面倒だ」

 頭上から降ってきたのは、相変わらず冷たく、ぶっきらぼうな声。

 だが、リゼットの右手を包み込む彼の手は、驚くほど熱く、そして震えていた。

『(ああああああっ!! 危ない! 俺の不注意でリゼット様が転ばれるところだった!! もし怪我でもされたら俺は一生自分を許さない!!!

 それにしても……ああ、なんて小さくて柔らかい手なんだ。俺のゴツくて血塗れの汚い手で、こんなに純真な方に触れてしまっていいのか!? 嫌がられていないか!? でも離したくない! 一生この手を握っていたい! 俺の懐に大事にしまっておきたい!!)』

 耳元で炸裂する、不安と歓喜と過保護がないまぜになった激重な心の声。

「…………っ」

 リゼットは、ボッ、と顔から火が出るほど赤面した。

 冷たい言葉とは裏腹に、彼の手のひらからは、壊れ物を扱うような優しさと、隠しきれない熱情が伝わってくる。

(こんなの……ずるい。絶対零度の顔して、心の中ではあんなこと言ってるなんて)

 リゼットは、早鐘のように鳴る胸の鼓動を必死に抑えつけた。

 彼がどれほど自分を大切に思ってくれているか。

 言葉ではなく、この熱い手と、隠された本音が、痛いほどに伝わってくる。

 荷馬車が通り過ぎ、人混みが解消されても、クラウスはリゼットの手を離そうとしなかった。

 いや、離すタイミングを見失って、内心で『(どうしよう! いつ離せばいいんだ! このまま永遠に繋いでいたい!)』とパニックを起こしているだけなのだが。

 リゼットは、繋がれた手に少しだけギュッと力を込め返した。

「……旦那様。ありがとうございます」

「……っ。気にするな」

 クラウスがビクッと肩を震わせ、またしても耳まで真っ赤に染め上げながらそっぽを向く。

 リゼットは、彼と手を繋いだまま、再び空を覆う結界を見上げた。

 この温かい手を、この優しい不器用な人を、そして彼が愛し守り抜いてきたこの豊かな街を、絶対に壊させはしない。

「旦那様。……お願いがあるんです」

 リゼットは、真っ直ぐにクラウスの金色の瞳を見つめた。

「あの空を覆っている『都市防衛結界』……北東部分の術式が、冬の寒さと魔物の攻撃でかなり劣化しています。王都の魔導士では直せないほどの複雑な綻びですが……私の『完全修復』と『概念付与』なら、一晩で新しく張り直すことができます」

 その言葉に、クラウスはハッと息を呑んだ。

 彼もまた、結界の限界が近いことに気づいており、冬を越すための対策に頭を悩ませていたのだ。

「私に、あの結界を直させていただけませんか。……旦那様が守ってきたこの大切な街を、私も一緒に守りたいんです」

 リゼットの決意に満ちた言葉。

 それは、ただ保護されるだけの「身代わり妻」ではなく、同じ領地に立つパートナーとしての誇り高い申し出だった。

 クラウスは、目を見張ったまま固まり――やがて、その絶対零度の瞳の奥に、かつてないほど熱い光を灯した。

『(――――あぁ。俺は、なんてお方を妻にしてしまったんだろう。この方は、俺の命だけでなく、この領地のすべてを救ってくださる本物の女神だ……!!)』

 クラウスは、繋いでいたリゼットの手を、痛くないように、それでも決して離さないというように、もう一度強く握りしめた。

「……ああ。お前の好きにしろ」

「はいっ!」

 言葉は短く、冷徹な響きのまま。

 けれど、リゼットの耳に届く彼の本音は、これ以上ないほどの絶対的な信頼と、愛の誓いに満ちていた。

読んでいただきありがとうございます。

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