EP 2
廃材の錬金術と、天翔ける白銀の船
帝都ソレイユの北西、荒涼とした岩山に囲まれた巨大な窪地。
そこは、帝国が建国以来の数百年間にわたる対外戦争や内部反乱で損壊し、回収された兵器の残骸が積み上げられた「帝国軍兵器廃棄場」――通称、鉄の墓場だった。
見渡す限りの錆びた金属の山。へし折れた巨砲、装甲が裂けた旧世代の魔導戦車、そしてかつて空を飛んだのであろう木造と鋼鉄の混合飛空艇の骨組みが、風化して埃を被っている。
「……ここにあるのは、宮廷魔導院の鑑定で『再生不能』と判断され、予算をかけて解体する価値すら失ったガラクタばかりだぞ」
黒い外套を風になびかせ、クラウスが周囲の鉄屑の山を一瞥して呟いた。
いくら辺境伯家の莫大な財力を注ぎ込もうとも、帝都の流通市場には、雲海の上層――高密度エーテルと超高圧の暴風に耐えうる「超古代の耐圧合金」の在庫など存在しなかった。市場にないものは、金で買うことができない。
だが、リゼットの翠緑の瞳は、まるで宝石箱の前に立った子供のようにキラキラと輝いていた。
「いえ、旦那様。ここには『宝物』しかありません!」
リゼットは作業用の皮手袋をはめ、手元の測定器をカチカチと鳴らしながら、崩れかけた巨大な残骸の山へと足早に向かった。
「現代の魔導技術は、扱いやすさと量産性を重視して金属の純度を意図的に落としています。でも、三百年前の第一次魔導大戦の時代の兵器は違います。当時の職人たちは、未知の古代鉱石を強引に叩き込み、無駄なほど過剰な耐久性を持たせていたんです。……経年劣化で術式が死んでいるだけで、金属の『魂』はまだ眠っています!」
リゼットは埃まみれのスクラップの山に潜り込み、次々と残骸を引っ張り出した。
二つに割れた旧式重爆撃艇の主竜骨。
内部の歯車が焼き付いて固着した、古代遺跡出土の大型浮揚炉の残骸。
そして、赤錆でボロボロに覆われた、数十枚の耐熱装甲板。
「見つけました……! これです、旧時代の『ミスリル・チタン複合重合装甲』! 表面は錆びてボロボロですが、内部の格子構造は完全に生きています!」
「その錆びた鉄板を使うのか? 触れただけで崩れそうだが」
「普通に鍛冶屋で打ち直せば、金属疲労で砕けてしまいます。……だから、私が『概念』を直接書き換えて、分子レベルで再結晶化させるんです」
リゼットは広場の中央に、集めた巨大な鉄屑の山を並べさせた。
そして、手元の工具箱から取り出したのは、一本の特殊なミスリル製タガネと、母の手記に記されていた古代ルーンの刻印ペン。
「旦那様、お手伝いをお願いできますか?」
「俺は何をすればいい」
「私が金属の構造を分解し、再構築するための『莫大な熱量と圧力』が必要です。……旦那様の白銀の闘気で、この金属の山全体を外側から均一に、寸分の狂いもなく圧縮し続けてください。私の合図に合わせて、少しずつ魔力を流し込んで」
それは、常人であれば一瞬で精神が焼き切れるような、極限の精密制御の要求だった。
だが、クラウスは眉一つ動かさず、大剣を地面に突き立てた。
「お前の望む通りに、俺の力をすべて差し出す」
クラウスが両手を掲げた瞬間、ドォッ……! と絶対零度と白熱の闘気が渦を巻き、スクラップの山を巨大な半球状に包み込んだ。
数千トンの圧力が、埃と錆にまみれた残骸を均等に締め上げる。
「行きます……! 『概念再結晶』、展開!!」
リゼットがタガネを装甲板の中央に突き刺し、自身の翠緑の魔力を一気に解放した。
キィィィィィィンッ……!!
耳を劈くような高周波の金属音が響き渡る。
赤錆がパラパラと剥がれ落ち、内部に眠っていた金属の分子結合が、リゼットの頭の中にある設計図に従って、猛烈な速度で組み替えられていく。
不純物が翠緑の光によって蒸発し、バラバラだった廃材の装甲板同士が、溶接の継ぎ目すら残さずに分子レベルで融合していく。
ただの鉄屑が。
太陽の光を浴びて、滑らかで継ぎ目のない、眩いばかりの「白銀の流線型装甲」へと生まれ変わっていくのだ。
「次は、動力炉です!」
リゼットは汗を拭う間もなく、焼き付いていた古代の浮揚炉へと飛びついた。
内部で癒着していた数百の微小ギアを『概念分解』で瞬時に剥離させ、自身の魔力で潤滑皮膜を付与。さらに、クラウスから注ぎ込まれる無尽蔵の魔力を受け止められるよう、炉の許容限界を『過負荷耐性』のルーンで何重にも補強する。
カン、カン、カンッ!!
小気味よい金属音と共に、リゼットの指先から火花が散る。
道具を振るうその横顔には、貴族令嬢の脆弱さは微塵もない。何千回、何万回と金属に向き合ってきた者だけが持つ、本物の「職人」の気迫と誇りが満ち満ちていた。
王都で無能と追放され、誰も見向きもしなかった技術。
だが今、彼女の指先は、帝国軍がゴミとして捨てた廃材から、神話の領域の船を産み落とそうとしている。
――そして、三日三晩の不眠不休の作業の末。
廃棄場の広場に、息を呑むような奇跡の結晶が姿を現した。
「……できた……っ!」
リゼットが工具を落とし、ふらりと倒れ込みそうになったところを、クラウスの太い腕がしっかりと受け止めた。
二人の目の前にそびえ立っていたのは、全長二十メートルほどの、小型高機動飛空艇だった。
白銀に輝く船体は、一切の継ぎ目のない美しいエイのような流線型を描いており、主翼には古代浮揚炉のエネルギーを推力に変える双発の魔導スラスターが備わっている。
船首には、雪山の過酷な環境でも可憐に咲く花の名――『スノードロップ』の文字が、リゼット自身の手で美しく刻まれていた。
「……信じられん」
護衛として周囲を警戒していた副団長が、呆然と口を開けてその船を見上げていた。
「帝国軍が百年かけて蓄積したゴミの山から……現代の軍用艦の十倍以上の強度を持つ、神話級の高速艇が組み上がったというのか……!?」
クラウスは、疲れ果てて胸の中で小さく息をするリゼットの額に、優しく手を当てた。
その黄金の瞳は、これ以上ないほどの誇らしさに満ちていた。
そして。
リゼットの耳に装着された翻訳魔導具から、静まり返った廃棄場の空気を引き裂くような、過去最大級の爆音が炸裂した。
『(あああああああああああああああああああああああッッッ!!!!)』
もはや言語の体を成していない、魂の絶叫。
『(俺の妻は神か!? 間違いなく創造神の生まれ変わりだ!!! 誰にも見向きもされなかった鉄屑の山から、世界で唯一、雲海を突破できる奇跡の白銀艇を創り上げてしまった!! 油にまみれ、額に汗を浮かべながら、一心不乱にタガネを振るうその横顔のなんと凛々しく美しかったことか!! 金や権力に頼らず、己の腕一本で運命を切り拓く本物の職人!! 尊い!! 尊すぎて俺は今すぐこの船の甲板に跪いてリゼット様を崇め奉りたい!!!)』
「ふふっ……」
相変わらずの、限界突破した激重な溺愛とリスペクトの声。
リゼットはクラウスの胸に頬を寄せ、安心したように目を細めた。
「旦那様……スノードロップ号、気に入っていただけましたか?」
「ああ。世界で一番美しく、世界で一番頼もしい船だ」
クラウスは低く温かい声で答え、彼女の肩を抱きしめた。
「お前が創り上げてくれたこの船に乗って、天空の悪党どもを叩き潰しに行くぞ」
「はいっ!」
廃材から蘇った白銀の翼が、朝焼けの光を浴びて神々しく輝く。
雲海の嵐を切り裂き、神話の古代都市へと殴り込みをかける準備は、完全に整った。
世界の命運を懸けた、天空への壮大な飛翔が、今まさに始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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