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『身代わりに嫁いだ氷の辺境伯様、私への激甘な心の声が魔導具でダダ漏れです〜専用工房で溺愛されてます〜』  作者: 月神世一


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EP 7

 魔力共鳴の真価と、反撃の狼煙

 辺境伯邸の最上階。街全体を見渡すことができる広いバルコニーに、リゼットとクラウス、そして数名の側近たちが立っていた。

「街中に配布された数千個の魔導具の中から、汚染されたものを一つずつ探し出す時間はありません。結界の稼働をこのまま許せば、数時間後には第一の犠牲者が出ます」

 眼下に広がる街の景色を睨みつけながら、リゼットは手早く準備を進めていた。

 彼女の手には、先日のダンジョン探索で作り上げた、二つの指輪をミスリルの鎖で繋いだ特殊魔導具――『魔力共鳴のペアリング』が握られている。

「だから、敵が利用している『魔石ヒーターのネットワーク』に、こちらから直接ハッキングを仕掛けます。私が作ったヒーターにはすべて、緊急時に稼働を停止させるための『管理者権限(マスターアクセス)』の術式が隠されていますから」

「その管理者権限を使って、敵の寄生回路だけを破壊するということか」

「はい。ですが、街全体の魔導具に一斉に干渉し、敵の術式だけを精密に焼き切るには、私一人の魔力量では到底足りません。……旦那様」

 リゼットが振り返り、片方の指輪を差し出す。

 クラウスは無言のまま手袋を外し、その指輪を自身の左手にはめ込んだ。

「俺の魔力を、すべてお前の術式に預ける。好きに使え」

「ありがとうございます。……行きます!」

 リゼットが自身の右手に指輪をはめた瞬間、二人の間に繋がれた不可視の魔力回路が繋がり、爆発的なエネルギーの循環が始まった。

 ドクンッ……!

 クラウスから流れ込んでくる、圧倒的で暴暴力的なまでの魔力。

 しかしそれは、リゼットの魔力回路を通る際、彼女を傷つけまいとする彼の無意識の庇護欲によって、極めて純度が高く温かいエネルギーへと変質していた。

(すごい……。これなら、街全体を覆う敵の結界ごと、すべてを呑み込める!)

 リゼットは目を閉じ、自身の意識を街の隅々にまで張り巡らされた『見えない魔力の糸』へと接続した。

 敵の術式は確かに精巧だった。リゼットの作ったヒーターの魔力循環システムに、まるで本物のウイルスのようになめらかに寄生している。

 だが、構造の根本を創り出した『創造主』であるリゼットの目をごまかすことはできない。

「見つけた……!」

 リゼットは、汚染されたヒーターに組み込まれた寄生回路のパターンを完全に特定した。

 そして、クラウスから供給される無尽蔵の魔力を、一撃必殺の『浄化の波』へと変換し、指先から解き放った。

「――『超広域・強制浄化プロトコル』、展開!!」

 カァァァァァッッ!!

 バルコニーに立つ二人の繋いだ手から、太陽のような眩い白銀と翠緑の光が放射された。

 光の波は一瞬にして辺境の街全体をドーム状に包み込み、そして無数の流星雨となって、各家庭の窓の隙間から滑り込んでいく。

 街のあちこちで、対象となったヒーターがカチリと音を立てて発光した。

 内部に潜んでいた黒い『寄生回路』だけが、リゼットの精密な概念付与によってピンポイントで焼き切られ、シュウゥ……と音を立てて無害な灰へと変わっていく。本来の暖房機能には一切のダメージを与えない、まさに神業とも言える術式制御だった。

「……ぐっ!」

 その時、リゼットは魔力網の向こう側から、強烈な『抵抗』を感じた。

 寄生回路を破壊されまいと、敵の魔導士が遠隔操作で防壁を展開しようとしているのだ。

(敵の術者……! なんて素早く、重い魔力操作なの。やっぱり、ルキウスなんかとは比べ物にならない……!)

 見えない魔力空間での、高度なサイバー戦に等しいせめぎ合い。

 敵の技術は、帝国中央の宮廷魔導士長すら凌駕しているかもしれない。リゼットの浄化の波が、分厚い魔力の壁に阻まれそうになる。

 しかし。

「――押し通せ、リゼット」

 隣に立つクラウスが、低く静かな声を放ち、指輪を通じてさらなる闘気を送り込んできた。

 それは、どんなに巧妙な防壁も、どんなに緻密な術式も、問答無用で粉砕する絶対的な『力』。

「俺とお前の力を合わせれば、越えられない壁など存在しない」

 その言葉と魔力に背中を押され、リゼットは限界まで魔力回路を開いた。

「はいっ……! 吹き飛べぇぇっ!!」

 バリンッ!!!

 魔力空間で、敵の防壁がガラスのように粉々に砕け散る音がした。

 クラウスの圧倒的な魔力を推進力としたリゼットの浄化プロトコルが、敵の術式を完全に蹂躙し、街中に張り巡らされていた『見えない毒の結界』を根こそぎ焼き払ったのだ。

「終わった……。結界、完全消滅です!」

 リゼットが大きく息を吐き出し、バルコニーの手すりに手をついた。

 背後に控えていた副団長の手元の通信魔導具に、すぐさま救護所からの報告が飛び込んでくる。

『こちら救護所! 奇跡です、倒れていた領民たちの顔色が急速に回復し、次々と目を覚ましています! 魔力の流出が完全に止まりました!』

「おおおおっ!!」

「やったぞ! 奥様と閣下が、また街を救ってくださった!!」

 騎士たちが歓声を上げ、安堵の空気が広がる。

 だが、リゼットの眼差しはまだ鋭く前を向いていた。

「まだです。……逃がしません」

「リゼット?」

 リゼットは、空中に星脈水晶の羅針盤を浮かび上がらせた。

 敵の魔導士は、自らの結界を強引に破壊されたことで、術式の『逆流(バックトラック)』を引き起こしているはずだ。

 ネットワークを切断して逃亡しようとする敵の魔力の尻尾を、リゼットの天才的な探知能力がガッチリと掴んで離さなかった。

「敵の術者が結界を維持していた『接続元』……その座標を、魔力の逆流から完全に割り出しました!」

 空中に投影された辺境の立体地図。

 そこからスッと一本の赤い光の線が伸び、街から遠く離れた、北の険しい雪山の中腹へと向かっていく。

 赤い光が指し示した場所。そこには、数百年前に打ち捨てられ、今は地図にも載っていない『廃城』の跡地があった。

「北の雪山の、廃城……。あそこに、『黒の月』の幹部が潜んでいます。あそこから、街の結界を遠隔操作していたんです!」

 リゼットの報告を聞き、クラウスの黄金の瞳が、獲物を定めた猛禽のように冷酷に細められた。

「……よくやった、リゼット。これでお前たちを脅かすネズミの巣穴は、完全に暴かれた」

 クラウスはゆっくりと大剣を抜き放ち、その切っ先を天へと掲げた。

 彼の背中から立ち上る殺気は、もはや抑えきれないほどに膨れ上がり、周囲の空気を震わせている。

 翻訳魔導具からは、いつもの騒がしい歓喜の声は一切聞こえない。あるのは、愛する者を傷つけようとした外道に対する、絶対零度の処刑宣告だけだった。

『(俺の領民を苦しめ、俺の妻の優しい心を汚そうとした罪。……命をもって贖わせる)』

「全竜騎士団に告ぐ! これより、北の雪山の廃城へ進軍する!」

 クラウスの轟くような号令が、辺境伯邸に響き渡った。

「対象は、我が国に仇なす闇の結社『黒の月』。……一切の慈悲は不要。一人残らず、俺の剣の錆にしてくれる」

「「「はっ!!!」」」

 最強の武力を持つ氷の辺境伯と、すべてを見通す天才魔導具師。

 夫婦の完璧な連携によって、見えない恐怖の結界は完全に打ち破られた。

 次は、こちらから攻め込む番だ。

 母の理論を悪用し、大陸の裏で暗躍してきた真の黒幕を討ち果たすため、反撃の狼煙が、猛吹雪の雪山へ向けて高々と上がった。

読んでいただきありがとうございます。

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