EP 6
欺瞞のダミーと、天才の眼力
領民たちの命をゆっくりと削り取る『寄生型の吸収結界』。
その元凶を絶つため、リゼットはすぐさま辺境伯邸のアトリエに戻り、先日の事件で組み上げた『呪具逆探知&魔力反射レーダー』の再調整に取り掛かった。
「……街中に張り巡らされた見えない魔力の糸。その流れを逆算して、すべての糸が収束する『核』の座標を割り出します」
リゼットが星脈水晶の羅針盤に魔力を流し込むと、アトリエの空間に街の立体ホログラムが投影された。
網の目のように広がる赤い光の糸が、じわじわと一箇所に向かって流れていく様子が視覚化される。
糸の束が向かっていたのは、街の中央広場の地下深く――かつて辺境の開拓時代に使われていたという、今は誰も寄り付かない古い地下水路の奥だった。
「見つけました。地下水路の最深部に、強大な魔力の渦があります。これが結界の『核』です!」
「よし、行くぞ。副団長、精鋭だけを連れてこい。一気に叩き潰す」
クラウスの迅速な号令により、リゼットを含む討伐部隊はすぐさま地下水路へと突入した。
***
カビと湿った土の臭いが立ち込める、薄暗い地下水路。
迷路のように入り組んだ通路を、リゼットの持つレーダーの光を頼りに進んでいく。
やがて、一行は開けた地下空間へと辿り着いた。
「あれは……」
空間の中央、石造りの祭壇のような場所に、それはあった。
大人の背丈ほどもある、どす黒く濁った巨大な水晶。
それはまるで心臓のようにドクン、ドクンと脈打ち、街中から吸い上げた領民たちの魔力を内部に蓄積し続けている。表面には、リゼットの母の手記に記されていたものと同じ、禍々しい反転術式のルーン文字がびっしりと刻み込まれていた。
「間違いない。あれが魔力を吸い上げている結界の核だ」
「破壊します! あれを壊せば、結界は維持できなくなるはずです!」
リゼットの言葉に、クラウスが静かに大剣を抜き放った。
一切の油断もなく、極限まで練り上げられた闘気が剣身を白銀に染め上げる。
「周囲を警戒しろ。俺が一撃で粉砕する」
クラウスが大地を蹴り、瞬きする間もなく巨大な黒水晶の眼前に肉薄した。
そして、一切の慈悲もない必殺の剣閃が、黒水晶を両断する――。
パァァンッ!!
凄まじい轟音と共に、黒水晶は粉々に砕け散った。
……しかし。
結界が解除されるような魔力の霧散は起こらなかった。
それどころか、砕け散った黒水晶の破片が空中で静止し、不気味な赤い光を放ち始めたのだ。
「……なっ!?」
リゼットの翠緑の瞳が、驚愕に見開かれた。
黒水晶の内部に隠されていた『真の術式』が、破壊をトリガーにして起動したのだ。
それは、周囲の魔力を一気に暴走させ、物理的な大爆発と崩落を引き起こす『自爆トラップ』だった。
「旦那様! 罠です! それはダミーの――」
リゼットの叫びと同時に、空間全体が爆発的な魔力の奔流に飲み込まれた。
ズガァァァァァァンッッ!!!
地下空間を揺るがす大爆発。天井の岩盤がひび割れ、数トンから数十トンはある巨大な瓦礫の雨が、リゼットや騎士たちの頭上へと降り注ぐ。
回避する暇などない。誰もが死を覚悟した、その瞬間。
「――舐めるなッ!!」
爆心地にいたはずのクラウスが、爆炎を切り裂いてリゼットたちの頭上へと跳躍した。
彼は大剣を天に向けて横に構え、自身の莫大な闘気をドーム状の防壁として展開した。
ドゴォォォォンッ!!
降り注ぐ無数の巨大な瓦礫を、クラウスはたった一人で、その腕力と闘気のみで受け止めた。
彼の足元の石畳が、凄まじい重圧によってクレーターのように陥没する。
「だ、旦那様!?」
「全員、すぐに出口へ走れ!! 俺が崩落を支える!!」
クラウスの怒号が響く。
ただの人間が支えられる質量ではない。しかし、彼は歯を食いしばり、愛する妻と部下たちを守るために、文字通り「落ちてくる天井」を強引に押し留めていた。
「急げ! 奥様をお守りしろ!」
副団長の叫びで我に返った騎士たちが、リゼットを護衛しながら地下水路の出口へと駆け出す。
全員が安全な通路へ退避したのを確認すると、クラウスは闘気を爆発させて瓦礫を上空へ弾き飛ばし、その反動を利用して一瞬で地下水路から離脱した。
直後、背後の地下空間は完全に崩落し、土煙が通路を飲み込んでいった。
***
地上へと生還した一行は、荒い息を吐きながら崩れ落ちた。
誰も死傷者は出なかったが、状況は最悪だ。
「……結界は、まだ消えていない」
土煙を払いながら、クラウスが忌々しげに舌打ちをした。
リゼットがレーダーを確認すると、依然として街中には赤い魔力の糸が張り巡らされ、領民たちの命を吸い上げ続けている。
「あの地下にあった巨大な黒水晶は、私たちが攻め込んでくることを見越して配置された『ダミー』だったんです……。破壊されることを前提とした、悪辣なトラップ……」
リゼットは、悔しさに唇を噛み締めた。
星脈水晶を使った極めて精度の高い探知レーダー。それを欺き、ダミーの核にすべての魔力の波長が向かっているように「偽装」していたのだ。
(なんて巧妙な隠蔽技術なの。ファルサスの特使なんかとは比べ物にならない。……『黒の月』には、間違いなく超一流の魔導士がいる)
敵の知能の高さを、まざまざと見せつけられた。
相手は単なる力押しのテロリストではない。こちらの技術や思考を先読みし、二重三重の罠を張る狡猾な知略家だ。
「だが、ダミーがあるということは、必ず『本物の核』がどこかに隠されているはずだ。リゼット、もう一度探知できるか?」
「……いえ。これ以上レーダーの出力を上げても、また別のダミーに誘導されるだけです。敵の偽装術式は、空間の魔力波長そのものを書き換えています」
リゼットはレーダーを閉じ、深く思考の海へと沈み込んだ。
(視点を変えなきゃ。相手の土俵で探知勝負をしても勝てない。……そもそも、こんな大規模な結界を、どうやって『絶対防衛結界』の内側に張り巡らせたの?)
リゼットの張った防衛結界は、外部からの魔力侵入を完全に遮断している。
外部からこれほど巨大な術式を送り込むことは不可能だ。
(外から持ち込まれたんじゃない。……最初から、街の中にあった?)
点と点が、リゼットの脳内で急速に繋がり始めた。
街の全域をカバーする結界を張るには、街の各所に結界の「起点」となる無数のアンテナ(子機)が必要だ。
しかし、不審な魔導具を街中に設置して回れば、すぐに警備の騎士に見つかるはず。
誰にも疑われず、すべての領民の家や広場に、魔力を通す「アンテナ」を配置する方法。
それは――。
「……っ!!」
リゼットの翠緑の瞳が、大きく見開かれた。
あまりにも卑劣で、あまりにも完璧な『サプライチェーン攻撃』。
「旦那様! 結界の起点が分かりました!」
「何!? どこにあるんだ!」
「……領民の皆さんの、家の中です」
リゼットの言葉に、クラウスと騎士たちが息を呑んだ。
「私が先日、領民の皆さんに無償で配布した『ぽかぽか魔石ヒーター』や『自動お湯沸かし器』。……敵は、商人に扮して流通経路に潜り込み、私がアトリエで製作した後の『配布前』の段階で、製品の一部に微小な『魔力吸収の寄生回路』を仕込んでいたんです!」
「なんだと……!」
それは、天才魔導具師であるリゼットへの、最悪の意趣返しだった。
彼女が領民を寒さから救うために作った、愛と善意の結晶。
敵はそれをそっくりそのまま利用し、領民の命を吸い上げる『毒牙』へと変えて、各家庭に届けさせていたのだ。
「私が作った魔導具は、効率よく魔力を循環させる構造になっています。だから、寄生回路を忍び込ませるのにはうってつけだった。……私の善意が、敵に利用されたんです」
リゼットの声が震える。
自らが作った魔導具が、間接的に領民を苦しめているという事実。
一歩間違えれば、また「自分の才能への恐怖」に引きずり込まれそうになる、残酷な真実。
だが。
リゼットの肩を、クラウスの大きく温かい手がしっかりと掴んだ。
「お前のせいではない。お前の優しさを踏みにじった、外道の罪だ」
クラウスの生の声が、リゼットの心に張られた恐怖の薄氷を、力強く叩き割った。
「下を向くな、リゼット。お前は天才魔導具師だろう。……奴らの仕掛けた罠が分かったのなら、お前のその手で、すべてひっくり返してやれ」
その力強い信頼に満ちた言葉に、リゼットは顔を上げ、小さく、しかし力強く頷いた。
「……はい!」
恐怖はもうない。
敵は私の魔導具の構造を逆手にとった。
ならば、その構造の「マスターキー」を持っているのは、他でもない私自身だ。
「旦那様。街中に配られた数千の魔石ヒーターの中から、汚染されたものだけを物理的に探し出すのは不可能です。……ですが、私たちが作った『あの指輪』を使えば、ネットワークを逆にハッキングして、すべてを一瞬で焼き切ることができます」
リゼットの瞳に、圧倒的な知性と反撃の炎が宿った。
「敵の『見えない毒』……私と旦那様の力で、今からすべて浄化します」
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