EP 9
公開処刑と、無様な略奪者
深夜の辺境伯領。ファルサス帝国の特使ルキウスが滞在する迎賓用の別館は、無数の松明の炎によって真昼のように照らし出されていた。
建物を幾重にも包囲しているのは、完全武装した竜騎士団の精鋭たち。
逃げ道を完全に塞がれた別館の正面扉が乱暴に開き、血相を変えたルキウスが数名の護衛を連れて飛び出してきた。
「な、何の真似だこれは!!」
ルキウスは顔を引き攣らせ、先頭に立つクラウスに向かって怒鳴り声を上げた。
「一国の特使の滞在先を武装した兵士で包囲するなど、狂気の沙汰だ! これは明確な国際法違反であり、我がファルサス帝国への宣戦布告と受け取るぞ!!」
「……宣戦布告だと?」
クラウスは、ルキウスの言葉を鼻で笑った。
その瞳には一片の温度もなく、ただ汚物を見下ろすような絶対的な冷酷さが宿っている。
「どの口が言うか。他国の領地に魔物を引き入れ、罪のない領民を虐殺しようとしたテロリストの分際で」
「なっ……言いがかりだ! 魔物が湧いたのは貴殿が違法なダンジョン採掘を行い、大地の魔脈を乱したからだろう! すでに帝国中央へはそのように報告済みだ。証拠もないのに特使である私を罪人扱いすれば、どうなるか分かっているのか!」
ルキウスは必死に虚勢を張り、外交特権を盾にして吠え立てる。
王都へ偽の報告を送り、辺境軍を政治的に孤立させた。自分には手を出せないはずだという、それが彼の唯一の蜘蛛の糸だった。
「証拠なら、ここにあります」
静かな夜の空気を切り裂き、クラウスの隣からリゼットが一歩前へ出た。
彼女の手には、先ほどアトリエで組み上げたばかりの『呪具逆探知&魔力反射レーダー』が握られている。
「……なんだ、そのガラクタは。天才魔導具師ともあろう者が、そんなオモチャで私を脅せるとでも?」
「オモチャかどうか、ご自身の目で確かめてみてください」
リゼットは羅針盤に魔力を流し込んだ。
カァァァッ! と眩い翠緑の光が放たれ、別館を囲む騎士たち全員が見上げるほどの、巨大な立体ホログラムが夜空に投影された。
「な、なんだこれは……!?」
ルキウスが息を呑む。
夜空に浮かび上がったのは、辺境の街全体の詳細な立体地図。
そして、居住区や市場の各所で点滅する、二十三個の禍々しい赤い光点。
「この赤い光は、あなたたちがお父様を操って街に仕掛けた『魔物寄せの呪具(子機)』から発せられている魔力の波長です」
リゼットが羅針盤のダイヤルを回す。
すると、街中の二十三個の子機から、赤い光の線がスッと伸びた。
無数の赤い線は空中で一本の太い束となり、夜空のホログラムを横切り――現実の別館の前に立つ、ルキウスの胸元へと一直線に繋がったのだ。
「――なっ!?」
「特使殿。あなたのその上着の内ポケットに入っている『親機』から、すべての呪具へ起動の指示が出されています。私の星脈水晶を使ったレーダーは、魔力の残滓をミリ単位で逆探知できる。……これでもまだ、言い逃れをしますか?」
ルキウスの顔から、完全に血の気が引いた。
見えないはずの呪力の波長が、数百人の騎士たちの目の前で、これ以上なく明確な視覚情報として「公開処刑」のように晒し出されている。
「で、でたらめだ! こんな光の幻影など、魔導具師であるお前がいくらでも捏造できるだろうが!」
ルキウスが半狂乱になって叫ぶ。
だが、クラウスは無言のまま片手を上げた。
それを合図に、背後に控えていた副団長が、目にも留まらぬ速さでルキウスの背後に回り込み、彼の両腕を後ろ手に捻り上げた。
「ぐああっ!?」
「失礼しますよ、特使殿」
副団長がルキウスの内ポケットに手を突っ込み、一つの黒い箱を乱暴に引きずり出した。
その箱は、夜空のホログラムの赤い光と完全に同調し、禍々しい明滅を繰り返している。
「親機を確保! さらに……閣下、ポケットの奥からこのような書状も出ました!」
副団長が掲げたのは、ルキウスと元王太子アルバート、そしてオズワルド男爵との間で交わされた『辺境伯失脚工作に関する密約書』だった。ご丁寧に、三者の署名と血判まで押されている。
「おのれ……放せ! 私はファルサス帝国の特使だぞ! 外交特権を持つ私に手を出せば、ただでは済まないぞ!!」
「外交特権?」
クラウスが、ゆっくりとルキウスの眼前に歩み寄る。
その見下ろす瞳は、もはや人間に向けるものではなく、路傍のゴミを見るような冷徹さに満ちていた。
「特使という立場を利用し、他国の領内で魔物を暴走させ、大量虐殺を企てた。これは国際法における外交交渉ではない。明白な『テロ行為』であり、我が辺境軍への宣戦布告だ」
「ひっ……!」
「我が国にテロを仕掛けた敵国の工作員に、適用される特権など存在しない。あるのは、戦時国際法に基づく処刑だけだ」
チャキッ、と。
クラウスが腰の大剣をわずかに引き抜く。
その冷たい金属音と、クラウスから放たれる圧倒的な死の気配に、ルキウスはついに膝から崩れ落ちた。
「ま、待て……! 殺さないでくれ! 悪いのは私じゃない、本国からの命令だったんだ!」
先ほどまでの傲慢な態度はどこへやら、ルキウスは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら命乞いを始めた。
あまりの無様さに、リゼットは眉をひそめて目を逸らした。
「言い訳は地獄でしろ。貴様らのようなゴミ虫に、俺の妻を道具扱いされた怒り……その身に刻み込んで死ね」
クラウスが剣を振り上げようとした、その瞬間だった。
リゼットの耳に装着された翻訳魔導具から、凄まじい大音響が流れ込んできた。
『(あああああああああああああ!!!! リゼット様!! なんてカッコいいんだリゼット様!!)』
シリアスな処刑シーンのド真ん中で、クラウスの心の声は完全に別の次元で限界突破していた。
『(夜空に浮かび上がる光のホログラム! 言い逃れできない完璧な証拠の提示! あの見下すような冷たい視線! 最高だ!! 天才だ!! 俺の妻は知略でも技術でも世界一だ!! 今すぐ剣を放り投げてその華奢な体を抱きしめ、頬擦りをして褒めちぎりたい!! だが俺は辺境伯! ここでは冷徹な為政者を演じきらねばならない!! 耐えろ俺、夜までの辛抱だ!!)』
「……っ」
目の前では冷酷無比な死神のような顔をして剣を振り上げているのに、心の中ではリゼットを褒めちぎりたくてジタバタしている。
そのあまりのギャップに、リゼットは必死に笑いを堪え、肩をプルプルと震わせた。
「……旦那様」
リゼットは一歩前へ出ると、剣を振り下ろそうとしていたクラウスの腕にそっと手を添えた。
「その男の首を落としては、ファルサス帝国に『行方不明』として処理される隙を与えてしまいます。この動かぬ証拠と共に、生かしたまま帝国中央へ引き渡しましょう」
「……生かすだと?」
「はい。皇帝陛下にこの密約書と呪具を提出すれば、ファルサス帝国からのテロ行為として、莫大な賠償金と不可侵条約を勝ち取ることができます。……それに、旦那様の美しい剣を、あんな人の血で汚してほしくありませんから」
リゼットがふわりと微笑みかけると、クラウスはビクッと肩を震わせ、剣を鞘に納めた。
『(女神だ!!! 俺の妻は慈愛と知略を兼ね備えた完璧な女神だ!! 俺の剣を汚したくないと言ってくださった!! 尊い!! 尊すぎて今ここで爆発しそうだ!!)』
「……お前の言う通りだな。俺としたことが、怒りに身を任せるところだった」
表向きは冷静に咳払いをして、クラウスは副団長に顎でしゃくった。
「こいつらを地下牢に放り込め。帝国中央からの使者が到着するまで、ネズミの餌にでもしてやれ。もちろん、あの父親(オズワルド男爵)も一緒にな」
「はっ!!」
「いやだぁぁっ! 助けてくれぇぇっ!」と泣き喚くルキウスと、連行されてきた男爵が、騎士たちに引きずられて闇の中へと消えていく。
自らの権力と狡猾さを過信し、他人の命と才能を弄んだ者たちの、哀れで無様な末路だった。
これで、王都の残党を含めたすべての脅威は、辺境の圧倒的な力と技術の前に完全に粉砕された。
「……終わりましたね」
「ああ」
騒ぎが収まり、騎士たちが事後処理に向かう中。
クラウスは、ようやく周囲の目を気にすることなく、リゼットの体を力強く抱き寄せた。
「よくやってくれた、リゼット。お前のおかげで、この領地は救われた。……俺の自慢の妻だ」
耳元で囁かれる、低く甘い声。
翻訳魔導具などなくても伝わってくる彼の深い愛情と誇りに、リゼットも彼の背中に腕を回し、心から安堵の笑みを浮かべた。
「私も、旦那様と一緒だったからできたことです。……これからは、ファルサス帝国の横槍も入らない、私たちの本当の平穏な生活が始まりますね」
夜空に投影されたホログラムの光が消え、街には再び静かな夜が戻ってくる。
彼らの最大の危機は去った。
この豊かで温かい辺境の地で、天才魔導具師と氷の辺境伯の、甘く幸せな日常が、今度こそ約束されようとしていた。
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