EP 8
氷の辺境伯の逆鱗
辺境伯邸の専用アトリエ。
ルキウスに宣戦布告を叩きつけた直後、アトリエに駆け込んだリゼットは、すぐに作業台に向かっていた。
「旦那様、星脈水晶を少しだけ砕いてください! 細かければ細かいほどいいです!」
「わかった」
クラウスが指示通りに拳に闘気を込め、巨大な星脈水晶のクラスターの一部を粉々に粉砕する。
その間に、リゼットは棚から広域探知用の羅針盤や、複数の魔石、そして純銀のワイヤーを引っ張り出してきた。
(街に置かれた『魔物寄せの呪具』は、親機からの魔力波長を受信して起動しているはず。なら、その波長をキャッチして、逆に発信源を割り出せばいい)
通常の魔導具では、微弱な呪いの波長を広範囲から特定することは不可能に近い。
だが、今のリゼットの手元には、先ほど『水晶鳴きの洞窟』から持ち帰ったばかりの、世界最高峰の魔力伝導率を誇る『星脈水晶』があるのだ。
「羅針盤の回路を書き換えて、星脈水晶の粉末を増幅器として組み込んで……」
カチャカチャ、キンッ!
リゼットの手元で、工具が目にも留まらぬ速さで踊る。
王都の屋根裏部屋で、寝る間も惜しんでガラクタを改造し続けてきた経験が、ここに来て完璧に活きていた。頭の中の設計図通りに、迷いなく術式が彫り込まれ、パーツが組み上げられていく。
その鮮やかな手捌きを、背後で腕を組んで見守っていたクラウスは、瞬きすら忘れて見入っていた。
『(あああああああああ!!! なんという神業だ!!! 工具を握るリゼット様の後ろ姿が信じられないほどカッコいい!!! 知的だ!! 天才だ!! 俺の妻は世界で一番有能な魔導具師だ!! 抱きしめたい! 今すぐ後ろから抱きしめてその脳味噌ごと誉れ称えたいが、絶対に邪魔になるからひたすら我慢だ俺!!)』
背中越しにガンガンと響いてくる、限界オタクの激重な心の声。
普通なら気が散って仕方がない大騒音だが、リゼットにとってはこれが何よりの『応援』だった。
彼が全幅の信頼を寄せて、見守ってくれている。
その事実が、リゼットの指先に魔法のような正確さを与えていた。
「――よし、基礎回路完成。あとは、概念付与で波長の逆探知システムを定着させます」
リゼットは羅針盤の中央に手をかざし、目を閉じた。
魔力を集中させ、術式を編み上げる。
「『魔力逆探知』、および『空間投影』の概念を付与!」
カァァァッ……!
淡い翠緑の光がアトリエを包み込み、改造された羅針盤に術式が完全に定着した。
「完成しました! 『呪具逆探知&魔力反射レーダー』です!」
リゼットが額の汗を拭いながら振り返ると、クラウスが目を見開いて羅針盤を見下ろした。
アトリエに戻ってから、わずか数時間の出来事である。王都の魔導士が数人がかりで一ヶ月かけても作れないような特殊魔導具を、彼女はたった一人で、それも息をするように自然に組み上げてしまったのだ。
『(凄すぎる!!! 俺の妻はやはり万物の創造主だったか!!! この天才を無能呼ばわりした王都の連中はやはり全員目玉をくり抜いて極寒の海に沈めるべきだった!!)』
心の中では物騒極まりない賞賛を叫びながら、クラウスは表向きは静かに頷いた。
「見事だ、リゼット。……さっそく、起動してくれ」
「はいっ」
リゼットが羅針盤に魔力を流し込む。
すると、羅針盤の中央に埋め込まれた星脈水晶が青白く発光し、アトリエの空中に光の粒子を放出した。
光の粒子は空中で形を作り、辺境伯領の街並みを示す立体的なホログラムの地図を描き出した。
「おお……」
「これが、現在の街の状況です」
ホログラムの地図上には、赤く点滅する小さな光点が無数に表示されていた。
「この赤い光が、お父様が街に仕掛けた『魔物寄せの呪具(子機)』です。居住区や市場の物陰に、全部で二十三個……。でも、安心してください。副団長様たちがすでに動いてくれているので、被害は最小限に抑えられています」
実際、ホログラム上の赤い光の近くには、竜騎士たちを示す青い光点が集まり、魔物を迅速に駆除している様子が見て取れた。リゼットの付与魔法による強力な武具を持った彼らにかかれば、下水道から湧いた魔物など物の数ではない。
「問題は、この子機に指示を出している『親機』の場所です。……レーダーの感度を最大まで引き上げます」
リゼットが羅針盤のダイヤルを回すと、二十三個の赤い光点から、細い赤い線がスッと伸びた。
無数の赤い線は、空中で一本に束ねられ――街の外れにある、ひときわ大きな建物へと繋がった。
「……特定しました」
リゼットは、その建物を示すホログラムを指差した。
「親機の波長は、ここから発信されています」
「……やはりな」
クラウスの黄金の瞳が、剣呑に細められた。
赤い線が繋がっていたのは、ファルサス帝国の特使ルキウスが滞在している『迎賓用の別館』だった。
他でもない、ルキウス自身が親機を手元に置き、街に仕掛けられた呪具を安全な場所から遠隔操作していたのだ。
「違法採掘だの、帝国の反逆者だのと偉そうに吠えていたが……要は、自分の手を汚さずに俺の領地を混乱させ、お前を奪うための自作自演だ。特使という立場を利用した、三流以下の卑劣なテロルに過ぎん」
クラウスの声は、絶対零度のように冷え切っていた。
だが、その奥底には、愛する妻を「取引の道具」として扱い、領民の命をゲームのように弄んだルキウスに対する、凄まじいまでの殺意がマグマのように煮え滾っていた。
「旦那様。これで、特使が黒幕だという証拠は揃いました」
リゼットが羅針盤を抱きしめ、クラウスを見上げる。
「ええ。よくやってくれた、リゼット。お前のおかげで、奴の逃げ道は完全に塞がれた」
クラウスはリゼットの頭を大きな手で優しく撫でると、クルリと背を向け、アトリエの壁に立てかけてあった愛用の大剣を手に取った。
「旦那様……?」
「俺は、辺境軍を動かす。……テロリストを、一人残らず『駆除』するためにな」
クラウスの背中から立ち上る闘気は、かつてないほど強大で、そして冷酷だった。
彼のような本物の強者は、怒りで我を忘れたりしない。完全に理性を保ったまま、最も効果的で、最も相手が絶望する方法で反撃を行うのだ。
「特使という不可侵の立場に隠れていれば、俺が手を出せないとでも思ったのだろう。……舐められたものだ」
クラウスは、低い声でポツリと呟いた。
「物理的に首を撥ねるだけでは生ぬるい。奴が最も頼りとしている『国家の特使』という肩書きごと、完膚なきまでに社会から抹殺してやる」
『(俺の妻を道具呼ばわりした罪。お前のその薄汚いプライドごと粉々に打ち砕いて、二度と這い上がれない絶望の底に沈めてやる!!)』
翻訳魔導具から聞こえてくる、容赦の一切ない氷の辺境伯の真の怒り。
それは、敵対する者にとっては死刑宣告よりも恐ろしいものだが、リゼットにとっては、これ以上なく頼もしい愛の証明でもあった。
「私も行きます、旦那様」
リゼットは羅針盤をリュックにしまい、クラウスの隣に並び立った。
「このレーダーのホログラムは、私にしか広範囲に投影できません。言い逃れができないように、白日の下に奴の罪を晒してやりましょう」
クラウスは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに、そして獰猛な笑みを浮かべた。
「……ああ。お前という妻を持てて、俺は本当に幸せ者だ」
最強の武力を持つ辺境伯と、すべてを見通すレーダーを開発した天才魔導具師。
夫婦の完璧な連携により、知略を気取っていた悪党への、圧倒的な反撃の狼煙が上がった。
目指すは、特使ルキウスが余裕の笑みを浮かべて待つ別館。
極上の『ざまぁ』の舞台の幕が、今、静かに切って落とされようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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